欧米で麻しんの感染が拡大、下水は早期警戒に役立つか?
欧米で麻しん(はしか)の感染が拡大している。ポリオ、新型コロナウイルス、エム痘などの追跡に使われた下水監視は早期警戒システムとして機能するだろうか。 by Cassandra Willyard2024.02.07
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
麻しん(はしか)が欧米で猛威を振るっている。英国では学齢期の子どもの85%しかMMRワクチン(麻しん・ムンプス・風しんの3種混合ワクチン)の2回接種を受けておらず、2023年10月以降、300人がこの病気にかかっている。米国でもアウトブレイク(集団発生)が起きており、ペンシルベニア州フィラデルフィアでは12月から9人が感染している。ジョージア州アトランタで1人、デラウェア州でも1人の感染例が報告されている。ワシントン州では、家族6人全員が感染した症例もある。
世界保健機関(WHO)は1月23日、警告を発した。「すべての国が、麻しんのアウトブレイクを迅速に発見し、タイムリーに対応するための準備が極めて重要です。アウトブレイクは、麻しん根絶に向けた前進を危うくさせかねません」。WHOのハンス・クルーゲ欧州地域事務局長は述べた。
だが、麻しんのアウトブレイクを早期に見つけるのは、厄介な仕事だ。他の多くの呼吸器系ウイルスと同様に、麻しんの症状も最初は咳、鼻水、発熱、身体の痛みから始まる。明らかな発しんが現れるのは、感染から2~4日後だ。その頃までには、患者はすでに他人への感染力がある。実際、非常に感染力が強い。麻しんは、極めて感染力の強い疾患の1つなのだ。
解決策として期待されるのが、下水だ。米国は先のパンデミックの際、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を検出するために広大な下水サンプリング・ネットワークを開発した。そのネットワークを利用して、麻しんの早期警告システムを用意できないだろうか。
「実際のところ、麻しんは、新型コロナウイルスやインフルエンザ、あるいは私たちが探している他のどの病原体よりも、(検出することが)より重要だと言えると思います」。ボストンにあるノースイースタン大学の伝染病学者、サミュエル・スカルピーノ実務教授は言う。
下水監視は、標準的なラボ検査によって、下水に含まれている病原体の遺伝学的証拠(DNAやRNA)を見つける。人々は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染すると、便の中に新型コロナウイルスを排出する。下水の中でウイルスが見つかるのは、そういう簡単な理由だ。しかし、排便によって排出されたもの以外のウイルスも、下水の中で見つかる場合がある。
麻しんは呼吸器系のウイルスだが、感染者は尿の中にもウイルスを排出する。また、感染者は歯を磨いたり、唾を流しに吐いたり、鼻をかんだティッシュペーパーをトイレに捨てたりする。「私たちは非常に多くの方法でウイルスやバクテリア、菌を排出し、それらは最終的に下水へとたどり着きます」。エモリー大学の環境微生物学者で伝染病学者のマーリーン・ウルフ助教授は説明する。同助教授は、スタンフォード大学を拠点に地方自治体の下水システムを通じて感染症を監視するプログラム「ウェイストウォーター・スキャン(WastewaterSCAN)」のディレクターの1人である。
下水からの麻しん検出に関する研究は少ないものの、研究文献からはこの方法が有望である可能性が示されている。ある研究によると、2013年にオランダの研究者チームが、正統派プロテスタントのコミュニティで麻しんがアウトブレイクした際、採取した下水サンプルを検査してウイルスの証拠を探した。その結果、麻しんウイルスのRNAが見つかった。陽性反応を示したサンプルの採取場所は、感染が報告された場所と一致していた。さらに、あるサンプル中のウイルスが、アウトブレイクを起こしたウイルス株と遺伝的に同一であることも確認できた。しかし、すべての麻しん感染の証拠が、下水の中に現れていたわけではない。感染が発生した場所で採取された下水サンプルの中には、麻しんウイルスのRNAがまったく検出されなかったものもあった。
