この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
二酸化炭素除去の分野には、差し迫った問題がある。
数えてみると、現在世界中で800社近くの企業が地球温暖化を引き起こす温室効果ガスを大気中から取り出し、貯蔵したり利用したりするためのさまざまな方法を模索しており、私が2019年に5つのスタートアップの名前を挙げた時に比べれば、大きな進歩と言えよう。株式市場や企業資金に関するデータを提供しているピッチブック(PitchBook)によると、世界的にベンチャー投資家は、2020年から昨年末までにこの分野に40億ドル以上を注ぎ込んでいるという。
問題は、二酸化炭素除去(CDR)は非常に高価な製品であり、厳密に言えば、現時点では誰も必要としていないことなのだ。これはガジェットではない。目に見えないゴミの廃棄物処理であり、誰もお金を払いたがらない公共財なのだ。
「CDRは純粋なコストであり、私たちはそれを利益のあるものにしようとしています。そして、それを実現できる唯一の方法は、公的資金を使うか、自主市場を通じて実行することです」。元・米国エネルギー省炭素管理局副次官補のエミリー・グルバート(ノートルダム大学准教授)は話す。
その両方が、一定の役割を果たしている。これまでのところ、二酸化炭素除去の主な市場は政府調達によるものだが、これには限りがある。政府の補助金ではコストをカバーできず、企業や個人による自主的な購入は、高品質で信頼性の高い除去の真のコストを支払う意思のある人に限られている。二酸化炭素を他の製品の原料として使用することも可能だが、その場合は一般に、安価な商品の高コスト版から始めることになってしまう。
こうした市場の課題を踏まえると、巨額の資金がこの分野に流れ込んでいるのを目の当たりにして、首をかしげる投資家もいる。
ベンチャーキャピタル企業の「DCVC」は、昨年夏の報告書の中で評価をしたすべてのアプローチが「複数の実現可能性の制約」に直面していると述べた。この報告書は、二酸化炭素を吸収する直接空気回収(DAC)プラントは特に高価で、顧客に1トンあたり数百ドルの費用を請求していると指摘している。
「この問題は5年後、7年後、さらには10年後も変わらない可能性が高いです。だからこそ私たちDCVCは、初期段階の直接空気回収企業に数億ドルの資本が流入しているのを見て、少し驚いています」とこの報告書の作成者は書いている。
DCVCのパートナーのレイチェル・スレイボーは、報告書の中で直接空気回収について次のように述べている。「直接空気回収が、必要ないとは言っていません。また私は、この分野でいずれ良いビジネスが生まれないとも言っていません。私が言いたいのは、現在の市場は非常に初期段階にあり、ベンチャー企業へのリターンが生まれるとは思えないということです」。
複数の業界関係者は、私とのオフレコの会話の中で、二酸化炭素除去企業の数は単純に持続不可能であり、かなりの割合がいずれ消滅するだろうと認めていた。
この分野が軌道に乗ったのは、気温の上昇を抑えるためには大量の二酸化炭素の除去が必要であることが、一連の研究で判明したことが一因だ。ある試算では、地球温暖化が2℃を超えないようにするため、あるいは安全な範囲に戻すためには、各国は今世紀半ばまでに年間100億トンの二酸化炭素を除去する必要があるかもしれないとしている。
それに加え、企業は温室効果ガスの排出量の「実質ゼロ」の公約を達成する方法を模索している。今のところ一部の企業は、この部門の規模拡大を支援する目的で、二酸化炭素除去のために現在非常に高額なコストを喜んで支払っている。これらには、マイクロソフトや二酸化炭素除去に10億ドル以上の資金を約束しているフロンティア(Frontier)プログラムに参加している企業が含まれる。
現時点では企業の需要が、信頼できる二酸化炭素除去方法の利用可能性を上回っているようだ。現在、直接空気回収プラントは数えるほどしかなく、建設には何年もかかってしまう。企業は依然として、バイオ炭の埋設や地下深くのバイオ油の汲み上げのような他のアプローチのテストや拡大を実行しているところだ。
