起業家のブライアン・ジョンソンは、大金持ちになって人類のために何か大きなことをしたかったという。
オンライン決済代行サービス会社ブレインツリー(Braintree、2013年にPayPalが買収)の創業者ジョンソンは2016年、人間の思考とコンピューターを接続する脳インプラントにより人間の知能を高める開発を目的として1億ドルでスタートアップ企業カーネルを創業し、話題になった。
「ニューロテクノロジー」を次の目玉と考えているのはジョンソンだけではない。シリコンバレーの多くの起業家は、コンピューティングやWeb領域での功績すら小さく見えるほど、「脳」を重要な未開拓領域と見ている。
神経科学者によれば、現在、テクノロジー業界の著名人が米国中の研究所で人間と人工知能を融合させるテクノロジーを探し回っているという。ジョンソン以外にも、イーロン・マスクは2016年のカンファレンスで「機械との共生」を可能にする「ニューラル・レース(neural lace:神経のひも)」プロジェクト構想に言及し、その後もプロジェクトに関してコメントしている。さらに、マーク・ザッカーバーグは2015年のQ&Aセッションで、人間はいつか写真だけでなく「五感と感情体験」をシェアできる日が来るだろうと述べた。フェイスブックは、極秘のハードウェア開発部門「8号館」の非公開プロジェクトに複数の神経科学者を雇用している。
こういった人物にとって、間断なく向上してきたコンピューターの処理能力と比べて、人間とハードウェアとの対話能力はキーボード時代で止まっているようなものだろう。アレクサやSiriなどのコンピューター・プログラムに話しかけるときですら、せいぜい約40bps(1秒あたりの伝送レート)の短い文章情報を送っているだけだ。一方、光ファイバーのデータ伝送量は1Tbpsにもなる。
「ばからしいくらいに遅い」とイーロン・マスクは不満を漏らす。
だが実際、脳との対話はそう簡単ではない。大々的な広告でカーネルを設立してから半年、ジョンソンは当初の「思い出のインプラント(memory implant)」計画を打ち切り、科学顧問団を取りかえ、新しいチームを結成して、思い出のインプラント計画の代わりになる、もっと用途の広いテクノロジーの開発に投資することにした。電極で脳を刺激して記憶させるのだ。
この転換は新しいことへの挑戦のひとつだとジョンソンはいう。「ロケットやインターネット、生物学のように大きなインパクトがあり、社会に貢献している主なテクノロジーに目を向けると、すべて学界から民間部門への転換点があったことがわかります。大体、神経科学はまだ大きな飛躍をしていません。最重要の要素は、積極的に推し進めるタイミングを見定めることです」と、ジョンソンは続けた。
思い出のインプラント
2013年にブレインツリーをeBayに8億ドルで売却して巨万の富を得たジョンソン(現在39歳)は報道によれば、投資先に関する助言を200名ものアドバイザーに求めているという。投資先をニューロテクノロジーと定めたジョンソンは2016年8月、人間の知能を高める最初の神経用義肢を開発するカーネルを設立すると発表した。
だが、ジョンソンの事業計画は極めて漠然としたものだ。ある科学者は「非常に抽象的だ」という。カーネルのWebサイトにはJ・クレイグ・ベンターやティム・オライリーなど、科学界の著名人の名前が連なり、人間の知能を理解すための「すばらしく」「真剣な」カーネルの関与を激賞している。ジョンソンがカーネルに投じると約束した1億ドルの巨額投資に関してはいうまでもない。
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