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テック業界の現在を形作った
オープンソースの過去と未来
Saiman Chow
The future of open source is still very much in flux

テック業界の現在を形作った
オープンソースの過去と未来

フリーでオープンなソフトウェアはテック業界を変え、その発展に大きく貢献してきた。社会や企業への「反抗」というルーツを持つオープンソース・ソフトウェアもまた、変化の渦中にある。 by Rebecca Ackermann2024.01.17

1980年にゼロックスがマサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所に1台の新型レーザープリンターを寄付した時、この機械が革命の火付け役になることなど、同社にとっては知る由もなかった。プリンターは紙詰まりを起こした。2002年に出版されたサム・ウイリアムズ著『Free as in Freedom(自由としてのフリー)』によると、当時27歳のMITのプログラマーだったリチャード・M・ストールマンは、コードを徹底的に調べてプリンターを直そうとしたという。彼はそれが可能だと思っていた。これまでのプリンターでも、同じことをしてきたからだ。

ソフトウェア開発の初期の数十年間は、基本的にオープン・アクセスと自由な交換の文化によって動いていた。さまざまなタイムゾーンや機関に属するエンジニアたちがお互いのコードを調べ合い、自分のコードに書き換えたり、バグを潰したりする世界だった。だがこの新しいプリンターは、アクセス不可能なプロプライエタリ(独占所有)ソフトウェアで動作していた。締め出しを食らったストールマンは、彼が頼りにしていたオープンなコード共有システムをゼロックスが侵害したと怒った。

数年後の1983年9月、ストールマンは当時の支配的なオペレーティングシステム(OS)の1つだったUNIX(ユニックス)に代わる自由なOSとしてGNU(グヌー)を公開した。ストールマンは、テック業界に氾濫し始めていた著作権などのプロプライエタリな仕組みへの対抗手段として、GNUを思い描いていた。自由ソフトウェア運動は、不満を抱えた1人のエンジニアのシンプルでかたくなな哲学から生まれた。その哲学とは「世界のために、あらゆるコードは制約や商業的介入なしにオープンにすべきだ」というものだった。

それから40年が経ち、テック企業はプロプライエタリ・ソフトウェアで数十億ドルの収益を上げ、チャットGPT(ChatGPT)からスマート温度計に至るまで、人々を取り巻くテクノロジーの多くは一般の消費者にとって謎めいたものになっている。こうした環境では、ストールマンの運動は商業的現実の重さに押しつぶされ、失敗に終わった価値観に関する実験のように思えるかもしれない。だが2023年時点において、フリーおよびオープンソースのソフトウェア運動は健在であるのみならず、テック業界の要となっている。

現在、全コードベースの96%にオープンソースのソフトウェアが組み込まれている。オープンソース・コミュニティ最大のプラットフォームであるGitHub(ギットハブ)は、世界で1億人以上の開発者に利用されている。米国ではバイデン政権による2022年のオープンソース・ソフトウェア保護法により、オープンソースのソフトウェアが重要な経済・安全保障インフラとして公的に認められる形となった。アマゾンの収益源となっているクラウド部門のAWSでさえ、オープンソース・ソフトウェアの開発と保守を支援している。アマゾンは2022年12月、自社の特許ポートフォリオの一部をオープンユース・コミュニティに提供することを決めた。民間のテック企業に対する社会的信用が急落する一方で、グーグルスポティファイ(Spotify)フォード財団ブルームバーグ米国航空宇宙局(NASA)をはじめとする企業や団体は、オープンソースのプロジェクトやそれに相当するオープン・サイエンス(オープンソースと同様の価値観を科学研究に適用したもの)に対する新たな資金提供の仕組み作りを始めている。

オープンソースのソフトウェアが今や不可欠な存在になったということは、この運動における長年にわたるリーダーシップや多様性の問題が、あらゆる人々にとっての問題になったことを意味する。多くのオープンソース・プロジェクトは「優しい終身の独裁者(BDFL)」型の運営形態から始まった。BDFLには、創設者が長年に渡ってリーダーの座に留まり、彼らが必ずしも責任を持って行動を取るわけではないという特徴がある。ストールマンや一部のBDFLたちは、ミソジニー(女性蔑視)や虐待的な振る舞いによって、自身のコミュニティから批判を受けてきた。ストールマンは2019年にフリーソフトウェア財団(FSF:Free Software Foundation)の代表の座から退いた(ただし、その2年後、理事に復帰している)。全体として、オープンソースの参加者の圧倒的多数は未だにグローバル・ノース(北半球に存在する先進国)の白人男性だ。オープンソース・プロジェクトは、企業の利害に過剰に影響される可能性がある。他方で、重要なコードを健全に保つための大変な作業をしている人々には、一貫した資金援助がない。実際のところ、主要なオープンソース・プロジェクトの多くが、いまだにほぼ完全にボランティアによって運営されている。

