氾濫するデマやフェイクニュースが、民主主義の根幹である選挙に影響を及ぼしたり、災害時に必要な情報が届くのを妨げ救援を遅れさせたりする。人々の命や健康を危険にさらすこともある情報空間の汚染は、いまや世界的な大問題だ。
JX通信社の代表取締役である米重克洋は、SNSなどから得たデータを人工知能(AI)を使って解析し、災害や事件、事故などのリスク情報を迅速に検知して報道機関などへ配信するサービス「FASTALERT(ファストアラート)」の取り組みを評価され、2021年の「Innovators Under 35 Japan (35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。
法人向けのFASTALERTと並行して運営している、一般向けのニュースアプリ「NewsDigest(ニュースダイジェスト)」のダウンロード数も600万件を超え、速報に強いニュースアプリとして定評がある。
記者がいない、エンジニア中心の新しい報道機関
報道機関を標榜するJX通信社に、記者は1人もいない。記者が足を使って取材してニュースを書くという従来の報道機関のイメージとはかけ離れた、エンジニア中心の報道ベンチャーだ。
IU35選出後の約2年の間に、ツイッターがXに変わるなどSNSを取り巻く環境は大きく変わった。JX通信社のサービスはSNSから多くの情報を収集しているため、その変質の影響は直接・間接的に受けているという。
「2024年元日に起きた能登半島地震後のXを見て分かるように、以前ならツイッターが果たしてきた災害時のライフラインとしての役割が機能しにくい状況になっています。そうした中で、我々の取り組みが担う役割がより大きくなりました」と米重は話す。2024年1月に起きた能登半島地震でも、FASTALERTはSNS上の情報を集約し、信頼性が高いと判断した情報を被災地の自治体に提供しているという。
デマやフェイクニュースを正確な情報で量的に凌駕する
デマやフェイクニュース、ノイズとなる情報はネットを介して瞬く間に増幅され、蔓延していく。生成AIの登場以降、「デマやフェイクニュースの爆発的な増加のドライバーになっている」と米重も指摘するように、その動きはさらに加速している。
誤った情報への対策として、これまでは「モグラ叩き」のように1つ1つ正していく、あるいは情報の受け手のリテラシーを高めるといったアプローチが主流だった。だが、米重が考える対策は、そうした従来の対策とは根本的に発想が異なるものだ。
「我々がすべきことは、信頼できる情報、確かな情報を、より早く、より大量に社会へ共有していくこと」だと米重は言う。デマやフェイクニュースを「量」「スピード」で凌駕することで、人々が惑わされる情報にアクセスするリスクを減らすというのが、基本的な考え方だ。
ただ、それを実現する上では、正確な一次情報、正確な一次データをいかにすばやく集めるかが重要になる。
「ポイントは2つあります」と米重は言う。1つは、情報源をSNSに依存しすぎないことだ。従来のアプローチでは、Xをはじめとするプラットフォームに頼る部分が大きかったが、JX通信社では現在、ユーザーからの直接の情報提供を強化しようとしている。「NewsDigest」は基本的にユーザーへニュースを送り届けるアプリだが、逆にユーザーからの情報提供を受け付ける機能がある。災害や事故などのリスク情報を提供し、地域の安全・安心に貢献すると、ユーザーはその見返りとしてポイントがもらえる仕組みだ。
「これによって、バーチャルな市民記者ネットワークができます。自分たちのアプリのユーザーから提供される情報なので、真贋の検証が確認がしやすくなります」。
2つめのポイントは、ローカルとグローバル、両方向の取り組みを広げていくことだ。ローカルの取り組みとしては現在、過疎地を含む自治体と連携を進めている。SNSのユーザーは、その大半が都市部在住で、SNSに上げられる地域にまつわる情報量も人口の多いところに偏っている。つまり、人口の少ない地域から集められる情報は少ない。
そこでJX通信社では、自治体と連携協定を結び、役所の職員や消防団員、自治会の会長などに情報を提供してもらう仕組みを構築しようとしている。これにより一般のユーザーよりも格段に多くの情報が集まり、災害時などに地域の人々に必要な情報が届けられるようになる。すでに、7つの市と連携協定を締結したほか、5つの自治体と実証実験を進めているところだ(2024年2月時点)。