別の研究では、カナダ・ノバスコシア州の研究者たちが、下水をスクリーニングして4つの病原体(RSV、インフルエンザ、新型コロナウイルス、麻しん)を検出するツールを開発した。ノバスコシア州でそのツールをテストしたところ、麻しんウイルスの陽性反応は一切出なかった。研究者たちにとって、その結果は意外ではなかった。感染例が報告されていなかったからだ。しかし、下水サンプルに麻しんウイルスの代用物質を混ぜてテストしたところ、高濃度でも低濃度でも検出できると確認された。
本当の問題は、下水の中の麻しんウイルスを検出することに、公衆衛生上の価値があるかどうかだ、とウルフ助教授は話す。麻しんが無症状なことはめったになく、非常に特徴的な発しんが現れるため、感染すれば気づくことの方が多い。「他のシステムの中には、麻しん発生時の感染を、かなりうまく識別できるものもあります」(同助教授)。
ウルフ助教授は、症状が顕在化する前に感染者が実際に大量のウイルスを排出するのなら、下水のモニタリングに価値を見出せるかもしれないと言う。「そうであれば、本当に早期警告になる可能性があります」(同助教授)。しかし、現時点ではまだ分からない。
麻しんの下水監視プログラムは、どのようなものになるのだろうか。「ワクチン接種率が低い場所を絞り込めるのなら、そこが優先的に資源を投入すべき場所になるでしょう」とスカルピーノ実務教授は言う。「空港やその他の入国関連施設も、非常に重要な場所になります」。1月、ワシントンDC郊外のダレス空港とロナルド・レーガン空港の両方を通過した麻しん感染者がいた。空港の下水で麻しんウイルスのRNAが見つかったからといって、必ずしも局所的なアウトブレイクが起こるとは限らない。しかし、「そこにリスク・プロファイルが存在することは間違いなく、もっと積極的にモニタリングする必要があります」と同実務教授は言う。
麻しんはまだ下水監視の対象ではないが、他の多くの病原体が対象になっている。1980年代後半から、世界中の保健当局がポリオの下水検査を実施してきた。ポリオの感染者は大量のウイルスを糞便中に排出する。また、症状が現れない感染者も多い。そのため、「いろいろな意味で完璧なユースケースみたいなものです」とウルフ助教授は言う。しかし、下水監視が本当に盛んに実施されるようになったのは、新型コロナウイルスに襲われた2020年以降である。
米国疾病予防管理センター(CDC)が新型コロナウイルス感染症をモニタリングするため2020年に立ち上げた全米下水監視システムは、現在、エム痘(サル痘)の検査も実施している。ウェストウォーター・スキャンは現在、新型コロナウイルス、エム痘、RSV、インフルエンザ、ノロウイルス、ロタウイルスなど10種類の病原体を検査している。研究チームは検査データをWebサイトのダッシュボードで公表し、CDCと共有している。また、ウルフ助教授らのチームは最近、フロリダ州のマイアミ・デイド郡と協力して、デング熱検査の実現可能性評価を実施した。フロリダでデング熱はあまり見られないにもかかわらず、チームは下水からウイルスの証拠を検出した。
実際、下水監視は試したほとんどの病原体で有効だった、とウルフ助教授は話す。「このツールの活用が麻しん監視の効果的な支援につながる可能性があることは、間違いありません」 。
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豊富な微生物を含む下水は、研究者がバクテリアにおける抗生物質耐性の進化を追跡するのに役立つ可能性があると、MITテクノロジーレビューのジェシカ・ヘンゼロー生物医学担当上級記者が2023年の記事で報告している。
2022年に保健当局が下水監視を利用してエム痘の拡散を追跡し、科学者たちがカリフォルニア州ベイエリアで感染した可能性のある人の数を推定するのを支援した、とMITテクノロジーレビューのエマージング・ジャーナリスト・フェロー、ハナ・キロスが報告している。
2021年にMITテクノロジーレビューのアントニオ・レガラード生物医学担当上級編集者が、下水を利用して新型コロナウイルス変異種の拡散を追跡する最初の試みのいくつかを取り上げた。
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