そうしたさまざまな課題はあれど、GNUの40周年を迎えた2023年は、祝福すべきことが数多くある。現代のオープンソース運動は、分裂と競争が激化した業界内において、透明性のある働き方をするための共同作業の避難所として存続している。ウィキメディア財団(Wikimedia Foundation)の最高製品・技術責任者(CPTO)であるセレーナ・デッケルマンは、オープンソースの力は「ソフトウェア、さらには他のたくさんのことに関して、どんな場所にいる人でも協力しあって作業ができるという考え方」にあると話す。この哲学を行動へと落とし込むためのメーリングリスト、オンラインチャット、オープンなバージョン管理システムといったツールはオープンソース・コミュニティの先駆けであり、より幅広いテック業界からも標準的な慣行として採用されてきたと同CPTOは指摘する。一方、「私たちは、背景を問わず、世界中の人々が共通の大義を見つけ、協力しあうための手段を発見したのです」と話すのは、ケルシー・ハイタワーだ。ハイタワーはアプリのデプロイと管理を自動化するオープンソース・システムであるKubernetes(クバネティス)の開発初期に貢献した人物で、最近グーグル・クラウドの一流エンジニアとしての職を退いた。「それがオープンソースの世界の、とてもユニークな点だと思います」。

2010年代のテック業界の無制限な成長に対する反動や最近の人工知能(AI)ブームにより、オープンソース運動の考え方に注目が集まっている。他人のネット上の情報を利用する権利を持っているのは誰か、テクノロジーから恩恵を受けるのは誰か、ということが焦点になっている。最近、評価額が40億ドルとされたオープンソースのAI企業、ハギング・フェイス(Hugging Face)のクレメント・デラング最高経営責任者(CEO)は、2023年6月に議会で証言し、AI開発における「倫理的なオープンさ」が組織のコンプライアンスへの意識と透明性を高めるのに有効であり、一部の巨大テック企業以外の研究者によるテクノロジーや進歩へのアクセスも可能にすると述べた。「今は文化的にユニークな時期です」と公益テクノロジーへの資金提供と支援を実施している非営利組織、コード・フォー・サイエンス・アンド・ソサエティ(Code for Science and Society)のダニエル・ロビンソン事務局長は話す。「開発されるテクノロジーの内容に資本主義がどのように影響を与えているのか、それに関わっていく選択肢はあるのかということに対して、人々の意識はかつてないほど高まっています」。ここでもフリーのオープンソース・ソフトウェアが、テクノロジーはどうあるべきかについての議論をする自然な場となっている。

自由としてのフリー

初期のフリーソフトウェア運動において、「フリー」の意味を巡る議論が絶えなかった。ストールマンと1985年に創設されたフリーソフトウェア財団は、4つの自由という考え方を曲げなかった。それは、どんな目的であってもプログラムを実行すること、ソースコードの仕組みを調べて必要に応じて変更を加えること、複製を再頒布すること、改変版を頒布することを認められるべきだという思想だ。ストールマンはフリーソフトウェアを本質的な権利だと考えていた。「言論の自由(free)と同義のフリーであって、ビール無料(free)のフリーではない」というのが、ストールマンの非公式のスローガンである。ストールマンはGNU一般公衆ライセンス(GNU GPL)を作った。これは「コピーレフト」として知られ、GNUで開発されたコードの4つの自由を保護するためのものだ。

UNIXの代替として今やおなじみとなったLinux(リナックス)を1991年に生み出したフィンランドのエンジニア、リーナス・トーバルズはこの教義を受け入れなかった。トーバルズやマイクロソフトのビル・ゲイツをはじめとする人たちは、エンジニア間のオープンな交換文化は商業と共存でき、より制約の強いライセンスによる金銭的な持続可能性、ソフトウェアのクリエイターおよびユーザー保護という両方の道が開けるはずだと考えていた。フリーソフトウェアの提唱者たち(注目すべきはここにストールマンが含まれていなかったことだ)が集った1998年の戦略的会合で、この実用主義的アプローチは「オープンソース」として知られるようになった(この言葉を考案し、グループに提案したのはエンジニアではなく、未来学者でナノテクノロジー学者のクリスティン・ピーターソンであり)。

