地球を覆うプラスチック
置き去りにされた
大量ごみ問題のゆくえ
プラスチックは安価で生産でき、驚くほどの利益を上げられる、ありふれた素材だ。だが、プラスチックによる自然破壊という大きな代償を支払っている。 by Douglas Main2024.02.01
2023年夏のとある土曜日のことだ。私はコネチカット州にある川を海岸側から満ち潮に乗ってカヤックでさかのぼった。現地住民と一緒にごみ拾いをすることが目的だった。アオサギとダイサギが浅瀬で狩りをしていた。ミサゴが捕まえたばかりの魚をくわえて、頭上高くを飛んで行った。風が吹くと水面にはさざ波が広がり、午後の日差しが無数のダイヤモンドのようにきらきらと反射していた。遠くから見ていると、この湿地帯には手つかずの自然が残されているようだった。
川の主流から外れさらに内陸を目指し、湿地帯のぬかるんだ中心部へとカヤックを進めた。すると、さまざまなプラスチックが廃棄されていることに気付き始めた。まず目についたのは大きなごみだ。アシに絡まった空のスナック菓子の袋、水面のすぐ下に漂うレジ袋、泥まみれになった発泡スチロールの容器、他のごみに混じったプラスチックのボトルなどだ。
湿地帯を進むと、さらに多くのプラスチックごみを目の当たりにし続けた。また、見つかるごみは小さいものが多くなっていった。ストロー、ライター、櫛、釣り糸といったごみだけでなく、元々何だったのかも分からない小さなごみが無数に投棄されているかのようだった。大きさは、人の手のひらほどのものから、砂のように細かいものまでさまざまだ。この辺りの内陸には、いくら拾っても拾いきれないほどのごみがありそうだった。私たちが訪れた湿地帯は、東海岸でも環境汚染が比較的少ない地域にある。近郊にある都市では秩序だった廃棄物処理が実施されており、リサイクルの仕組みも整っている。そんな場所であっても、大地と河川はプラスチックごみで溢れかえっている。
プラスチックも、そしてその使用によって生み出される大量の廃棄物も、日常ではありふれた存在だ。ありふれているがゆえに、普段、人々はほとんど疑問を抱かない。しかし、現状を注意深く見ると、衝撃を受けるかもしれない。
実際に、プラスチックの廃棄物問題のスケールはあまりに大きすぎて、捉えどころがないほどだ。現在に至るまで、人類は約110億トンものプラスチックを生産してきた。2020年にネイチャー誌に発表された研究によれば、陸上および海洋の生物すべての質量を合わせても、これまで生産されたプラスチックの量には劣るのだという。
現在では、毎年約4億3000万トンのプラスチックが生産されている、と国際連合環境計画(UNEP:United Nations Environment Programme)は伝えている。この重さは、全人類の体重を合わせた重さを遥かに上回っている。毎年作られるプラスチックの3分の1は一回限りの使用を目的としたプラスチックで占められている。人間が数秒、あるいは数分だけ使用して、捨ててしまうようなプラスチックだ。
パッケージに使用されるプラスチックの95%は一回使われた後に廃棄されており、毎年最大で1200億ドルの経済的損失となっている、とマッキンゼー(McKinsey)の報告書は指摘している(全プラスチックの4分の1余りがパッケージに使用されている)。パッケージに使われるプラスチックの3分の1は回収されずに、自然を汚染する。このため、回収されないパッケージは「海などの重要な自然体系の生産性を低下させ、結果として大きな経済的損失」を生み出しているという。パッケージが回収されないことによって、少なくともパッケージ産業の「利益プール(利益の総和)」を上回る400億ドルの損失が生じている、とマッキンゼーの報告書には記されている。
こうした数字を具体的に理解するのは、難しいのも当然だ。特定の企業を例にしたとしても同じことだ。例えば、コカ・コーラは、2017年で300万トン分のプラスチック容器を生産した。すなわち、毎分20万本のボトルを生産していたことになる。
特に注目したいのは、再使用またはリサイクルされなかったプラスチックは、化学的に分解されるのではなく、地球に半永久的に残り続けるという事実だ。プラスチックは細かく砕かれて、直径5ミリメートル以下のマイクロプラスチックとなる。この数年間で科学者は、大量のマイクロプラスチックをあらゆる場所で発見してきた。深海にも、世界各地の一見すると手つかずの自然があるように見える地域で降る雪や雨にも、私たちが吸う空気の中にも、人間の血液の中にも、大腸の中にも、肺の中にも、血管の中にも、母乳の中にも、胎盤の中にも、胎児の中にも、マイクロプラスチックは存在する。
人間は平均して毎週5グラムのプラスチックを主に水分から摂取している、とある論文は見積もっている。米国の水道水のおよそ95%は汚染されている。また、マイクロプラスチックはビール、塩、貝など、さまざまな人間の食料にも含まれている。イタリアで最近実施されたある研究によって、一般的な果物や野菜にマイクロプラスチックが多く含まれていることも分かっている。
こんなにもプラスチックによる汚染は広範なのだ。私たちがカヤックに乗って川で実施したごみ拾い活動は、地域の環境を改善するためのものであり、立派な人助けであることは間違いない。しかし、私たちの行動は結局、大きな問題に対する対処療法でしかなかったのだ。
