卵巣がんとの闘い:遺伝子検査がもたらした「予防的切除」という選択肢
生命の再定義

The best way to prevent the deadliest gynecological cancer is to remove multiple organs 卵巣がんとの闘い
遺伝子検査がもたらした
「予防的切除」という選択肢

遺伝子検査の発展により、卵巣がんのリスクを事前に知ることが可能になった。だが、その結果は新たな難題をもたらす。予防のために臓器を切除するという選択を迫られた筆者が、現代医療が直面するジレンマと、がん予防の最前線を探る。 by Golda Arthur2024.09.10

遺伝子検査の結果が、何の変哲もない白い封筒で届いた。

2021年の夏、郵便物をめくりながらチェックしていた私は、その封筒を見落としそうになったが、後で確認するために請求書とは分けておいた。ひと月ほど前、私はカリフォルニア州の遺伝子検査会社に唾液のサンプルを送っていたのだ。大事にはならないだろうと高を括っていたので、不安を感じることなく結果を確認した。

今思い返すと、私はまったくの無知だったようだ。

その時点で私と家族は、がん告知で大変な思いをしながら3年間を過ごしていた。2018年に母のテレサがステージ4の卵巣がんであることが判明したのだ。腰の痛みや腹部膨満感、食欲減退といったはっきりせず紛らわしい症状が6か月続いていたが、告知は突然だった。がんのステージ4だという衝撃もあった。「いきなり? ちょっと待って、ステージっていくつあるんだっけ?」私は頭が混乱し、すぐにグーグルで検索した。当時は卵巣がんの基礎的な知識すら持ち合わせていなかったのだ。

だが、ネット検索はすぐにやめてしまった。悲観的な統計や、専門用語だらけで動詞も見分けられないようなWebサイトばかりだったからだ。乳がんはよく知られていて資金も豊富にあり、あのピンク色のリボンでよく知られている。乳がんに比べて、卵巣がんは認知度も研究資金も乏しく、婦人科のがんの中でも最も予後が悪いということだけは理解できた。

乳がんや子宮頸がんには年に一度の定期的な検査(マンモグラフィや子宮頸がん細胞診)があるが、卵巣がんを早期のうちに検査で発見する手段はない。そのため発見が遅れやすく、それが生存率が低くなってしまう原因の1つとなっている。

母が助かる可能性は高いとは言えなかったが、6カ月にわたる過酷な化学療法を受けて何とか生き延びた。家族の間には明らかに安堵感が広がった。私たち兄弟はそれぞれ別の国に住んでいるため、2019年のはじめに母の体調が回復したときは、子どもや孫たちと旅行へ出かけた。母はもう一度、普通の人生を送ろうとしていたのだ。

だが、11カ月後にがんが再発。家族は再び不安に襲われ、衝撃を受け、取り乱した。

しかし、医師たちはそうではなかった。

後から知ったことだが、母のがんは教科書通りのパターンで現れていた。漠然とした症状、突然の告知、そして再発。最初にステージ3か4の卵巣がんと診断された患者の再発率は70~95%である。ほとんどの卵巣がんは似たような過程をたどるのだ。

最初の再発後、医師たちは母に遺伝子検査と、それに伴う遺伝カウンセリングを勧めた。

検査の結果、遺伝子変異があり、それががんの発症につながったと判明した。異常は「RAD51C」という遺伝子にあった。そのことを知らされたとき、母はまず最初に3人の子ども全員に電話し、私たちも検査を受けるように言った。検査は重要であり、急を要するとのことだった。卵巣がんにかかりやすい状態から脱するには、検査を受けることが最良の道であり、おそらく唯一の手段でもあるからだ。

このようないきさつがあって、私は最終的に検査を受けることにした。微量のサンプルを検査機関へ送り、その結果、冒頭の封筒が郵送されてきたというわけだ。

検査の結果、私は母と同じ変異を持っていると判明した。その結果を開封してを読んだ私は、その後想像もしていなかった道を歩むことになった。間もなく、卵巣と卵管を予防的に切除する手術を受けることになっている。過去5年間で4回もがんにかかるという、母と同じ轍を踏まないようにするためだ。