Christine Peterson
未来学者でナノテクノロジー学者のクリスティン・ピーターソンは、1998年に「オープンソース」という用語を考案した。
PETER ADAMS

フリーのオープンソース・ソフトウェアを提唱する非営利組織、ソフトウェア・フリーダム・コンサーバンシー(Software Freedom Conservancy)のカレン・サンドラー事務局長は、2000年代初頭にソフトウェア・フリーダム法律センター(Software Freedom Law Center)の法務部長を務めていた頃にこのカルチャーが正統を外れ、営利組織が入り込む余地のある包括的アプローチへと移行していくのを直接目の当たりにした。「イデオロギー主義的だった人々の一部は、その姿勢を強く保ち続けました。しかし多くの人は、待てよ、これで仕事が得られるじゃないかと気づいたのです。良いことをして、自分たちもうまくやっていけるのだ、と」。同事務局長はこう当時を振り返る。初期のテック企業が提供していた仕事やサポートを活かすことで、オープンソースの貢献者たちは自分たちの取り組みを続けることができたばかりか、自分たちが信じていることで生計を立てられるまでになった。そのような形で、フリーのオープンソース・ソフトウェアを利用・貢献している企業は、熱心なボランティアの外にもコミュニティを拡大し、自らの著作物を改善することが可能になった。「少数の急進的な人たちだけだったとしたら、どうやってその状況を改善できたでしょうか」(同事務局長)。

90年代後半から2000年代前半にかけて、サン・マイクロシステムズ、IBM、マイクロソフト、アップルといった民間企業を中心にテック業界が成長する中、新しいオープンソースのプロジェクトが登場し始め、定着したプロジェクトは根を伸ばしていった。1995年にApache(アパッチ)がオープンソースのWebサーバーとして登場した。リナックスをはじめとするオープンソース・ソフトウェアの企業向けサポートを提供する企業、レッド・ハット(Red Hat)は1999年に上場した。当初、オープンソース・プロジェクトのバージョン管理サポート用に作られたプラットフォーム、GitHubは2008年に公開された。同年、グーグルは初の携帯電話用オープンソースOSであるAndroid(アンドロイド)を公開した。フリーというコンセプトのより実利的な定義の部分が、業界を支配するようになっていったのだ。他方でストールマンの当初の哲学は、献身的な信奉者たちのグループの中で存続していた。その哲学は現在でもフリーソフトウェア財団をはじめとする非営利組織を通じて生きており、同財団は4つの自由を守るソフトウェアのみを利用・推奨している。

「企業が共有のみに留まり、それ以上なにもしないというのであれば、それは喜ぶべきことだと思います」
ケルシー・ハイタワー(Kubernetesの初期に貢献したエンジニア)

オープンソースのソフトウェアが普及する中、オープンソースのコードが私有著作物の支持構造として利用されると共に、技術スタックの分岐が一般的な慣行となった。フリーなオープンソースのソフトウェアが製品の下部基盤またはバックエンドのアーキテクチャとしてしばしば利用される一方、企業はユーザー側のレイヤーにおいて著作権を積極的に追求し、守ろうとした。一部試算によると、アマゾンが1999年に特許を取得した1クリック購入プロセスは、特許の期限が切れる2017年まで同社に毎年24億ドルをもたらしていたという。アマゾンは、プログラミング言語のJavaや、その他のオープンソースのソフトウェアやツールに依存して開発や保守をしていた。

今の企業はオープンソースのソフトウェアに依存しているだけでなく、オープンソース・プロジェクトへの資金提供や開発においても非常に大きな役割を担っている。当初はグーグルが公開、保守していたKubernetesや、メタのReact(リアクト)は、社内ソリューションとして始まった堅牢なソフトウェアのセットで、より広い範囲のテクノロジー・コミュニティと自由に共有されていた。だが、サンドラー事務局長をはじめとする一部の人々は、営利目的の企業と公益の間で対立が生まれていることを認識している。「企業は自分たちが山のように利用しているオープンソースのソフトウェアに関して非常に抜け目なく、知識を付けています。それは結構なことです」と同事務局長は語る。それと同時に、企業はプロプライエタリから利益を得て、場合によってはそれもオープンなものとして押し通そうとしている。2009年、学者でオーガナイザーのミシェル・ソーン客員教授(ノーサンブリア大学)はこうした動きを「オープンウォッシング(openwashing)」と呼んだ。同事務局長は、企業が(オープンソースの自社利用だけでなく)ユーザーとクリエイターの権利の支援にも取り組まないのであれば、企業はフリーとオープンソースの精神を推し進めていないという考えだ。そして同事務局長によると、大半の場合そのような動きは起きていないという。「企業は大衆に対し、ソフトウェアに関する相当の権利を与えようという気がありません」。

