フォート・モーターのバン・ダイク工場(ミシガン州スターリングハイツ)では、約18万6000平方メートルの全フロアでトランスミッション(変速機)を製造している。ミシガン州やケンタッキー州、イリノイ州の工場だけでなく、タイやロシア、ドイツ、メキシコなど、フォードの世界中の工場で生産される自動車のほぼ3分の1はバン・ダイク工場で作られたトランスミッションを搭載している。自動車のトランスミッションは、2トンにもなる車体に動力を供給する。でこぼこ道を時速60km以上で疾走することもあるが、トランスミッション内部では、わずか15マイクロメートル(人の毛髪の3分の1の幅)の誤差で部品が隣り合い、回転している。
バン・ダイク工場では、最近まで、鋳造アルミの機械加工に大量の水を使っていた。精密な時計と同じ精度で、フルサイズのSUVのパワーを実現するには欠かせない工程だ。
工場内にある数百台もの加工ステーションでは、ロボットが複雑な部品を切り出していた。切削ツールや加工中の金属に水と潤滑油の混合物を直接噴射することで潤滑しながら冷ますのだ。加工ステーションはバン・ダイクのメインフロアにあり、その下には使用済みの潤滑水を回収する溝があった。このシステムを支えていたのが20個の内蔵タンク(「ピット」と呼ばれる)であり、それぞれの容量は10万リットル(おおよそ25mプール2コース分)である。
かつては1日当たり15万リットルの水が消費され、ただ蒸発していた。空気は油っぽい水蒸気で満たされていて「安全ゴーグルを何度も何度も拭っていました」と製造エンジニアのロブ・クリフトンは語る。
しかし最後まで残っていた3個も昨年撤去され、現在、タンクは1つもない。代わりに、密閉された部屋のガラス窓の向こうで162台のコンピュータ制御の切削マシンが稼働している。切削ツールや金属加工には今でも冷却と潤滑が必要だが、大量の水の代わりに、切削部分に直接霧状の水を当てている。各マシンの13リットルの潤滑タンクは、通常はひと月に1回補充すれば十分だ。
2010~2015年に、バン・ダイク工場のトランスミッション生産台数は倍増したが、日常的な水の使用を変革するフォードの世界的な努力の一環で、水の消費量は全体で10%削減された。フォードを含むいくつかのメーカーにとって、節水テクノロジーの採用は、気候変動適応のために戦略的に優位になるための手段なのだ。
過去10年の間、水不足は世界中の企業の懸念材料だが、その理由はさまざまだ。人口増加と経済状況の改善によって水使用量が増加していることもある。しかし企業の水に関する心配の主な原因は、気候変動にある。長年の降雨パターンが世界的に変化し、従来の取水設備のある場所から、水源が移ってしまっているのだ。
チップの製造工程で多くの水を使うインテルは、最新の年次報告書で、操業地の多くが「半乾燥地帯にあるため、気候変動による長期間の干ばつの影響を受けやすくなっている。操業ニーズを満たすだけの水を確保するのが難しくなる可能性がある」と述べている。コカ・コーラ(2003年まで、財務報告の中で水が主要原料だと認めていなかった)は、最新の持続性に関するレポートで5ページを割き、水の使用とその「補充」活動について述べている。
- 56%
- 2000~2013年にフォードが車両生産において削減した水
「15年前に当社が取り組みを始めた当時、水は、あまり注目されていませんでした」と語るのは、フォードでグローバル環境品質室を率いるアンディー・ホッブス室長。実際、当時はどの施設や部署はどれだけ水を使っているのか誰も把握していなかった。そこでホッブスのチームは、大量のメーターの設置から着手した。
フォードの水に対する取り組みは、生産体制に関する大規模な環境・気候変動プログラムの一環だ。フォードは自動車メーカーであり、プログラムの進展は二酸化炭素の排出(気候変動の大きな要因)削減と連動していなくてはならない。フォードは、2016年末までに、2011年と比べて車のエネルギー使用量を25%削減すると約束している。
年間1500億ドルを売り上げ、19万9000人が働くフォードは、世界に62カ所の主要拠点がある。大規模で新鮮な水源があちこちにあるミシガン州もそうだが、ソノラ砂漠の端に位置し水が貴重なエルモシージョ(メキシコ)にも工場がある。実際エルモシージョでは一時期帯水層が落ち込み、水源をかなり深く掘らなければならなかった。
2000~2010年の間、フォードは車両生産に必要な水の量を3分の1削減した。さらに2010~2013年にも同じ割合で削減。2000年に100台の生産に使用していた水量で、現在は222台生産している。
エルモシージョでは「フォード・フュージョン」や「リンカーンMKX」といった車種を製造しているが、水資源は年々減っている。そこでリサイクルシステムを設置し、逆浸透を利用して水を浄化し、繰り返し使用することにした。このシステムのおかげで、工場では水使用量を抑えながら、生産量を50%向上できた。今ではすべてのフォード工場で、パーツ製造に必要な水量や、エネルギーや炭化水素の排出量を把握している。このような知識は基本的だが、多くの企業には欠けている。エルモシージョでは1台あたり2100リットルの水を使っているが、フォードの世界平均3900リットルの半分程度だ。メキシコの別の工場やインドの工場では1100リットル以下の場合もある。
フォードが水の使用量を詳細に集計したところ、世界全体の10%はパイプの水漏れで、ほとんどが防火システムだと判明した。さらに大幅に水量を削減するには、サプラチェーンを見直し、素材構成も変更する必要があった。たとえば、塗装工程も大量の水を要するし、粗鋼状態のフレームは、サッカーコート2面分の浸漬タンクに入れ、完全に沈めることによって素材を洗浄し、塗装準備を整えていた。
フォードの新システムでは、3層の塗装(プライマー、ベース、クリアコート)工程間に乾燥は不要だ。フォードが「ウェット・ウェット・ウェット」塗装と呼ぶ手法により、塗装の間の手直しに使われる炉が不要となり、エネルギーの削減につながり、塗装工程に要する水も30%削減できた。この変革を成功させるため、フォードは世界中の塗料会社と協力し、年間数百万台に使われる塗料を文字通り刷新した。新たな塗装方法により、自動車製造が大きく効率化し、無駄な水を削減できたのだ。
フォードの水使用の効率化は全体として効果を上げており、ホッブス室長率いる環境チームは新たな目標の設定に取りかかっている。たとえば、上水道を使わずに自動車を産する日が来るかもしれない。