地球温暖化ガスや環境汚染物質を全く排出しない自動車を想像してほしい。現在路上を走っている電気自動車(EV)とは異なり、充電に1時間以上かかることもなく、すぐに発車できる車だ。
あまりにも良いことずくめで本当だとは思えないが、これこそが水素燃料電池で動く車の現実だ。そして、ほとんど誰も欲しがらないのも、また現実だ。
誤解のないよう言っておくが、水素燃料電池車(FCV)は世界中で販売されている。しかしながら、燃料価格の高騰や車両販売数の低迷、水素ステーションの閉鎖など、水素車は行き詰まりを見せているようだ。
水素燃料電池は、水素と酸素の化学反応によって電気を発生させ、その電力で自動車を駆動する。このような自動車は、より多くの選択肢が切実に必要とされている輸送分野において、気候変動に優しい交通手段の選択肢としてしばしば宣伝されている。輸送分野は世界の温室効果ガス排出量の約4分の1を占める、気候変動における世界最大級の問題の1つ。EVが化石燃料に代わる選択肢として普及しているが、航続距離不足、充電時間の長さ、充電設備の不足などを心配する消費者も多く、なお課題が残る。
水素車は別の選択肢を提供しているものの、このテクノロジーはドライバーからほとんど支持されていないのが実情だ。以下で、その理由と、水素車が実際に道路を走れるようになるために必要なことを説明する。
1.市場競争での遅れ
10年前、人気のゼロエミッション車をいち早く市場に出すという競争は、まだ完全に先が読めない状況だった。「2010年代にさかのぼれば、電気電池(バッテリー)と燃料電池という2つのテクノロジーが同列で語られていました」とブルームバーグNEFの輸送チーム責任者コリン・マッケラチャーは言う。
しかし、現在はバッテリーが圧倒的有利な立場にある。2023年のEVの世界販売台数は1000万台を突破し、プラグイン・ハイブリッド車も約400万台を売り上げた。同じ期間中、世界で販売された燃料電池車はわずか約1万4000台にすぎない。つまり水素車1台につき、バッテリー車は1000台売れている計算になる。差はますます広がっており、2023年のEV販売台数は3割増加する一方で、燃料電池車はほぼ同率で減少している。
水素車の販売は、水素ステーションが整備されている一部の市場に集中しているのが実情だ。水素車は中国、韓国、日本をはじめ、ドイツや米国(ほぼカリフォルニア州のみ)で目にすることができる。
販売不振にもかかわらず、トヨタを筆頭に燃料電池車を後押しする自動車メーカーもある。2023年の世界経済フォーラムで、トヨタのギル・プラット主任科学者は「私たちは長年にわたり水素に取り組んできました」と述べた。同社は燃料電池と内燃機関の両方で水素の可能性を確信しているという。
乗用車には基盤となるサポート・インフラが必要だ。EVには充電スタンドが、水素車には水素ステーションが必要とされる。このため、バッテリー技術が先行している現状では充電インフラの構築に焦点が当てられており、一度特定のテクノロジー向けインフラが確立されてしまうと、代替テクノロジーは浸透しにくくなる。
2.コストの問題
消費者が水素車に魅力を感じない理由の1つは、そのコストの高さにあるとブルームバーグNEFのマッケラチャー責任者は指摘する。市場で人気のある水素車、2024年モデルのトヨタ・ミライは現在約5万ドルで販売されており、同クラスのガソリン車やEVよりも高価だ。一部の国では、この問題に対処しようと努力している。例えば、韓国では国や地方政府が消費者に、燃料電池車の新車購入費用が実質的に半額となるインセンティブを提供している。
燃料電池車の支持者は、規模を拡大すればコストが下がると主張している。販売数が伸びれば、自然とコスト削減が見込めるというわけだ。
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