スタートアップがクリーンテック1.0の失敗から学ぶべき6つの教訓
気候テック分野のスタートアップ企業が急増している。2000年代末から2010年代前半にかけて「クリーンテック1.0」を取材してきた記者が、当時の失敗から得られた重要な教訓を紹介しよう。 by David Rotman2024.08.19
- この記事の3つのポイント
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- クリーンテック1.0の失敗から学ぶべき教訓を紹介
- 需要の弱さ、投資家の傲慢さ、スケールアップ軽視などが失敗の原因
- 政治の変化、経済性の欠如なども失敗の原因に
クリーン・エネルギーの再発明や巨大産業市場の変革を目指す気候テックスタートアップ企業が急増していることで、気候変動への対処に関する私たちの考え方は、ますます楽観的になっている。グリーン・スチールから核融合まで、想像しうるほぼすべての分野において、ベンチャー・キャピタルの支援を受ける企業には、数百億ドルの資金が注ぎ込まれている。
以前執筆した記事でも説明している通り、ベンチャー・キャピタリストが主導する投資は、クリーン・エネルギー源や環境により優しい産業工程の開発において、重要な役割を果たす可能性がある。私は多数のベンチャー・キャピタル、スタートアップ企業関係者、およびいわゆるディープ・テックにおけるイノベーションを研究している学者たちとの会話を通して、私たちは今、カーボンフリー経済の初期段階にいると確信するようになった。
しかし、この楽観論には警戒も必要だ。2006年頃に始まり、2013年までには太陽光発電やバッテリー、バイオ燃料などを開発していた企業の失敗によって破綻した「クリーンテック1.0」を幅広く取材し、記事を書いた記者として、私は警戒心を抱いている。そのすべてが、少々見慣れすぎたもののように感じられるのだ。活気づくベンチャー・キャピタル、まだ証明できていないテクノロジーをテストするリスクの高い実証プラントへの数億ドル単位の投資、積極的な気候政策を政府が支持することに対する潜在的な政治的反発などである。現在の気候テックブームについて記事を書くには、過去にベンチャー・キャピタルの支援を受けたクリーンテック分野のスタートアップ企業のほとんどが、悲惨な失敗に終わってきたという事実を常に念頭に置く必要がある。
現在の投資家や起業家たちは、今回は前回とは違うことを願っている。投資家や起業家たちとの会話の中で私が発見したように、彼らが正しいかもしれないと思える理由はたくさんある。利用可能な資金も、よりクリーンな製品に対する消費者や法人顧客からの需要も、以前よりはるかに多い。しかし、第一次ブームの際に見られた課題の多くは依然として存在し、今日の気候テック・スタートアップ企業の成功を心配する十分な理由となっている。
以下に、クリーンテック1.0から得られた重要な教訓をいくつか紹介する。より詳しい内容は、この記事も併せてお読みいただきたい。
教訓その1:需要が大事。これはあらゆる市場において基本的なことだが、気候テックではしばしば無視されている。あなたの製品を買いたいと、誰かに思わせる必要があるのだ。気候変動に対する社会的、そして科学的な懸念があるにもかかわらず、人々や企業に、グリーン・コンクリートやクリーン電力を余分なお金を払わせてまで買わせるのは難しい。
シラキュース大学のデイヴィッド・ポップ教授と、共著者のマティアス・ファン・デン・ヒューベル博士による最近の研究は、クリーンテックの最初の波を破滅させた原因は、スタートアップ企業をスケールアップする際に必要なコストやリスクよりも、需要の弱さだった可能性を示している。
クリーンテック分野の製品の多くは日用品であり、ほかの何よりも価格が重要であることが多い。そしてグリーン製品は、特に最初の導入時にかかる費用が一般的に高すぎて、競争にならない。この議論は、クリーンテック1.0の破綻に対する大きな例外を説明するのに役立つ。その例外とは、テスラ・モーターズのことだ。「テスラは製品の差別化ができています。ブランドそのものに価値があるのです」と、ポップ教授は話す。しかし、「『流行りの(グリーン)水素のブランド』といったものがこれから生まれるとは、想像しにくい」とも言う。
