紫トマト、光るペチュニア——家庭で育てる遺伝子組換え植物
これまで遺伝子組み換え植物は主に農場向けに売られてきたが、最近では一般消費者の家庭菜園や園芸向けに直接販売されるようになった。記者も紫色のトマトと光るペチュニアを73ドルで購入してみた。 by Antonio Regalado2024.02.25
この春、私は初めて裏庭でバイオ植物を栽培するのを楽しみにしている。それが可能になったのは、鮮やかな紫色のトマトや暗闇で光るペチュニアなどの遺伝子組み換え植物を、スタートアップ企業が消費者に直接販売し始めたからだ。
私は先日、ネットで数回クリックして、そのトマトとペチュニアを73ドルで注文した。
バイオ種子は巨大ビジネスになって久しい。実際、その量だけ見れば、遺伝子組み換え作物はおそらく遺伝子工学における、これまでの唯一かつ最も重要な産物である。ただし、1990年代に遺伝子組み換えの大きなイノベーションとしてモンサント(Monsanto)やパイオニア・ハイブレッド(Pioneer Hi-Bred)のような企業が初めて発表した、ラウンドアップ(RoundUp)に耐性があったり、蛾の幼虫に抵抗力があったりする綿花やトウモロコシを、農場で栽培しているのは一部の限られた人にすぎない。
私が今回注文したような遺伝子組み換え植物の新しい点は、生産者から直接購入して、庭やベランダに植えたり、鉢植えにしたりできることだ。
紫色のトマト
バイオ植物をいろいろ買ってみようと思った私はまず、カリフォルニア州デイビスにある小さな会社、ノーフォーク・ヘルス・プロデュース(Norfolk Health Produce)が開発した紫色のトマト「パーブル・トマト」の種を10粒注文し、20ドルを支払った。この種子にはキンギョソウの遺伝子が組み込まれている。その結果、栄養素「アントシアニン」が追加され、トマトの実が鮮やかな紫色になる。
タスキーギ大学の遺伝学者で学部長のチャンナ・S・プラカシュ博士によると、このトマトは「家庭菜園家に直接販売される初めての遺伝子組み換え食用作物」だという。
私が電話で連絡を取ったとき、ノーフォーク・ヘルス・プロデュースの最高経営責任者(CEO)であるネイサン・パンプリンは種子を梱包していた。パンプリンCEOは、アントシアニンには抗酸化作用があり、健康上のメリットがあると主張したが、その色が売り込みに有効であることも認めた。
「こちらの赤いトマトの方が他の赤いトマトよりも健康に良いと表示する必要はないのです」とパンプリンCEOは語った。「この紫色のトマトを見せさえすれば、『すごい、紫色のトマトだ』と言ってもらえます。人々が一目見てすぐに理解できる際立った特徴があることが長所なのです」。
この紫色のトマトを大量生産してスーパーで販売する計画もある。しかし、パンプリンCEOによると、同社は数千人もの一般の園芸家たちから寄せられた要望を無視することはできなかったという。そして、「私たちのビジネスの中心ではありませんが、家庭で栽培してもらうことにとても興味を持っています」と明らかにした。さらに、「家庭菜園家が種を採取して、自分たちの庭にまた植えたいのであれば、個人的な利用が目的であれば問題ありません」と語った。
光る花
次に私は、大枚をはたいて「ホタル・ペチュニア(Firefly Petunia)」を買ってみることにした。その名前が示すように、この花は暗闇で光を放つという。販売しているのは、ベンチャーキャピタルのNFXが支援するスタートアップ企業のライトバイオ(Light Bio)だ。
ホタル・ペチュニアはとても目新しいものなので、5月には届くという約束で予約販売されていた。1株29ドルで、送料が24ドルだった。同社の宣伝文句によると、ホタル・ペチュニアは「夕暮れ後に魅惑的な輝き」を放ち、「生きたエネルギーから生みだされるその心を和ませる光は、ホタル・ペチュニアの内なる生命とのより深いつながりを育む」という。
そして最終的に、「心を込めて育てれば、ひときわ明るい輝きをお楽しみいただけます」としている。
ホタル・ペチュニアは、数少ない遺伝子組み換え観賞植物のひとつだ。他にも、2021年に米国で承認されたオレンジ色のペチュニアがある。その珍しいオレンジ色はトウモロコシの遺伝子によるものだ(承認前にその一部が流出し、米国と欧州の当局が根絶を求めた事態は、「ペチュニア大虐殺」として知られている)。
英国医学研究会議(MRC)医科学研究所(LMS)の合成生物学者カレン・サルキシャン博士は、ライトバイオの主任科学者であり、ホタル・ペチュニアの生みの親のひとりでもある。サルキシャン博士の研究室は、生物発光をレポーター・システムとして使用することに関心を持っている。たとえば、実験で植物が毒素やウイルス感染にどのように反応するかを明らかにできるかもしれない。
サルキシャン博士はホタル・ペチュニアについて、「通常、私たちは実用的なものを作ろうとしているので、どちらかというと例外です」と語る。「ホタル・ペチュニアの開発では、動機は実用性よりも生物学と芸術の融合にありました」。
バイオテクノロジーにおける多くの事柄と同様、光るペチュニアの開発は容易なことではなかった。特定の植物や動物がかすかに光ることを可能にする化学的性質に関しての何十年にも及ぶ研究から、突然もたらされた結果のようなものだ。
そのような遺伝子回路を植物に押し付けても、最初はあまりうまくいかなかった。たとえば数年前、キックスターター(Kickstarter)で50万ドル近くを集め、光るバラを作ろうとしたプロジェクトは、プロジェクトがあまりに困難であることが判明し、支援者への約束を果たせなかった。
「当時は高い技術がなかったのは明らかでした」とサルキシャン博士は振り返る。同博士はその後、光るキノコの遺伝子の発見に貢献した。そして、その遺伝子がペチュニアに組み込まれ、大きな話題となるほどペチュニアを明るく輝かせることに成功した。
この研究はまだ続いている。サルキシャン博士によれば、ライトバイオは「明るさを増し、より多くの色を作る」ことに取り組んでいる。他の種類の植物を発光させることにも取り組んでいるが、何の植物かはまだ秘密である。「私たちが研究している具体的な品種についてはコメントできません」と同博士は断ったが、光り輝くキクの写真を見せてくれた。
サルキシャン博士は、光を放つ植物に囲まれてリラックスし、心を落ち着かせたくなることが時々あると話してくれた。皮肉なことに、それが可能なのは研究室のみで、自宅ではできない。英国に住んでいるからだ。遺伝子組み換え作物に対してより厳格な見解をもつ英国は、このような植物の販売を承認していない(欧州でも承認されていない)。
しかし、同社のペチュニアは、遺伝子組み換えを批判する人々を説得できる可能性があるとサルキシャン博士は考えている。「特に遺伝子組み換えに関するさまざまな話題や懸念を考えると、安全で、扱いやすく、喜びをもたらす遺伝子組み換え植物の鉢植えを、どの家庭にも置けるようになるのはこれが初めてのことです。消費者向けバイオテクノロジー分野における初期プロジェクトなので、非常に興味深いプロジェクトだと考えています。将来的には、もっと増えていくでしょう」。
注文したトマトの種と光るペチュニアはまだ配達されていない。私が住む地域にはまだ雪が残っている。しかし、春が来たら、初めて手に入れた遺伝子組み換え作物を庭に植えたいと思っている。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。