気候対策の死角、セメント
製造の常識は塗り替わるか?
MIT発ベンチャーの新技術
セメントは建設の要であり、道路から高層ビルまで欠かせない存在だ。だが、製造過程から膨大な温室効果ガスを排出し、気候変動問題の足かせとなっている。MIT発のスタートアップは、電気化学を応用したセメント製造法で脱炭素化に挑戦している。 by Casey Crownhart2024.04.10
セメントはありふれた風景の中に隠れている。道路やビルから、ダムや地下室に至るまで、あらゆるものを建設するために使われている。しかし、そのどこにでもある灰色の厚い板には、気候への脅威が潜んでいる。セメントの生産から発生する二酸化炭素は、世界の排出量の7%以上を占めており、航空、海運、あるいは埋立地などの部門よりも多いのだ。
人類は何千年もの間、さまざま形でセメントを作ってきた。古代ローマ人は、火山灰、砕いた石灰、海水を使って、水道橋や、パンテオンのような象徴的な構造物を建設した。現代の水硬性セメント(水と混ぜて乾燥させると固まる種類のセメント)の起源は、19世紀初頭にさかのぼる。広く入手可能な材料から生み出されるセメントは、安価で作りやすい。今日、セメントは地球上で最も使用されている材料の1つであり、その年間生産量は約40億トンにのぼる。
工業規模のセメントは、気候に対する多面的な難問である。セメントの製造は、大量のエネルギーを消費する。従来型のセメント窯の内部は、噴火する火山の溶岩よりも高温になる。その温度まで上げるには、通常、石炭などの化石燃料を燃やす必要がある。また、砕いた鉱物をセメントに変えるには、特定の化学反応の組み合わせが必要であり、それらの反応からも、大気中に最も多い温室効果ガスである二酸化炭素が放出される。
この破滅的な気候問題に対する解決策の1つが、サブライム・システムズ(Sublime Systems)のパイプの中を流れているかもしれない。マサチューセッツ工科大学(MIT)の電池科学者2人が創業したこのスタートアップ企業は、セメントのまったく新しい製造方法を開発している。サブライムの技術は、砕いた岩石を溶岩のように高温の窯の中で加熱する代わりに、水中で電気を使ってショックを与えることで、同社のセメントの主成分を形成する化学反応を引き起こす。
このスタートアップ企業が当初作っていたセメントは、手のひらに収まるくらいの量だったが、数年かけて、約100トンの年間生産能力を持つパイロット製造施設を立ち上げるまでになった。年間生産量が100万トンを上回る従来のセメント工場に比べれば、まだわずかな量だ。しかし、このパイロット製造ラインは、世界で最も重要な建築材料の1つを生産する上での課題に、電気化学で対処できるということを証明するための、重要な第一歩である。
サブライムは今後10年の間に、毎年100万トンの材料を生産できる本格的な製造施設を稼働させる計画だ。しかし、従来の大規模なセメント工場は、建設と設備に10億ドル以上の費用がかかる場合がある。サブライムが既存の業界大手と競争するためには、急速に規模を拡大しながら、その成長を支えるのに必要となる資金を追加調達しなければならない。0%金利の終焉は、あらゆる企業にとって、そのような資金調達をますます難しいものにする。特に、セメントのようなコモディティを生産する企業にとっては、なおさら厳しい。また、建設業のような高リスク、低利益率の業界においては、まずサブライムの材料を使ってもらえるように、建設業者を説得する必要がある。
セメント業界は、毎年26億トンの二酸化炭素を大気中に排出している。その状況を浄化するには、セメントの特徴的な2つの温室効果ガス排出源である、熱と化学に対処する必要がある。
現在のセメントは、石灰石、砂、粘土が含まれることが多い混合物を細かく砕き、およそ1500℃にもなる高温の窯で焼いて作られる。この熱が化学反応を引き起こし、石灰石が石灰に変化して、砂や粘土に含まれる二酸化ケイ素と結合する。このとき起こる反応は複雑だが、ほとんどの場合、重要な最終生成物として少量のケイ素、カルシウム、および酸素化合物の混合物が出来上がる。このセメントに水(および砂や砂利)を混ぜると、固まって、頑丈な建築材料であるコンクリートになる。
人類は、水を除く他のどの材料よりも多くの重量のコンクリートを使う。セメントはコンクリートの体積全体の約10%を占めており、その材料を1つにまとめる接着剤の役割を果たしている。
セメント生産に伴う温室効果ガス排出量のおよそ40%は、製造に必要な熱を生み出す化石燃料から発生する。これは、重工業全体に共通する問題である。化石燃料はコストが安いため、生産工程と根深く結びついていると、非営利研究団体クライメートワークス(ClimateWorks)の産業グループ長であるレベッカ・デルは言う。しかし、低コストの再生可能エネルギーが送電網に導入されつつあり、より多くの産業部門に電力への切り替えを進める道を開いている。
セメントの製造に電気窯を使うことは可能であり、セメックス(Cemex)など一部の業界大手企業は、製造に必要な熱から発生する二酸化炭素の排出量を削減するため、このテクノロジーの試験導入に取り組んでいる。そのような電気窯の動力に再生可能電力を使うことで、セメントが気候に与える影響を削減するための潜在的な道筋がもたらされるかもしれない。
しかし電気窯は、セメント製造から発生する他の排出源の改善には役立たない。その排出量の約60%は、熱ではなく、出発原料をセメントに変えるために必要な化学反応から発生しているのだ。
ほとんどのセメントは、カルシウム、酸素、炭素を含む堆積岩である石灰石が原料となる。石灰石は、セメント窯の中で化学反応させることによって石灰に変えられるのだが、このときに二酸化炭素が発生し、たいていは大気中に放出される。石灰石は質量の約半分が二酸化炭素と言えるため、その分、排出量がさらに増える。つまり、セメント業界を完全に脱炭素化するには、もっと根本的な改革が必要となる可能性がある。そこで、サブライムの出番である。
「セメントは実際のところあまり注目されていませんが、もっと注目される価値があると思っています」。サブライムの共同創設者でCEOのリア・エリスは言う。エリスはまるで時間がないかのように早口で話し、あふれ出す思考をわずかなカナダ訛りで伝える。セメント化学の複雑さを説明するとき、エリスの目は、バブルガムのようなピンク色のメガネの奥で輝く。
エリスCEOはもともと、建築材料ビジネスに足を踏み入れるつもりはなかった。カナダで育ったエリスCEOは、電池のパイオニアとして著名なジェフ・ダーン(ダルハウジー大学教授)の指導の下で、大学院課程を修了した。その後、エリスCEOはマサチューセッツ工科大学(MIT)に進み、電池研究における別の重要人物で、連続起業家でもあるイェット‐ミン・チェン教授と一緒に働くことになった。チェン教授はこれまでに、A123システムズ、 …
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