この研究結果は、政府の政策が最も大きな効果を上げるのは、おそらくスタートアップ企業が商業化に向けて苦労しているときに直接資金提供することよりも、たとえばグリーン水素やグリーン・セメントなどの需要創出を支援するときであることを示している。
教訓その2:傲慢さは害になる。クリーンテック1.0における最も明白な問題の1つは、提唱者たちの多くが極端に傲慢だったことだ。主要な提唱者や資金提供者(ほぼ全員が男性だった)は、それまでにコンピューターやソフトウェア、Webの世界で財を成しており、それと同じ戦略をクリーンテックにも当てはめようとしていた。
「一番最初に来る大事なルールは、そのカテゴリーについて知らない人には投資させないことです」。アゾラ・ベンチャーズ(Azolla Ventures)でジェネラル・パートナーを務めるマシュー・ノーダンは言う。「クリーンテック1.0の投資家の大半は、テック業界やバイオテック業界の出身者で、自分たちがほとんど知らない産業のことを急いで理解しようと必死になっていました」。
最近では多くのベンチャー・キャピタリストが、クリーンテック1.0の経験によって鍛えられ、今では自分たちが破壊しようとしている業界を深く理解していると公言する。しかし今でも、巨大テック企業で財を成し、この世界最大の問題に対する解決策があると確信して気候テックの世界に飛び込んでくる著名な投資家が、何人かいる。
私は、ハーバード・ビジネス・スクールでベンチャー・キャピタルの仕組みを研究しているジョシュ・ラーナー教授に、そのような投資家が過去から学ばない理由をたずねた。ラーナー教授によれば、悲観的に考えると、「そのような投資家は世界を救いたいと考え、自分が英雄であると思い込んでいる誇大妄想癖のある人物であり、以前に失敗したにもかかわらず再び突き進む単なる愚か者」だという。もっと楽観的な見方をすれば、そういう人たちは「ソフトウェアの分野で得た知識や起こったイノベーションの一部をこの分野に持ち込み、活かす」ことができるかもしれないと、ラーナー教授は言う。
教訓その3:分子はビットとは違う。私たちはもちろん、コードを書くことの方が、製鉄所を建設することよりも簡単でお金もかからないことを分かっている。しかし、分子単位で物事を扱うビジネスをスケールアップさせることのリスクの高さと、予測不可能な性質は、クリーンテック1.0の間、多くの人にとって不愉快な驚きとなった。歩留まりの悪さや、不要な副産物の合成といった、研究室の中ではささいな障害のように思えるかもしれない問題も、スケールアップし、既存のテクノロジーと競争しなければならなくなると、致命的な問題になる場合がある。
ある工程が商業的に競争力があるかどうか見極めるには、通常、実証プラントを建設する必要があり、たいていは1億ドル以上かかる。クリーンテック1.0のとき、研究室では問題なかった工程が、大規模な施設でほとんどうまくいかず、多くのスタートアップ企業がつまずくこととなった。産業工程がうまくいくかどうかは、それを実際に建設するまで分からないのだ。
最近では、以前よりもはるかに膨大な計算能力と人工知能の活用によって、スタートアップ企業が実際に何かを建設する前に、工程がどのように機能するかシミュレーションできるようになると考えられている。グリーン水素の新しい製造方法をコンピューターでシミュレーションし、うまくいかないことを確認するやり方は、1億ドルの実証プラントを建設するよりも間違いなくはるかに安価で安全である。
教訓その4:ソリンドラから得た本当の教訓。米国政府から5億3500万ドルの融資保証を受け、まったく新しい種類の太陽光パネルを製造していた企業の失敗は、誰もが覚えているクリーンテック1.0の記憶である。そして、政府が資金提供先を選ぼうとすると上手くいかないことを示す明白な証拠として、この事例がしばしば提示される。しかし、「ソリンドラ(Solyndra)」の失敗から得られたいつまでも残る教訓は、まったく異なるものだ。
