世界一高い新薬が登場、425万ドルの価値はあるか
新しい遺伝子療法が世界で最も高価な薬として登場した。価格は425万ドル。異染性白質ジストロフィー(MLD)という希少疾患を対象としており、その高額な価格設定が、治療の経済的持続可能性に疑問を投げかけている。 by Antonio Regalado2024.04.02
これまででもっとも高価な新薬が登場した。ブルックリンに建つブラウンストーンの邸宅やマイアミの豪邸並みの金額で、普通の人が稼ぐ一生分の収入よりも高い遺伝子治療薬「レンメルディ(Lenmeldy)」である。
レンメルディは異染性白質ジストロフィー(MLD)の遺伝子治療薬で、3月18日に米国で承認された。製造元であるオーチャード・セラピューティクス(Orchard Therapeutics)は3月20日、この治療薬の425万ドルという卸売価格は、患者と家族にとっての価値を反映していると述べた。
間違いなく、MLDはおそろしい病気だ。この神経障害は幼児を襲い、話す能力や歩く能力をあっという間に奪ってしまう。約半数の患者が死亡し、残りは植物状態で生き続けることになり、家族には計り知れない負担をもたらす。
しかし、非常に稀な病気でもあり、米国では年間40人ほどの子どもにしか発症しない。この極端な希少性が、高価格の背景にある。患者数が非常に少ないという経済性を考えてほしい。オーチャードは160人の従業員を雇用しており、その数は今後数年間で治療可能な子どもの数よりもはるかに多い。
つまり、これほどの価格設定であっても、最新のDNA療法の販売は不安定なビジネスである可能性が残る。「遺伝子治療はこれまで商業的に苦戦してきました。レンメルディがその傾向を覆せるとは思えません」とバイオビジネスを調査する公益企業「ソルトDB(SoltDB)」のアナリスト、マックス・チャツコは言う。
世界一高価な薬というのは、ある種の呪いのようなものだ。
この治療法は3年前に欧州で承認され、現在は価格も少し下がっている。しかし、チャツコによると、オーチャードは昨年の大部分の期間でこの製品を販売したが、わずか1270万ドルの売上しか上げられなかったという。つまり、MLD療法を受けた子どもは、数えられるほどしかいないのだ。
この治療法が救世主であることには間違いない。この遺伝子療法は、子どもたちの骨髄細胞に欠落している遺伝子を追加し、脳に存在する病気の根本原因を逆転させる。2010年に始まった治験では、治療を受けた子どもたちの多くが、見事に平均的な成長を遂げてきた。
「この治療法が子どもたちにもたらした効果について語りたくて、心がうずうずしています」とオーチャードのレスリー・メルツァー最高医療責任者は話す。「この治療法がなければ、患者の子どもたちは非常に若くして亡くなるか、植物状態のまま何年も生きることになるでしょう」。しかし、この遺伝子療法を受けた子どもたちは、ほとんどが歩けるようになり、脳も健康だ。「私たちが治療する子どもたちは学校へ行けるようになり、スポーツをし、自分の話をすることもできます」(メルツァー最高医療責任者)。
いくつかの独立団体も、この治療法が費用に見合った効果があると考えている。そのような団体の1つである非営利団体の臨床経済評価研究所(Institute for Clinical and Economic Review)は昨年9月、独自のモデルによる評価で、このMLD遺伝子療法には230万〜390万ドルの価格であればその価値があると発表した。
しかし、こうした超高額な価格が、経済的に持続可能な治療法ではない可能性を示していることは否めない。
かつて最も高価だった遺伝子治療薬の「グリベラ(Glybera)」は、市場から撤退する前にたった一度だけ購入された。当時最高額だった100万ドルという価格を、正当化できるほどの治療効果はなかった。
その後、レンメルディに抜かれるまで最高額の座に君臨してきた治療法がある。やはり遺伝子療法の1つで、350万ドルの価格が付けられた血友病治療薬の「ヘメジェニックス(Hemegenix)」だ。このような治療法は数十億ドルの価値があると考えられていたが、報道によれば期待されていたほどには普及していない。
オーチャード自身も、別のDNA治療薬製品「ストリムベリス(Strimvelis)」を断念している。ストリムベリスは、ある種の免疫不全に対する完全な治療法だった。同社はこの治療法の所有権を有し、欧州で承認も得ていた。問題は、患者が少なすぎることと、代替治療法が存在することだった。返金保証まで設けたもののストリムベリスを救うには至らず、2022年に販売を中止した。
その後、オーチャードは日本の製薬会社である協和キリンに買収され、現在は同社の子会社となっている。
このように、遺伝子治療法は試験では大きな成功を収めても、実際には苦戦していることがある。レンメルディの場合、重要な問題は病気の早期検査だ。子どもたちに症状が現れてからでは、手遅れになりかねないからだ。今のところ、多くの患者でMLDが発見されるのは、年上の兄弟姉妹がすでにこの遺伝性疾患で亡くなりかけているからだ。
2016年にMITテクノロジーレビューは、MLD遺伝子療法の劇的な効果だけではなく、1人の子どもを救うためにもう1人の子どもが死んでしまうという、親たちの心の苦しみについても詳しく紹介している。
オーチャードは、出生時に自動的に検査する病気の対象リストにMLDを加えることで、この問題を解決し、より多くの子どもたちを救いたいと考えている。それが市場の確保にもつながるからだ。この治療法の支持者たちによれば、新生児スクリーニング検査に関する米国政府の委員会が5月に開催された後、検査に関して何らかの決定が下される可能性があるという。
デンバーで自身のコンサルタント会社ララレル(Rarralel)を経営する希少疾患擁護者のエイミー・プライスは、この治療法を応援している人たちの1人だ。プライスにはMLDの子どもが3人いた。1人は亡くなったが、残りの2人は2011年に当時治験中だったMLD遺伝子治療を受け、救われた。
プライスによれば、治療を受けた2人の子どもは現在20代と10代になっており、「まったく普通で、完全に平均的」だと言う。そして、この治療は価格に見合うものだとプライスは言う。「子どもが治療を受ない場合の経済的負担は、(中略)これまでにかかった遺伝子治療の費用を上回ります。価格だけに反応しては、その現実を理解することは難しいでしょう」。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。