毎朝5時になると、人口731人のベトナム・イエンバイ省マー村では丘の上のコンクリート柱にある拡声器の音が鳴り響く。ハノイでは若者にスマホが人気だが、ここでは1950年代にプロパガンダに使われていた拡声器から地元の山村の重要なニュース速報が流れてくる。
日の出の1時間前になると農民たちが水田に向かう準備を始める。グエン・ヴァン・タム村長が水文気象予報センターからの最新気象情報と作物の栽培指導を読み上げる。最近では、この1日1回の放送内容に変わった情報が入ることが多くなった。
たとえばこの1月、記録的な寒波がベトナム北部を襲い、山間部では氷点下まで気温が下がった。グエン村長は農民に「バッファローや牛を畜舎から外へ出してはいけない。閉じ込めておくように」と指示を出したことを振り返る。厳しい冷え込みが続き、苗が寒さの中で凍らないように田植えの時期を遅らせるようグエン村長は村民に注意を呼びかけた。2015年夏、熱波がマー村を襲ったとき、すでに作物の植え付けを終わっていたため、最高気温を更新しても、作物を保護する術はほとんどなかった。2015年11月、普段は乾期であるはずの時期に、マー村は豪雨に襲われた。土砂が押し寄せ1万平方mものトウモロコシ畑は多大な被害を受けても、グエン村長は洪水の浸水範囲の説明をするだけで精一杯だった。
2016年3月下旬、58歳のグエン村長は村の公民館にいた。ベトナム革命を指導したホーチミンの写真の下で木のテーブルに座り、黒のスポーツジャケットを着て野球帽をかぶった村長は、選挙で選ばれた役職者としての任務に新しく「気候変動リスクについての教育」が加わったことを穏やかな表情で説明した。グエンは世界的な気候変動が起きていることを理解している。昨年、ベトナムで起きた極端な気温差や異常なほどの豪雨は気象変動とエルニーニョ現象が引き起こしたのだ。192世帯が椰子葺き屋根の家に住むマー村は、異常気象の影響をじかに受け、時として破壊的な被害をこうむる。
ベトナムは複数の気候帯にまたがる、「S」の字を細長く引き延ばしたような形の南シナ海に面する国だ。繊維産業や靴産業、エレクトロニクス産業も盛んだが、コーヒー、米、カシューナッツ、胡椒、タピオカでん粉など農産物の輸出国としても重要な位置を占める。北部山岳地帯の農民たちが干ばつや浸食を懸念する一方で、メコンデルタ地域では、海面上昇や水田への塩水侵入に悩まされている。 …