生存率がこれほど低い病の話にしては奇妙に聞こえるかもしれないが、ある意味では状況は明るい方向へ向かっている。科学の進歩により、以前と比べて治療や予防の手段が増えているのだ。低価格化が進んで遺伝子検査が手頃なものになり、早期発見の手段がないがんへの対策は大きく前進している。過去数十年の間、卵巣がんの死亡率はほぼ変わらず高いままだ。ついに、ある程度先を見通す手段がもたらされ、一定の希望を持てるようになっている。

それだけではない。最も一般的で予後が悪い卵巣がんの発現部位が卵巣ではなく卵管であることや、卵巣がんが1種類のがんではなく、数種類に分けられることが最近の研究で分かってきた。

こうした情報はすべて、私のような「高リスク」の患者に推奨される行動方針に生かされている。卵管と卵巣をともに摘出するのは極端なやり方に見えるかもしれないが、リスクを下げるために個人ができる最低限のことなのだ。

だが当人にしてみれば、不安をかき立てられる難しい決断でもある。卵巣の除去は、そのまま閉経を意味する。女性の一生においてあまりにも大きな変化だ。さらに閉経によって、心疾患や認知症、脳卒中のリスクも上昇してしまう。体の奥にあり、軽く見られている卵巣や卵管がどれほど重要であるか理解できた今、卒直に言って、切除してしまうのは気が進まない。だが、「卵巣がんにかかったほとんどの女性が亡くなる」という冷酷な統計から逃れる術はない。卵巣と卵管の切除は理想的な行動計画などではない。今のところ私たちに許された唯一の方法なのだ。

見過ごされてきたがん

母が初めて告知を受けた時、私は携帯電話に1日1日の出来事を良いことも悪いことも声で記録するようにお願いした。母には「いつか役に立つかもしれないから」と伝えた。それから5年後、私はついに「Overlooked: A Podcast about Ovarian Cancer」(見過ごされてきた疾患:卵巣がんのポッドキャスト)を完成させた。10話構成で家族が経験したことを描き、長い間卵巣がんの解明が進まなかった事情を探っている。

「遺伝」が話題に上るはるか前に、私はポッドキャストのネタを集め始めた。母、そして母のがんについて、またそこから家族が学んだことについての話になるはずだった。

当時、その話に自分が登場するとは考えてもいなかった。だが、遺伝子検査の結果を見た瞬間、不本意ながら話に登場することになってしまった。

ここ数年だけを見ても、科学的な新発見や遺伝子検査の普及によって、あらゆる種類の疾患(特に卵巣がん)を治療・予防する方法が大きく変化している。このような現状についてはポッドキャストでも取り上げた。以前に比べれば、卵巣がんへの関心はわずかではあるが高まっている。

とはいえ、長年それほど注目されてこなかった理由を理解することはとても重要なことだ。

もっとも基本的で恐ろしい理由を教えてくれたのは、2018年に私が初めてインタビューしたエミリー・シアソン。シアソンは当時、資金を集め、研究者や患者と共に活動する団体「オヴァリアン・キャンサー・カナダ(Ovarian Cancer Canada)」の支持者だった。卵巣がんの見付けにくさを表す「サイレント・キラー」や「ささやく病気」といった表現を教えてくれた。

そして、厳しい現実を私に突きつけた。「なぜ、この病気は解明が進んでいないのでしょう? それは、残念ながら、患者の大部分が不幸にも亡くなってしまう上、判明したときにはすでに体調が非常に悪化しているからです」。

「だから、彼女たちは屋外で何かを主張したり、(カナダ議会の)建物まで行進したり、ピンク色のものを身に着けたりしていません。乳がんの場合は真の変化を起こすために女性たちがあらゆることしていますが、そうはいかないのです」とシアソンは話す。

私個人としては、これまでに卵巣がどういうものだと考えられてきたのかということが深く関係しているのではないかと考えている。ブリティッシュコロンビア州で婦人科腫瘍の分野を切り開いた専門医で、「オヴケア(OVCARE)」(同州の集学的研究プログラム)の共同設立者でもあるダイアン・ミラー博士はこう語った。「卵巣は、過去の家父長的な女性嫌いの慣習の悪影響を少々被ってきたのかもしれないと考えています。ここ20~30年でようやく、卵巣の本当の重要性が理解されてきたのではないでしょうか」。

卵巣は重要で、複雑なのだ。

ポッドキャストを制作する過程で、私は、生殖機能(生理や閉経までも)を超えて、卵巣が女性の健康に相当大きな役割を果たしていることを知った。卵巣は心血管疾患やアルツハイマー病、骨粗鬆症 …

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