一方グローバルな取り組みとしては、世界で日本と同様の情報空間にまつわる課題を持つ国や地域へ、FASTALERTを通じて構築した情報収集・情報提供の仕組みを広げていくことも始めている。
情報を提供する対象は、報道機関だけでなく製造業や社会インフラを担う企業なども含まれる。近年、気候変動による災害のリスクは日本に限らず増大しており、またテロや戦争のリスクも企業活動に多大な影響を及ぼす。世界の「どこで」「何が起きているか」の情報を必要とするのは報道機関に限らない。「情報サービスを持続可能なものとするためにも、そうした業界・企業のニーズに応えていくことは不可欠」だと米重は話す。
中学生の時に、航空会社を作ろうと思った
米重は中学生の時、「航空会社をつくりたい」と考え、起業家を志した。日本の航空運賃が他国よりも格段に高いことに疑問を持ち「なぜそうなっているのか」を調べる中で、政治と業界が消費者や納税者を置き去りにして作り上げた「構造」によるものだと知ったからだった。
「日本にまだLCCという概念がなかった当時、より安い運賃でより良いサービスを提供できる航空会社をつくることで『構造』を変えていけるのではないかと考えました」と米重は当時を振り返る。
きっかけの1つは、航空専門誌『月刊エアライン』のバックナンバーに載っていた「航空会社のつくり方」という特集記事だった。米重はそれを読んで「途方もないお金と手続きが必要だけれど、順を追って一段一段上ればたどり着けるものなんだ」と感じたという。そして、航空会社の起業が絵空事でなく、自分ができる範囲のことなのだと捉えられたそうだ。同時に、それを伝えるメディアのニュースやコンテンツにも関心を持った。そこから、航空業界のニュースサイトをつくり、2008年、大学1年生のときにJX通信社を創業することになる。
テクノロジーを用いることで報道産業の構造的問題を解決する
社名に「通信社」と付けた背景には、「メディア業界の課題を解決するのは通信社」だという米重の考えがあった。
「オンラインのニュースメディアは儲からないという認識が根底にありました。根本的に、コストを下げることと収益を高めていくことの両方をしなければビジネスとして成立しない。そのために、業界横断的な課題を解決する通信社が必要なのです」。
英国の通信社ロイターは、その時々の先端的な情報通信技術を使うことにより、情報を正確かつ迅速に届けることで地位を確立してきたという側面を持つ。「テクノロジーでコストを落としていく。より大量の情報を扱う時代になっても、根っこの部分で通信社であることは変わりません」と米重は話す。
目先の問題ではなく、問題の根底にある「構造」に着目し、「構造」を変えることで問題の解決を図る。米重が大事にしている考え方だ。
「報道が社会的に必要だということは理解されていると思います。ただ、それに見合った収益構造がないためにシュリンクしているのが今の状況です。確かな情報を大量に供給する情報のライフライン、新しい報道の形を追求していきたい」。
米重 克洋 JX通信社代表取締役。1988年(昭和63年)山口県生まれ。聖光学院高等学校(横浜市)卒業後、学習院大学経済学部在学中の2008年に報道ベンチャーのJX通信社を創業。「報道の機械化」をミッションに、国内の大半のテレビ局や新聞社、政府・自治体に対してAIを活用した事件・災害速報を配信するFASTALERT、600万DL超のニュース速報アプリNewsDigestを開発。他にも、選挙情勢調査の自動化ソリューションの開発や独自の予測、分析を提供するなど、テクノロジーを通じて「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。他にAI防災協議会理事。
受賞歴:MIT Technology Review「Innovators Under 35」受賞、「Forbes JAPAN 100」選出、WIRED Audi INNOVATION AWARD、Business Insider Game Changerグランプリ
公式X:@kyoneshige、著書:『シン・情報戦略』(KADOKAWA)
◆
この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら。