ポイ捨てや不法投棄されるごみの問題は、世界共通の課題だ。特にプラスチック製品のごみが適切に処理されないまま自然界へと流出すると、分解されずに蓄積していずれ生態系に悪影響を与えることになる。
ごみ拾いSNS「ピリカ」を開発した小嶌不二夫が「InnovatorsUnder35Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれたのは2021年のこと。2011年に起業したピリカの代表として、ビジネスとして「ごみの自然界流出」問題の解決に向けて取り組んでいることが評価された形だ。
ピリカでは、主に3つの事業を展開している。1つは、社名にもなったごみ拾いSNS「ピリカ」の開発・運営。ユーザーはスマートフォンアプリを使い、ごみ拾い活動の様子をテキストと写真、位置情報と共に投稿し、世界中でごみ拾いをする仲間とつながることができる。
2つ目の事業は「タカノメ」というサービス。スマホで撮影した路上の動画からポイ捨てごみの数や種類を読み取って、分布図・レポートを作成する調査サービスだ。
3つ目は、「アルバトロス」というサービスで、河川や港湾に浮遊するマイクロプラスチックを採取し、プラスチックの流出品目や流出源を特定する調査サービスだ。
これらのうち「タカノメ」の自動車版の取り組みが、IU35受賞からのおよそ2年間で大きく進展したと小嶌は話す。
ごみ分布の調査サービス「タカノメ」が自動車版に進化
「タカノメ」をスタートしたのは2014年。その頃は人が手にスマホを持ち、徒歩で調査していた。しかしそれでは地球規模に展開できない。そこで自動車にカメラを積んで調査する方法を開発し、2021年からは自動車のダッシュボードにスマートフォンを取り付ける「自動車版」をスタートさせた。
これが実現できた背景には、AI技術の進展とそれを扱う上でかかるコストの低下や、スマホの性能向上によりエッジ側で処理できることが増えたこと、ごみの検出精度が上がったこと、通信コストの低下など、さまざまな追い風があった。
現在では、自前での調査に加えて、全国のごみ収集事業者や廃棄物処理事業者、バス会社、タクシー会社などとも連携。自治体職員が運転する車にスマホを搭載し、データを収集してもらう協力体制も築き、調査可能な範囲が大幅に広がった。2023年には国際協力機構(JICA)と連携し、ベトナムでの調査も開始した。
2024年3月現在、ピリカのサービスを1回以上利用したことのある自治体は、21都道府県、34市区町村に及ぶ。また、国連環境計画(UNEP)や先述のJICA、環境省といった公的機関とデータ提供などの形で連携し、グローバル展開も着実に進めつつある。
問題が深刻な割に、解決に向けて動くプレイヤーが少ない
小嶌は京都大学大学院に在学中の2010年、休学して開発途上国を中心に18カ国を旅して回った。子どもの頃に関心を持った環境問題の解決に向けて、自分が何から着手すべきかを見極めるため、「世界の環境問題を一通り見ておきたかった」というのが理由だ。
また、大学および大学院の研究室でもインターン先の企業でも「何かが合わない」感覚があり、「自分で自分の居場所をつくるしかない」と考えていた小嶌には、この旅の中で起業を前提とした事業の「タネ」を見つけたい、との思いもあった。
ブラジルではジャングルの奥地まで行き、木の幹にごみが挟まっているのを見た時は衝撃を受けたという。「人間が行き着く場所には必ずと言っていいほどごみがある」と感じた小嶌は、「これを仕事にしたら困ることはなさそうだ」という現実的な考えが浮かんだのと同時に、日本にいては分からなかった環境問題の深刻さを強烈に実感した。
ごみ問題にコミットしようと思った最大の理由は、「ギャップの大きな問題に見えたから」だと小嶌は言う。
「ごみの問題は、大きく深刻な問題であることは皆が知っていますし、世界のどこにでもある、誰にとっても身近な問題です。でも、気候変動などの問題に比べると、その深刻さの割に解決に取り組む人、特に企業が少ない。市民団体はあるが、ビジネスとして関与しているプレイヤーが極めて少ない状況だと感じました」。
小嶌は、すべての国で大きな問題となりつつあった「ごみの自然界流出」を自身の取り組みのテーマに据えた。そして帰国後、ごみ拾いSNS「ピリカ」の開発に着手し、2011年に大学院を中退してピリカを創業した。
やり方が不格好でも問題が解決されていればいい
活動を続ける上で、大事にしている考え方を小嶌に尋ねると、「問題解決ファースト」という答えが返ってきた。「手法がスマートでなくても、問題が解決できるならいい」という考え方だ。
この考えの元になったのは、映画『アポロ13』の中のエピソードだという。アポロ13号の船内で二酸化炭素を吸着する装置が壊れたときに、地上にいるエンジニアたちが会議室に集められ、宇宙船にあるものだけを使って解決策を見いだす場面だ。
「見てくれが悪かったり最先端の技術でなかったりしても、今あるやり方、制約条件の中で問題を解決することがかっこいい。それこそが必要なことだと思っていますし、我々はそこに集中する組織でありたいと考えています」。
2019〜2022年、ピリカはUNEPと共同で、東南アジアを流れるメコン川流域の調査プロジェクトを実施した。その際、市販のバケツの底をくり抜いて部品に使った小型調査装置「アルバトロス5」を納品した。小嶌は「国連の歴史上初めてだと思います」と笑うが、まさに問題解決ファーストの姿勢の表れだと言える。
ごみ問題の大きさを測る指標づくりに挑む
創業事業でもあるSNS「ピリカ」を通じて、ごみ拾い活動そのものが注目されるが、「タカノメ」「アルバトロス」も含むピリカの事業には共通点がある。ごみの分布状況や、いつどこでごみ拾い活動がされているかなどをデータとして収集・蓄積できる点だ。
「タカノメの技術がグローバルに使えるものになったので、今後はこの状況把握・データ収集の取り組みを愚直に世界へ広げていきたい。その先に、世界共通のものさしを作ることに注力していきたい」と小嶌は考えている。
「気候変動の問題とごみ問題で、決定的に違う点が1つあります。気候変動は気温や二酸化炭素濃度というものさしで測れますが、ごみに関しては測れるものさしがいまだにないんです」。
例えば、鳥取砂丘にある10キログラムのごみと、サハラ砂漠にある10キログラムのごみでは意味が違う。ある2つの地域でごみ問題の程度を比較しようとすると、公平にするために条件を揃える必要がある。それが小嶌の言う「ものさし」だ。
共通のものさしがあれば、例えば「この施策のおかげでどれだけごみを集められた」「どの程度ごみの流出を防げた」という効果検証が可能になる。すると、より意味のある取り組みに予算や人員を投じることができるようになる。例えば、「SNSピリカ」のユーザー・コミュニティにごみが多い地域を提示して、ごみ拾いイベントを開催するようなことも可能になるだろう。
「今ある取り組み、今ある予算で、もっと効率のよい解決策を講じることができると思っています。それを加速していきたい」というのが小嶌の思いだ。
「少なくとも21世紀において、環境問題こそが人類が抱える一番大きな問題だと思っています。そこに取り組めるのはおもしろいし、楽しい」と話す小嶌は、いま地球上の最も深刻な問題に楽観的に対峙する。
◆
この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら。