2度目となる訪問で、私は既視感に戸惑いながらインターホンのブザーを鳴らした。そして、時間を超越したような奇妙な感覚を覚えた。今回訪れた太陽光発電スタートアップの本社は、10年以上前に訪れた以前のオフィスと不思議なほどよく似ていた。社名は1366テクノロジーズ(1366 Technologies)からキュービックPV(CubicPV)に変更され、オフィスは1キロメートル半ほど離れた場所に移転していた。しかし、それ以外はすべて見覚えがあるような気がした。気候テック・ブームに関するインタビューという訪問理由も前回と同じだ。
2006年にシリコンバレーを代表するベンチャー・キャピタリストたちの参入によって注目を集めながら始まったクリーンテック投資の急増は、2010年に1366テクノロジーズを初めて訪れたときもまだ続いていた。少なくとも続いているように見えた。しかし、その1年後には崩壊が始まっていた。水圧破砕法の台頭により、天然ガスは安価で豊富な存在になりつつあった。クリーンエネルギーの研究と普及に対する米国政府の財政支援は減少していた。一方、中国は太陽光発電設備と太陽電池(バッテリー)の製造を独占し始めていた。2011年末には、米国にあった再生可能エネルギー関連のスタートアップのほとんどは倒産するか、生き残りをかけて奮闘していた。
最終的に犠牲となった企業の中には、太陽光電池メーカーのソリンドラ(Solyndra)や、飛ぶ鳥を落とす勢いだったバッテリー会社のA123のような有名企業だけでなく、先進的なバイオ燃料や革新的なバッテリー技術、太陽光発電などの分野であまり知られていなかったスタートアップも数多く含まれていた。ほとんどすべての同業他社が失敗した中で、キュービックPVはどうやって生き残ったのだろうかと不思議に思った。
現在も最高経営責任者(CEO)を務めるフランク・ヴァン・ミエルロが、私を会議室に案内してくれた(壁に掛かっている太陽光パネルの写真は10年前に目にしたものと同じだろうか?)。同CEOは喜びを隠せない様子だった。それは当然とも言える。ベンチャーキャピタル(VC)から支援を受けたスタートアップであるキュービックPVは、太陽電池に使われる同社のシリコン・ウェーハーの製造工程を拡大する機会がほとんどないまま、太陽光発電が行き詰まった状態が10年以上も続いた。その後、同社の運命が突然好転したのだ。
クリーンテックへの投資と製造に対する期待感が復活し、資金が再び流れ込んでいる。ヴァン・ミエルロCEOの説明によれば、2022年に成立した米インフレ抑制法(IRA)は、米国内の太陽光発電関連の製造を強く奨励するもので、状況が一変したという。2023年夏の時点で、米国の約44カ所で新しい工場の建設が計画されており、キュービックPVにシリコン・ウェーハーの巨大な潜在需要をもたらしている。
クリーンテック2.0の到来だ。近年、気候変動に対処するためのテクノロジーやインフラに対する官民の支出が米国内外で大幅に増加している。最近の分析では、2022年7月からの12カ月間に、米国におけるグリーン投資の総額は2130億ドルに達したと推定されている。その大半は、風力や太陽光などの再生可能エネルギー源の開発や、バッテリーや電気自動車(EV)の製造支援、環境に優しい水素インフラの整備に充てられている。そして、この巨額の資金によって拡大しつつある市場でサービスを供給できるかもしれないチャンスが次世代テクノロジーにもたらされている。
つまり、キュービックPVのようなスタートアップにとっては、何年もの間、自社製品への市場需要がほとんどなかったにもかかわらず、突然、ほぼ無限の需要が生み出されたいうことだ。同社は、米国の太陽光発電関連産業における急速な生産拡大に対応するために必要なシリコン・ウェーハーを製造しようと10億ドル規模の工場を設計している。さらに、太陽光発電関連産業の基盤が拡大すれば、最終的には、将来的に同社の次世代イノベーション(従来のシリコン製よりも太陽光をはるかに効率よく取り込む新しいタイプの太陽光パネル)が高い収益をあげられる市場が生み出される可能性がある。
シリコンバレーと世界中のベンチャー・キャピタリストは、新しい触媒と電極の利点と将来性に惚れ込んでいる。太陽電池のイノベーションは無駄な試みだと思われることはなくなった。スタートアップは、エネルギー貯蔵のための斬新なテクノロジーや、温室効果ガスを一切排出しない化学製品、鉄鋼、セメントの製造プロセスを誇っている。投資家は、地熱発電や核融合炉、空気中の二酸化炭素を直接回収する方法など、新進テクノロジーのスケールアップに数十億ドルを賭けている。
「ディープ」テックまたは「ハード」テックと呼ばれる科学や工学の進歩に基づいた製品やプロセスにおけるこうしたイノベーションは、気候変動に対処する上で極めて重要になる可能性がある。ここ数年、太陽光発電や風力発電のような比較的成熟した再生可能エネルギーの導入が飛躍的に進み、EVの販売台数も力強く伸びている一方で、クリーンテックのポートフォリオには依然として大きなギャップが残っている。国際エネルギー機関(IEA)は2023年秋に発表した最新の報告書の中で、温室効果ガス削減の2050年目標を達成するために必要な排出量削減の約35%は、まだ利用できないテクノロジーからもたらされる必要があると見積もっている。
