羊水からオルガノイド作製に成功、胎児発達の謎解明へ

Organoids made from amniotic fluid will tell us how fetuses develop 羊水からオルガノイド作製に成功、胎児発達の謎解明へ

英国の研究チームが、羊水に含まれている胎児の生細胞から肺や腎臓のオルガノイドを作製することに成功した。胎児の発達過程の研究や、特定の疾患の早期発見につながる可能性がある。 by Cassandra Willyard2024.04.04

胎児は子宮内での発育の過程で、自らを取り巻いて保護している羊水に細胞を分泌する。その細胞を使用してオルガノイドを培養できることが、研究者によって示された。オルガノイドとは、人間の臓器の特徴をいくらか備える三次元構造で、今回のケースの臓器は腎臓、小腸、肺だった。このようなオルガノイドを使用して医師は胎児の臓器の発育過程を詳細に把握できるようになり、二分脊椎などの疾患は出生前診断の水準が向上する可能性がある。

胎児細胞からオルガノイドが作製されるのは今回が初めてではない。廃棄された胎児組織を使用してオルガノイドの培養に成功している研究チームがいくつかある。だが、今回の研究チームは、胎児を傷つけずに採取できる羊水中の細胞からオルガノイドを培養することに初めて成功した。

羊水に胎児細胞が含まれていることは何十年も前に研究者に知られていた。ダウン症候群や鎌状赤血球症などの疾患を出生前に医師が羊水穿刺(針を使用して羊水検体を採取する)で診断できるのはそのためだ。3月4日に『ネイチャー・メディシン』誌に掲載された研究論文の著者の1人で、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの幹細胞生物学者であるマティア・ゲルリ講師によると、羊水中の胎児細胞のほぼすべて(95%以上)は胎児から剥がれ落ちた死細胞だという。しかし、研究チームが狙いを定めたのは、羊水中の含有比率がはるかに低い生細胞だった。

研究チームは、羊水に含まれる細胞の種類を特定することから取りかかり、細胞の同一性をマッピングし、シングルセル(単一細胞)解析でその由来を評価した。次に、3種類の前駆細胞(腎臓、肺、小腸)を3次元培養環境に配置し、オルガノイドを形成するかどうかを調べた。

「前駆細胞をそのままの状態で取り扱い、ゲルの小滴内に注入しました。非常にローテクな手法です」と、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとグレート・オーモンド・ストリート病院(Great Ormond Street Hospital)の小児外科医である共著者のパオロ・デ・コッピは記者会見で述べた。

実験はうまくいった。オルガノイドは成長し、それらの細胞の起源である組織の特徴を示した。たとえば、肺オルガノイドは、人間の肺内で見られるものと同じような、髪の毛様の構造の拍動する繊毛が数週間以内に発生した。

小児外科医であるデ・コッピ医師は、先天性欠損症に対処することが多い。医師はこのような欠損症を画像診断で突き止めることができるが、重症度や臓器機能に及ぼす影響を評価する良い方法はない。肺オルガノイドがそのような情報を提供できるかどうかを調べる目的で、研究チームは先天性横隔膜ヘルニア(CDH)という希少疾患の胎児の細胞を収集した。この疾患の胎児は横隔膜に空隙があり、腹部臓器が胸腔内に押し出され、肺が圧迫される恐れがある。「肺は圧迫されると、本来のように発育しません」とデ・コッピ医師は言う。「そのため、胎児の7割しか生き延びることができません」 。

研究チームはCDH胎児の細胞から培養したオルガノイドと健常胎児の細胞から培養したオルガノイドを比較した。当初、どちらのオルガノイドも同じように見えた。だが、気管に最も近接した部位の肺やより深い部位の肺を再現するように分化を促進すると、著しい相違が認められた。健常オルガノイドもCDHオルガノイドも繊毛が発生したが、CDHオルガノイドのパターンは異なり、分化の進展も難儀した。さらに、CDHオルガノイドが産生するサーファクタント(肺内の肺胞が適切に機能するよう支援する物質)は量が少なかった。

CDHは治療が可能だ。外科医が胎児の気管にバルーンを置き、肺に侵入しようとする臓器との対抗を強いる。羊水から採取された細胞を培養した肺オルガノイドを研究者がバルーン処置前後で比較すると、治療されたオルガノイドの成長過程は正常な肺オルガノイドに似るようになり、遺伝子発現からは成長度合も増していることが示唆された。

これらの結果は、2つの用途の可能性を示している。バルーンを設置するには胎児手術が必要だが、効果のある胎児と効果のない胎児を見きわめる良い方法を医師は持ち合わせていない。これらのパーソナライズされたオルガノイドは、肺の発育不全の程度を判定し、より多くの情報に基づく判断をするのに役に立つ。さらに、処置を受けた胎児で、その処置が奏功したかどうかの情報を医師はオルガノイドから得ることができる。

羊水中の細胞からオルガノイドを培養しているのは、この研究チームだけではない。2023年10月に掲載された査読前論文(プレプリント)で、イスラエルの研究チームもこのような細胞を肺オルガノイドと腎臓オルガノイドに培養できたことを報告している。

名前が示唆するように、オルガノイドは機能する臓器のミニチュアではないが、この細胞集合体は臓器の構造や複雑さをいくぶん再現する。そのため、人間の発育に対する独特の視点を与え得る。また、胎児と同じ遺伝子突然変異を持つため、その胎児の発育過程を医師が垣間見ることも可能だ。

オルガノイドの臨床適用はまだ準備が整っていないが、両チームともこのようなパーソナライズされた胎児臓器モデルの用途を数多く想定している。超音波で異常が検出された場合、基底にある原因をオルガノイドはリアルタイムで明らかにできる可能性があり、まだ発育中の臓器で取り得る治療法を医師が検討することになるだろう。また、遺伝子疾患に起因しない異常に対する研究者の理解を増進し、環境曝露が発育に及ぼす影響に光を当てる可能性がある。

製薬業界は成人細胞由来のオルガノイドを使用して新たな治療法を突き止め始めていると、デ・コッピ医師は指摘する。この技術的な進展が再び胎児の発育過程に適用される可能性が出てきていると同医師は言う。「なぜなら初めて、胎児に触れることなく胎児に実際にアクセスできるようになったのですから」。