KADOKAWA Technology Review
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Life Below Sea Level in the New Age of Climate-Change Engineering

海面上昇でNYは水没確実
オランダ人に対策を聞こう

オランダの防水ゼネコンに気候変動は「恵み」をもたらす。 by Russ Juskalian2016.05.18

オランダの首都アムステルダムのスキポール空港の歩道に立ち、エンジニアリング・コンサルタント会社アルカディスのピート・ダーク水管理部長は、建物の2階部分を指差した。ダーク部長によれば、指差しているのは海水面だ。航空機が待機する駐機場(エプロン)は、実際は水面下4mに位置するという。飛行場が水没していないのは、ダーク部長のようなオランダのエンジニアが1世紀以上もかけて堤防や防潮堤、ポンプ場などの複雑な防潮網を構築してきたからだ。

気候変動による海面上昇は、開拓した土地を維持する仕事を難しくしている。だがダーク部長に儲かる話。世界中で、この仕事の需要が高まっているのだ。世界各地の沿岸地域で、洪水のリスクが増大している。おかげで、といっては何だがアルカディスの水事業の売上高は2011年から42%増え、4億5300万ユーロ(約531億円) になった。

米国では、ハリケーン・カトリーナの被害で、ニューオリンズの防災機能を強化する2億ドルのプロジェクトに尽力したのはダーク部長が指揮するアルカディスだった。2012年にニューヨーク市などに甚大な被害をもたらした「超台風」サンディが過ぎ去った後、アルカディスは将来の嵐からニューヨーク市のインフラを守るためのプロジェクトの約半数を請け負った。武漢(中国)、サンパウロ(ブラジル)、マイアミ(米国フロリダ州)からも、ダーク部長は次々と仕事を請け負い、変動し続ける気候と戦う大都市を助けてきた。

Piet Dircke (left) looks across the Nieuwe Waterweg from beneath one of the giant arms of the Maeslantkering storm surge barrier.
マースラントケリンク防潮堤の巨大な片腕の下からニューウェ・ワーテルウェフ川を見渡すピート・ダーク部長(左)

さらに激しい嵐の発生や過去1世紀で約14cm も上昇した海水面もリスクだ。完全には証明されていないが、気候変動による経済的損失の例に多くの専門家が挙げるサンディによる損失は500億ドルを超える。ネイチャー誌による最近の調査では、2100年までに、溶けた南極の氷だけで海面はさらに約91cm上昇すると見積もられおり、バングラデシュやケネディ宇宙センターの打ち上げ施設など、一見無縁の沿岸地域を水没させる恐れがある。

ダーク部長によれば現在北ジャカルタでは「道路に立って、擁壁の上へ手を伸ばせば海水に触れられる」という。

干ばつや内水氾濫も増加しており、飲料水の供給もままならなくなっている。中国内陸部(海から800km以上も離れている)の人口1000万人以上の都市・武漢は昨年のエルニーニョ現象によって過去50年で最悪の暴風雨に見舞われ、アルカディスと大きな契約を結んだ。氾濫を減らし、後の利用のために過剰な水を貯えておき、市の公共スペースについても再考するプロジェクトだ。中国ではすでに、類似のプロジェクトが15件も進行中だという。

オランダの水管理と聞くとどっしりとした防壁が思い浮かぶが、ダーク部長と実際に海岸を訪れと、魔法のほとんどは目に見えない。洪水防止というただ1つの目的は、ほとんどの場合カタリーナのような大災害後にだけ需要が高まる。しかしアルカディスは、目的を達成するだけではなく、水を制御する以上の役割を果たすシステムを設計する。水の管理を、経済再活性化や、都市衰退の抑制、土地利用といった、他の目標と組み合わせれば、この種のプロジェクトはただ単に堤防や障壁を築き上げるだけの場合より、都市にとってずっと魅力的になるのだ。

A walkway above the Katwijk multiuse dike, with the ocean to the right. A parking garage is beneath the dunes.
カトウェイクの多目的堤防(土手)の上を通る歩道。右手には海が、砂丘の下に駐車場がある
A grass-and-glass entrance to the underground parking garage built alongside the protective barrier.
草(grass)とガラス(glass)でできた地下駐車場への入口は、防護壁のそばに建設されている

このモデルの好例はカトウェイクだ。素朴な村で、その海辺は人目につかない堤防(土手)で一変した。ビーチと簡素な連棟住宅の散歩道の間には起伏のある砂丘があり、揺れ動く草木や歩道に覆われている。砂からは弧を描くように、ガラスと草からなる出入り口が突き出しており、現代的な一面がかいま見られる。

出入り口は、アルカディスが建設に関わった地下構造につながっている。カトウェイクとオランダ国民を水害から守りながら、防水壁に沿って建設された650台を収容できる地下駐車場が、地上の雑然とした風景を防ぎ、海水浴客が海岸に入りやすくしているのだ。約1.5km 離れたリゾート地のスヘフェニンゲンの同様のプロジェクトでは、堤防を多層構造の散歩道が覆っており、ダーク部長によれば「国の安全の問題」として建設されたはずの建造物に商業的価値が加わっている。

洪水制御をより広い目的のための設計に組み込むだけではなく、オランダは新たな方法に挑戦し続けて沿岸地帯を管理しようとしている。ハーグの近くではサンド・エンジンと呼ばれる実験的プロジェクトでは、大量の砂がビーチの1カ所に放出され、風や波が砂を海岸沿いに広げる。初期の結果では、この方法は自然による洪水防止の効果を最大4倍まで強化したと判明している。水中の砂をさらってビーチを強化する従来の方法の4倍だ。

さらに南に下って、ロッテルダムと北海を結ぶ三角州には、昔ながらのモデルに近いが、より大型のある堤防を訪れた。地球上で最大の可動式建造物の1つであるマースラントケリンク防潮堤だ。2本の腕は、それぞれがエッフェル塔ほどの長さとほぼ同じ重量がある。ヨーロッパで最も賑わう港であるロッテルダムに船を通し、淡水を海へ流れ込ませるため、ゲートはほとんどの時間開けておく条件があり、巨大な防壁を設計できなかったのだ。幅約360メートルのニューウェ・ワーテルウェフ川を横切るように旋回し、ロッテルダムやオランダのほとんど全域を、極端な場合には1万年に1度の激甚な嵐から守る。

1997年に完成したマースラントケリンク防潮堤は、緊急時以外にも、3m以上の高潮(約10年に1度の発生頻度)でも閉じることになっている。しかし、気候変動で防潮堤が閉じる頻度も多くなりそうだ。海面上昇やさらに猛烈な嵐によって、2050年までに、現在の2倍の頻度で閉じることになると予測されている。地球上の他の沿岸地域でも同様の予測があり、ダーク部長は「まだまだやるべきことがたくさん残っているよ」といった。

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クレジット Photographs by Russ Juskalian
ラス ジャスカリアン [Russ Juskalian]米国版 ゲスト寄稿者
作家、写真家。科学技術や文化について、ディスカバー誌、ワイアード誌、ニューヨーク・タイムズ紙などに寄稿している。
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