高まる気候介入の現実味、
太陽地球工学の議論を
始めるべき理由
「究極の気候変動対策」とも言われる、成層圏エアロゾル注入は想像以上に早く実現可能だ。小規模展開なら5年以内に技術的に実施できる段階にあり、国際社会は気候を人為的に操作することの科学的・政治的影響について、今すぐ真剣な議論を始める必要がある。 by MIT Technology Review Editors2025.04.01
- この記事の3つのポイント
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- 地球温暖化を抑制する太陽地球工学の小規模展開は5年以内に技術的に可能である
- 科学的・技術的目標達成に役立つ可能性がある一方で政治的反発などリスクもある
- 政治家は太陽地球工学の発展と規制について検討する必要がある
気候分野の研究者は半世紀にわたって、気候変動を抑制する手段として成層圏での微粒子散布の可能性を検討してきた。微粒子を散布して太陽光のごく一部を宇宙空間に反射させることで、二酸化炭素の蓄積によって引き起こされるエネルギーの不均衡を一部相殺し、それによって温暖化だけでなく、極端な暴風雨やその他多くの気候リスクを軽減できるというアイデアだ。
太陽地球工学(ソーラー・ジオエンジニアリング)の一形態である成層圏エアロゾル注入(SAI:Stratospheric Aerosol Injection)と呼ばれるこのアイデアに関する議論では一般的に、関係する物理的作用を理解するための小規模な屋外実験と、気候を改変するような大規模な展開のどちらかに重点が置かれる。両者の隔たりは非常に大きい。実験ではわずか数キログラムのエアロゾル物質しか使わないが、温暖化を大幅に遅らせたり逆転させたりするような大規模な展開には、年間数百万トンものエアロゾル物質が必要となり、その規模には10億倍の差がある。また、SAIによって地球を大幅に冷却するには、専用に作られた高高度を飛行できる多数の航空機が必要であり、それを揃えるには10〜20年かかるかもしれない。このように準備に長い時間がかかることから、政治家はSAI導入の規制に関する難しい決断からますます目を背けることになる。
このように現状に満足することは賢明ではない。SAIの研究と展開の間に存在する障壁は、一般に考えられているほど大きなものではないかもしれない。私たちの分析によると、早ければ5年以内にある国または国家グループが、成層圏における大気組成に紛れもない変化をもたらすような太陽地球工学を小規模で開始できると考えられる。適切に管理された小規模展開は、SAIに関する重大な不確実性を軽減し、研究を前進させるだろう。かと言って、小規模な展開を正当化することはできない。その研究自体に関しては、はるかに少量のエアロゾル粒子を使っても同様の研究が可能だからだ。また、無視できないほどの気候への影響があるだろう。最近の船舶燃料のクリーン化以前に国際海運がもたらした硫黄汚染と同程度の冷却効果をもたらすだろう。同時に、その冷却がもたらす温度差は非常に小さいため、国規模や地域規模での気候への影響を、通常の変動と見分けるのは非常に難しいだろう。
このような小規模展開が気候にもたらす影響は小さい(そしておそらく有益である)と考えられるが、政治的には甚大な影響をもたらす可能性がある。気候変動の地政学を根底から覆し、国際的な安定を脅かすような反発を引き起こす可能性がある。一方、大規模展開への足がかりとなる可能性もある。また、排出量削減という必須課題への取り組みを減速させたい化石燃料の利害関係者に悪用される可能性もある。
私たちは太陽地球工学の短期的な導入には反対だ。このテーマを検討する政治リーダーの最高組織である「気候オーバーシュート委員会(Climate Overshoot Commission)」に従って、科学的に太陽地球工学が国際化され批判的に評価されるまで、そして何らかのガバナンス構造が広く合意に至るまで、私たちはその展開のモラトリアム(一時停止)に賛成だ。しかし、このような小規模展開が有望だという私たちの見解が正しいのであれば、政治家は、現在広く想定されているよりも早い段階で、太陽地球工学と向き合い、その有望さと破壊的な可能性、そしてグローバル・ガバナンスに関わる重大な課題に対処する必要があるかもしれない。
早期展開への障壁
人類はすでに、海運や重工業などを起因とした大量のエアロゾルを対流圏(大気の層の最下部に位置する乱流層)に排出しているが、このようなエアロゾルは1週間程度で地上に落下するか、降雨やその他の作用によって除去される。 火山噴火はそれよりも永続的な影響を及ぼす可能性がある。対流圏を突き抜けて成層圏に達するほど強力な噴火の場合、成層圏まで届いたエアロゾルはおよそ1年間滞留することがある。 最大規模の火山噴火と同様にSAIは、成層圏にエアロゾルやエアロゾルに変化する物質を注入する。成層圏に注入されたエアロゾルは、大気中での滞留時間が非常に長いため、地表で放出されたエアロゾルよりも100倍大きな冷却効果をもたらす可能性がある。
エアロゾルを成層圏に到達させることはまた別の問題だ。旅客機は日常的に極圏航路で成層圏下部を飛行している。しかし、エアロゾルを効率的に地球全体に散布するには、低緯度で注入するのが最適となる。低緯度では成層圏の自然循環によってエアロゾルが両極方向へと運ばれ、世界中に拡散することになる。熱帯地方における対流圏上部の平均高度は約17キロメートルであり、モデルによれば、成層圏の上昇循環に取り込まれるためには、それよりも数キロメートル高い位置で注入する必要がある。効率的な展開のための高度は、一般的に少なくとも20キロメートルと想定されており、これは民間旅客機や大型軍用機の飛行高度のほぼ2倍である。
小型偵察機であれば、この非常に薄い空気の中を巡航す …
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