プラスチック問題を解決するには、サプライチェーンの「上流」にまでさかのぼる必要がある。プラスチック汚染に対処するためには、環境汚染を引き起こすプラスチック生産者に代価を支払わせねばならない。また、世界全体でプラスチックの生産量を減らすことも大事だ。人間はより優れた、よりリサイクルに適した製品を開発しなければならない。また、人間はより持続可能な代替物を見つけ、「サーキュラリティ(循環性)」を高めなければいけない。サーキュラリティとは環境保全活動家が用いる用語で、持続可能な製品を可能な限り長く使用し、使用後にその材料を再使用する方法を見つけることを意味している。
リサイクルやサーキュラリティなどは、決して新しいアイデアというわけではない。しかし、持続可能性と金銭的利益を両立できる未来を切り拓こうと考える各国の政策立案者、イノベーター、企業は、こうしたアイデアに改めて注目している。
プラスチックの生産量を減らすことは最も重要な目標であり、最も政治色の濃い目標でもある。プラスチック産業は、莫大な利益と政治的な影響力を持っているからだ。「廃棄物を処理するための最善の方法とは何でしょうか?」とジョージア大学のジェナ・ジャムベック特別教授(環境工学)は問いかける。「そもそも、廃棄物を生み出さないことです」。
考えてみてほしい。経済協力開発機構(OECD)による2022年の報告書によれば、人間が生産するプラスチックのほとんど(72%)が埋め立て処分場か自然の中に残されるのだという。これまで生産されたプラスチックのうち、リサイクルされたのはわずか9%、焼却は19%にとどまる。プラスチックの一部は海洋に流出している。毎年800〜1100万トンのプラスチック廃棄物が海に流れ出ていると見積もられている。米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)によれば、これだけの量のプラスチックが海に流出しているのは、ごみ収集車1台分のプラスチックを毎分海へ投棄しているのと同じことだという。
「地球規模の問題」
近年、プラスチックの生産量は劇的に増加している。事実、現存しているプラスチック全体の半分がこの20年間で生産されたものだ。生産量はこれからも、毎年約5%ずつの割合で増える見込みだ。この傾向が続けば、人類は2050年までに340億トンのプラスチックを生産することになる。現在の総量の3倍である。
プラスチック汚染とは、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が言うように「地球規模の問題」だ。その汚染によって最も被害を被るのは、最も脆弱な立場の人々だ。プラスチック産業は、7000億ドルを超える収益を毎年得ている。この事実に触れながらUNEPは、プラスチック産業が「人間の健康への大きな負荷と環境破壊を引き起こしています。また、社会の貧困層はプラスチックの消費と廃棄の量が最も少ないにもかかわらず、最も大きな影響に直面しています」とも結論付けている。
貧困層が最も悪影響を被るということは、プラスチックのライフ・サイクルのあらゆるステージにおいて起こっている。プラスチックの製造プラントは有色人種の人々が暮らす地域に集中している。例えば、ルイジアナ州のミシシッピ川沿いには、しばしば「キャンサー・アレー(がん通り)」と呼ばれる地域がある。キャンサー・アレーには150棟近い石油精製所、プラスチック製造プラント、化学工場がある。 こうしたプラントはがんなどの病気のリスクを上げる大気汚染を引き起こす。国連の人権専門家からなる委員会は、こうした現状に関して次のように述べている。「これはある種の環境的人種差別です。この環境的人種差別によって、工場地帯に多く暮らしているアフリカ系米国人の住民の人権は、深刻かつ不当な危機に直面しています」。
また、プラスチックを全くと言っていいほど生産しないアフリカや太平洋などにある貧しい途上国でさえ、プラスチック汚染という不当な悪影響を被っている。
リサイクルや再利用では、これだけの量の廃棄物に対処できる解決策にはならない、とマーカス・エリクセンは言う。エリクセンは海洋科学者であり、プラスチック汚染を研究するファイブ・ジャイルズ・インスティテュート(5 Gyres Institute)という団体の共同創設者だ。「プラスチックの生産量を徹底的に減らす必要があります」と同共同創設者は述べ、特に一回限りしか使わないプラスチックの量を減らすことが大事だと主張した。
国連、米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)、NGOのピュー慈善信託(Pew Charitable Trusts)といった団体から発表された数多くの研究や組織としての報告書によれば、バージン・プラスチック(石油などから作られる再生素材ではないプラスチック)の生産量が増え続ければ、プラスチック汚染への対処が追い付かなくなるという。
こうしたデータに警戒感を覚え、プラスチック汚染に対する人々の意識の高まりに触発された国連環境総会(United Nations Environment Assembly)は、2022年3月に開かれた会議である決議をした。プラスチック汚染をなくすための国際的な条約に向けた取り組みを開始するという決議で、同総会において政府間交渉委員会を組織した。政府間交渉委員会はこれまでに2回会合を開いており、条約がまとまる2024年末までにあと3回は会合を開く予定だ。条約ではプラスチック汚染に対する義務的および自発的な幅広い取り組み方をまとめ、提案することに、同委員会の全参加国が同意している。気候変動に関するパリ協定と同様の重要性をこの国際条約は担っていると考える参加国もある。
条約の詳細はほとんど詰められてはいないが、プラスチックによる環境汚染を防ぐための第一歩は生産量を …
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