コストは確実に下がるが、これらのことをうまくやるには常に比較的割高であり、真のコストを喜んで支払う企業顧客は限られていると観測筋は話している。そのため、二酸化炭素除去能力が企業の需要に追いつくにつれて、この業界の運命は、政府がどれだけ多くの支援を提供する用意があるか、そして政府が付随する規則をどれだけ慎重に策定するかにますます依存することになるのだ。
各国は、二酸化炭素取引市場、直接購入、汚染者への義務付け、燃料基準、その他の措置を通じてこの新興産業を支援する可能性がある。
各国は今後もこの分野を支援するために、より多くのアメをぶら下げるか、より大きなムチを振るうことになると考えて間違いないだろう。注目すべきは、欧州委員会(EC)が二酸化炭素除去を認証する枠組みを作成中であることだ。これにより、2050年までに気候変動を中立化するという欧州連合(EU)の目標に向けて、各国が最終的にさまざまなアプローチを利用できるようになる可能性がある。しかし、こうした政府の支援が投資家が期待するほど、あるいは起業家が必要とするほど大規模かつ迅速に拡大するかどうかは全く明らかではない。
実際のところ、気候科学者がそうすべきだと言ったからといって、各国が年間数十億トン規模の高品質な二酸化炭素除去に資金を提供することは「ファンタジー」だと主張する観測筋もいる(気候変動に対する、私たちの数十年にわたる無策ぶりを参考にしてほしい)。DCVCの報告書によれば、1トン100ドルとして1000億トンの二酸化炭素を除去すれば10兆ドルになり、これは「世界GDPの10分の1以上」になるという。
この分野における財政的圧力の増大は、さまざまな懸念すべき形で影響を及ぼす可能性がある。
アメリカン大学責任炭素除去研究所(Responsible Carbon Removal)の研究員で気候経済学者でもあるダニー・カレンワードは、「可能性の1つは、バブルが生まれて弾け、多くの投資家が全財産を失うことです」と語っている。
もしそうだとすれば、有望な二酸化炭素除去方法の開発が、その効果がどの程度なのか(あるいはそうでないのか)が判明する前に打ち切られることになりかねない。
もう1つの危険は、特に活況を呈していたセクターの1つが失速すると、世論や政治感情がその分野全体に向けられ、さらなる投資意欲が失われる可能性があるということだ。結局のところ、これはまさにクリーンテック1.0バブルの崩壊後に起こったことである。保守派はグリーン・スタートアップに対する政府の融資を非難し、そしてベンチャーキャピタルはやけどを負ったような気分になり、10年近く手を引いていたのだ。
しかし、カレンワード研究員は別の可能性をさらに恐れている。資金が枯渇するにつれ、収益を上げて市場を拡大したいと願うスタートアップは、より安価ではあるが信頼性の低い二酸化炭素除去製品を販売したり、それを許可する基準を緩和するようロビー活動したりすることに頼るかもしれないのだ。
カレンワード研究員は、この分野が自主的なカーボン・オフセットで起こったような広範な信頼性の問題を再現し、大きな市場を構築して大金を動かすものの、地球の大気のためにそれほど多くのことを達成するわけではないというシナリオを想定している。
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グルバート准教授とは別のエネルギー省元職員によるエッセーを昨年12月に本誌で取り上げている。そこでは、企業の二酸化炭素排出量を相殺するために温室効果ガスを吸い取ることは、より差し迫った国民のニーズを犠牲にしかねないと警告していた。
以前の記事で、二酸化炭素除去に費やされるエネルギー、関心、そして資金が、私たちが二酸化炭素除去にどれだけ依存できるか、ひいてはどれだけ排出を続けられるかという非現実的な期待にいかにつながるかを探った。
最近の記事で本誌のデビッド ・ロットマン編集主幹が、クリーンテック1.0のブームと崩壊の厳しい教訓、そして現在の投資の波の大きなリスクを詳しく解説している。
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