まず、政府であろうとベンチャー・キャピタルであろうと、製造する意味がほとんどなく、市場の需要も疑わしいテクノロジーに投資してはならない。ソリンドラの製品は非常に複雑な円柱状の太陽光発電パネルで、製造には実績のない特注の装置が必要だった。
教訓その1、2、3を参照してほしい。私は2012年の記事でこう書いた。「しかし、ソリンドラに欠けていたのは、市場に対する深い理解と製造方法の柔軟性だった。ソリンドラは、シリコンバレーの起業家たちが『死の谷』と呼ぶ、最初のベンチャー資金を受け取ってから収益を上げ始めるまでの財務的に危険な期間をすばやく乗り越えたが、その事業を実行可能で長期的なビジネスに転換する過程でひどく行き詰まってしまった。ソリンドラの大失敗から得られる大きな教訓があるとすれば、それは、あまりに急速に、あまりに多くのことを単独で実行しようとすると、危険が伴うということだ」。
ソリンドラはいずれにせよ失敗していたであろうが、もっとゆっくりとしたペースで進めていれば、米国の納税者や何億ドルもの資金を提供したベンチャー・キャピタルを含む多くの人々の損失は、ずっと少なかったのではないだろうか。
教訓その5:政治はすべてを変えることができる。最近のクリーンテック投資の波に拍車をかけた2022年のインフレ抑制法は、共和党からの賛成票を一票も得ることなく議会を通過した。つまり、2024年の選挙で共和党の候補者が勝つと、連邦政府の積極的な気候政策に終止符が打たれる可能性がある。
また、ほかの多くの工業国でも、継続的な反発がある。英国では最近、首相が国の気候政策を弱体化させる提案を出した。ドイツでさえ、クリーンテックに対する政治的支援や資金提供を後退させる兆しを見せている。
シラキュース大学のポップ教授は最近共著した論文で、ほとんど忘れられている2010年初頭の上院選挙まで遡って、クリーンテック1.0の悲劇を追跡した。リベラル派の民主党議員だったテッド・ケネディの死後、マサチューセッツ州の有権者は選挙で共和党のスコット・ブラウンを選出し、議会で議論されていた包括的な気候法案を廃案へと追い込んだ。カーボン・プライシングの可能性がなくなったことで、多くのベンチャー投資家はクリーンエネルギー・スタートアップへの関心を失った。
その年の年末までには、改選で米下院の多数派となった共和党によって、連邦政府によるクリーン・エネルギーへの大規模な追加投資は絶望的なものになっていた。
政治は重要である。そして、一夜にして変わることがある。
教訓その6:生き残るには経済性がすべて。クリーンテック1.0の初期の頃は、熱意と志にあふれていた。人々は気候変動を人類の存亡に関わる危機ととらえ、明確なビジョンを持つ起業家やベンチャー・キャピタリストが主導するテクノロジーによって、その問題を解決しようとしていた。最近の雰囲気は、多くの点で当時と似ている。実際、人々はもっと情熱的で真剣だ。多くの新しい気候テクノロジーの素晴らしさは明らかであり、私たちはそれらを切実に必要としている。
しかし、そのどれもが確実に成功するわけではない。ベンチャー・キャピタルの支援を受けるスタートアップ企業が生き残るために必要なことは、善意ではなく、経済的・財務的な優位性である。
単純な事実として、急進的な新しいテクノロジーを持つ気候テック・スタートアップ企業が成功した例は、あまりに少ない。すべてはまだ、壮大な実験段階なのである。クリーンテック1.0は、うまく行かないことがあると教えてくれた。私たちはまだ、正しい方法を学んでいる最中なのだ。
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- デビッド ロットマン [David Rotman]米国版 編集主幹
- MIT Technology Review編集者として、多くの時間を費やしてストーリーのタイプや読者に最高の価値があるジャーナリズムについて考えています。好奇心旺盛で博識な読者は、エマージング・テクノロジーについて何を知るべきか? 著者として、私が最近特に関心があるのは、化学、材料科学、エネルギー、製造業と経済の交わりです。