自動車はシリコンバレーで解体され、新たなアイデアが追加されて、再構築されている最中だ。
インテルによるモービルアイ(自動車メーカーにコンピューター・ビジョン・テクノロジーと先進的運転システムを供給しているイスラエル企業)の153億ドルの買収提案は、自動車業界再編の影響の大きさを測るよい機会だ。今回の買収では特に、自動運転分野の革命では、道路状況のデータ収集に貴重な価値がある可能性が目立つ。
買収額が相当な高額とはいえ、現在、数多くの企業が参入して自動運転分野で、モービルアイは技術面で強みがあり、戦略的な長所がある。さらにモービルアイは、現在の地位を確固にする新たなテクノロジーも開発中だ。
モービルアイはひとつのカメラに自社のコンピューター・チップと優秀なソフトウェアを組み合わせ、さまざまな先進的運転システムを提供している。また、道路標識の速度制限を読み取りや、自動車や歩行者を認識できる自動ブレーキシステムなどもある。
マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営学大学院のデビッド・キース教授は、自動運転業界のテクノロジーの利用について研究している。キース教授はモービルアイについて、シンプルで低コストのソリューションを提供している上に、膨大な量のデータ(現在の自動運転システムを支える機械学習に欠かせない)を蓄積しているという。「モービルアイのテクノロジーは信頼性が高く、何百万キロもの運転経験を経て磨かれており、競合他社は簡単には真似できません」
インテルが自動車市場に参入したい理由はおおむね明らかだ。自動車に搭載されるコンピューターやセンサー、無線接続等の性能が高まっており、自動車産業界全体に大きな変化をもたらしている。一方、デスクトップやノートPCの重要性が薄まり、インテルの存在感はここ数年減退中だ。さらに、インテル以外の、さまざまな種類のコンピューター・チップが人気を得ている。すでにライバルの半導体メーカー、エヌビディアは、成長中の自動車市場で大きなシェアを手にしている。
キース教授はさらに、インテルは自社のハードウェア技術を活用して、ますます性能が高まる融合型システムの開発に着手することになる、と説明を続けた。カメラやレーダー、あるいはレーザー感知かライダー(LIDER:レーザーによる画像検出・測距)を組み合わせたシステムは、完全に自動化された自動車を市場に投入するために欠かせない機能だ。
前方の道路標識や歩行者を認識できる自動車には、モービルアイのコンピューター・チップがすでに使われている可能性が高い。モービルアイの視覚システムは、驚くほど性能の高いセンサーを搭載した、シンプルで低コストのソリューションだ。
したがって、モービルアイはインテルが自動運転市場に参入するうえで格好のパートナーであり、しかも自動運転市場は今後テクノロジーの発達にともない、成長することが見込まれている。
モービルアイの視覚システムに使われている深層学習は、ここ数年でコンピューターに強力な新機能をもたらしている機械学習の手法だ。深層学習システムは走行中の画像を読み込んでデータを積み上げ、路面標識や道路標識、他の車両や歩行者を認識する。学習過程で、画像は巨大ニューラル・ネットワークに取り込まれ、画像内の関連要素を確実に認識できるまで調整を繰り返す。訓練中のシステムで画像を認識できない場合でも、たいていの場合は新たな画像をいくつか積み上げて学習データセットに追加すれば認識できるようになる。
こうした機能があってもモービルアイのシステムは完璧ではなく、自動運転にはモービルアイ以外のシステムも欠かせない。テスラは昨年まで、自社の半自動運転システム「オートパイロット」にモービルアイの視覚テクノロジーを使用していた。「オートパイロット」システムが搭載されたテスラ車の死亡事故についてテスラは、モービルアイが供給した視覚システムに原因があると指摘したのに対し、モービルアイの幹部はテスラが視覚システムのテクノロジーを適切に扱っていなかったと反論し、その後両社の提携は解消された。
モービルアイが開発するテクノロジーで、将来的には自動自動車の安全性は高まるかもしれない。昨年12月、モービルアイのアムノン・シャシュア最高技術責任者とシャイ・シャレフ=シュワルツ副社長(技術部門担当)はMIT Technology Reviewの取材に応じ、モービルアイが現在研究中の強化学習(経験を重ねて学習する動物の方法からヒントを得た手法)をどう利用するについて、複雑で曖昧な状況でも、安全に運転する方法をコンピューターに学ばせるのが目的だと説明した(「2017年版ブレークスルー・テクノロジー10:強化学習」参照)。
強化学習の一環として、モービルアイは運転シミュレーション環境を開発して学習させている。モービルアイは自動運転ソフトウェアの試験で、コンピューターが生成したシナリオによる環境が普及させたい意向だ。またシャシュアとシャレフ=シュワルツは、複数の自動車メーカーと提携して、他社から収集したデータを有料で共有できる事業にも着手していると説明した。こうした構想により、完全自動運転システムに向けた勢いを加速(ダジャレではない)できるかもしれない。
完全自動運転システムが完成すれば、従来型の運輸産業に革命が起きるかもしれない。大きな変化の可能性が判明した結果、自動車メーカーや部品メーカー、スタートアップ企業が、一斉にテクノロジーや有能な人材を手に入れようとしているのだ。
スタンフォード大学自動車研究センターのステファン・ゼオフ所長は、モービルアイを買収したインテルの行動は、自動運転車産業の将来にとってデータと機械学習が欠かせない要素であることを示しているという。ゼオフ所長は「自動運転車の事業を進めるには、優秀な人材を求める側が多く、一方で優秀な人材は少ないのです」という。