特に経済の主要産業部門は、ほとんど手つかずのままだ。二酸化炭素排出量の3分の1近くは、鉄鋼、セメント、化学製品、その他の商品の製造に使われている工業プロセスに起因するもので、コンクリートだけでも世界の二酸化炭素排出量の7%以上を占め、鉄鋼生産は7~9%を占めている。このような産業をクリーン化するには、簡単に安価で安定的に利用できる、温室効果ガスを一切排出しないエネルギーをほぼ無制限に供給する必要がある。
進歩を実現するには、科学に基づいた新たなイノベーションが必要なことはほぼ間違いない。そこで重要な役割を果たすのがVC支援を受けたスタートアップだ。過去数十年にわたり、エネルギー、化学、材料といった分野の大企業は、新しいテクノロジーの研究をほぼ断念してきた。デュポンのような業界最大手が重要な新しいテクノロジーを生み出し、それを収益性の高い事業として分離独立させていた時代はとうの昔に終わった。政府や大学が研究資金を提供する一方で、VCの支援を受けたスタートアップは、研究室での有望な発見を持続可能なビジネスに変えるためのますます重要な手段として台頭してきた。
そのようなスタートアップの多くが現在、急速に商業化を進めており、産業部門の脱炭素化と全く新しいエネルギー源の導入に向けた第一歩を踏み出している(表参照)。 しかし、こうしたスタートアップは、10年前にクリーンテック革命を阻んだのと同じ問題に直面している。
科学的進歩を遂げた気候テック企業は、規模拡大に必要な1億ドル単位の資金を獲得している。
出所 会社レポート
物理科学や工学の分野における学術進歩を商業ビジネスへと転換するのは、危険と隣り合わせのプロジェクトだ。通常、スタートアップは比較的大規模な実証プラントを建設し、そのプロセスが実験の枠を超えて機能するかどうか、また既存テクノロジーと競争できるほどの効率性があるかどうかをテストする必要がある。これはリスクが高く、費用もかかる。そしてすべてがうまくいったとしても、例えば、新しいエネルギー源やコンクリートや鉄鋼を製造するための低炭素プロセスを商業化するスタートアップは、利益率の低い、すでに確立された市場に直面することになる。何十年もかけて最適化されてきた成熟したプロセスと競争しなければならないことも多い。
このようなコストと時間のかかる商業化までのステップは、気候テックのスタートアップが大きな収益をあげる前に乗り切らなければならず、しばしば「死の谷」と呼ばれる。クリーンテック1.0では、この死の谷を乗り越えられたスタートアップはほとんどなかった。
目下の問題は、現代の野心的なスタートアップが自社テクノロジーをうまくスケールアップさせ、今度こそ死の谷を乗り越えることができるのかということだ。VC支援を受けたこのような独り立ち前のスタートアップは、まず自社テクノロジーが商業規模で機能することを証明する必要がある。そして、その証明に成功できたら、今度は巨大なエネルギー市場や産業市場に強い印象を与え、既存企業と協力してこれらの分野をクリーン化する方法を見つけ出すという、さらに難しい課題に直面することになる。果たして乗り越えることができるのか?
生まれ変わる
ここで残念な知らせがある。このようなVCの支援を受けたスタートアップの実績は惨憺たるものだ。クリーンテック分野の大部分が消滅した2006〜2011年頃までの間に、VC支援のクリーンテックのスタートアップには約250億ドルが投資され、その投資額の半分以上が失われた。現在ディープテックと呼ばれるようになった分野のスタートアップの実績は特に悲惨だった。新しいタイプの太陽電池や最先端のバイオ燃料、新しい化学反応を活用したバッテリーなどへの投資では、1ドルあたり16セントの利益しか得られなかった。
2010年代の残りの期間、投資家はほぼ身を潜めていた。クリーンテックへの支出が悲惨なレベルまで減少する中、消費者向けのソフトウェアを活用したビジネス(エアビーアンドビー(Airbnb)やウーバーなど)が急成長した。クリーンテック分野における科学的進歩や工学的進歩は、スケールアップに費用がかかりすぎ、リスクが高すぎるというのが常識だった。クリーンテックに投資されるVCの割合は2008年には8%を超えていたが、2016〜2020年の間に3%程度にまで減少した。
しかし、2022年に米国でインフレ抑制法が可決される以前から、世界各国の政府が支出を増やし、長期的な温室効果ガス排出削減目標を掲げる企業が増える中、ベンチャー投資家たちは巨大な潜在力を秘めた気候テック市場に再び注目し始めていた。現在、気候テック市場の成長は投機的な推論ではなく、現実のものとなっている。10年前、革新的なバッテリーを開発したスタートアップを待っていたのはEV向けの小さな市場だったが、現在ではEVの販売が軌道に乗り、より安価でより強力なバッテリーに対する大きな需要が生まれている。同様に、 …