撮れなかった写真がある——
生成AIでよみがえる記憶
生成AIを用いた「シンセティック・メモリーズ(合成記憶)」プロジェクトは、世界中の家族がカメラに一度も収まることのなかった過去を取り戻す支援をしている。研究者と共同で、認知症の治療での応用も計画中だ。 by Will Douglas Heaven2024.04.11
マリアは1940年代にスペインのバルセロナで育った。父親との最初の思い出は鮮明だ。6歳だったマリアは、父に会いたくなると同じ建物の隣人のアパートを訪ねた。そこから、バルコニーの柵越しに下の刑務所を覗き、独房の小さな窓から、フランシスコ・フランコの独裁政権に反対して収監されていた父の姿を垣間見ようとした。
そのバルコニーに立つマリアの写真はない。しかし、マリアは今、そんな写真を手にしている。バルセロナを拠点とするデザイン・スタジオ、ドメスティック・データ・ストリーマーズ(Domestic Data Streamers)が言うところの、「本物の写真が捉えたであろうシーンを、記憶に基づいて再構築した」写真だ。この偽のスナップショットは不鮮明で歪んでいるが、それでも一瞬にして人生を巻き戻すことができる。
「記憶を適切に再現できた時は、すぐに分かります。理屈抜きの反応があります」と、ドメスティック・データ・ストリーマーズの創設者、パウ・ガルシアは言う。「毎回そうです。『ああ! そうだった! そんな感じだった!』、と」。
内戦後の1960年代、アルカラ・デ・ジュカルから来たばかりの14歳のデニア(現在73歳)とその家族は、賑やかなダンスホール「ラ・ガビーナ・アズール」で慰めと興奮を見出していた。そこは、戦後の現実の中にある喜びの聖域であり、音楽とダンスのスリルが、当時の日々の単調さと貧困からの解放を約束していた。(DOMESTIC DATA STREAMERS)
ドメスティック・データ・ストリーマーズが運営するプロジェクト「シンセティック・メモリーズ(Synthetic Memories、合成記憶)」を通じて、何十人もの人々が現在、このように記憶を画像化している。同社は、オープンAIのDALL-E(ダリー)のような生成画像モデルを用いて、人々の記憶に命を吹き込んでいる。2022年以来、国連とグーグルから資金提供を受けているこのスタジオは、世界中の移民や難民コミュニティと協力して、一度も写真に撮られたことのないシーンの画像を作成したり、家族が前の家を離れたときに失われた写真を再現したりしてきた。
現在、ドメスティック・データ・ストリーマーズは、バルセロナ・デザイン博物館と一緒に、合成画像を使って街の人々の思い出を記録している。誰もが参加して、思い出を持ち寄り、アーカイブを大きくできると、ガルシアは言う。
シンセティック・メモリーズは、社会的、文化的な試み以上のものになるかもしれない。この夏、同社は研究者との共同研究を開始し、この手法が認知症の治療に使えるかどうかを調べる予定だ。
記憶に残る落書き
プロジェクトのアイデアは、ガルシアが2014年にギリシャで、シリアからの難民家族の移住を支援する組織で働いていたときの体験から生まれた。ある女性が、自分が難民になることは怖くないが、自分の子どもや孫が難民のままでいるのは怖いと、ガルシアに告げたのだ。買い物をしていた場所や、着ていたもの、服の着方など、家族の歴史を忘れてしまうかもしれないから、というのが理由だった。
ガルシアは、この女性の思い出を、家族が滞在する建物の壁に落書きとして描いてもらった。「本当に下手な絵でしたが、シンセティック・メモリーズのアイデアはここから生まれました」と、ガルシアは言う。数年後、ガルシアは生成画像モデルの可能性を目の当たりにし、その落書きを思い出した。「真っ先に思い浮かんだことのひとつでした」と、ガルシアは言う。
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