エンジニアのケルシー・ハイタワーをはじめとする人々は、企業の関与についてはより楽観的だ。「企業が共有のみに留まり、それ以上なにもしないというのであれば、それは喜ぶべきことだと思います」とハイタワーは話す。「例えば、今後の2年間、報酬をもらっている従業員に開発やバグの解決といった保守を任せて、その後、企業にとっての優先度が下がったから手を引くとなった場合でも、その数年間の貢献に対して企業に感謝すべきだと思います」。

まったく対照的に、38年目を迎えたフリーソフトウェア財団は本来の理想をかたくなに守り続けており、ユーザーによるコードの閲覧、改変、再頒布をサポートしていない、いかなる製品や企業に対しても反対の姿勢を貫いている。現在、同財団は、「ソフトウェアの特許をなくそう(End Software Patents)」といったテーマで公に活動キャンペーンを展開し、ソフトウェアの特許をなくすことを提唱する記事や意見陳述書を公開している。同財団のゾーイ・クーイマン事務局長は、今後もこの対話を営利目的を主題とするのではなく、フリーの方向へと押し進めていくことを望んでいる。「あらゆる信念体系やアドボカシー(擁護・支持)の形態には、遠端(障害がある所とは別の所で発生する障害)が必要です」と同事務局長は話す。「目立った変化をもたらすための、これが唯一の方法なのです。(フリーソフトウェア財団において、)私たちはそのスペクトラムの遠端であり、その役割をとても真剣に受け止めています」。

子犬のようにフリー

GNUのリリースから40年を経て、単一のオープンソース・コミュニティというものは存在しない。「『都市コミュニティ』が存在しないのと同じです」と研究者でエンジニアのナディア・アスパルホヴァ(旧姓エグバール)は、2020年の著書、『Working in Public: The Making and Maintenance of Open Source Software(公共の場で働くこと:オープンソース・ソフトウェアの作成と保守)』(未邦訳)で書いている。また、単一の定義も存在しない。オープンソース・イニシアティブ(OSI)は、この言葉の意味を管理することを目的に1998年に設立された。だが、OSIが示した10の要件を現代のすべてのオープンソース・プロジェクトが遵守しているわけではなく、コミュニティの各所で別の定義も現れてきている。規模、テクノロジー、社会規範、予算なども、プロジェクトやコミュニティごとに大きく異なる。例えば、Kubernetesには数万人の貢献者による堅牢で、組織されたコミュニティと、長年にわたるグーグルからの投資がある。Salmon(サーモン)はニッチなオープンソースの生物情報学研究ツールで、貢献者は50人未満、助成金でサポートされている。Webの約66%の暗号化を担っていると推定されているOpenSSLは現在、寄付や選択的企業契約によって報酬を得ている18人のエンジニアが維持している。

今の議論の中心は、テクノロジーよりも人にある。健全で多様な共同作業とはどのようなものか、というのがその問いだ。コードを支える人々は、取り組みを続けるために必要なものをどうやって得られるのか。「開発しているテクノロジーによって影響を受けるすべての人々の声を、どうやって取り入れていくのでしょうか」とオープンソースのコンサルタント・戦略家でもある電子フロンティア財団(Electronic Frontier Foundation)のジェームズ・バシレ理事は問いかける。「これは大きな問いです。私たちはこれまで、このような問いに取り組んできたことはありませんでした。20年前は誰もこの問いに取り組んでいませんでした。それは単純に、当時の業界がそういう状況になかったからです。今や状況は変わり、私たちオープンソース・コミュニティはそういった問いを考える機会を得ました」。

「私たちには、デザイナー、民族誌学者、社会や文化の専門家が必要です。オープンソースにおける役割を、皆に担ってもらう必要があります」
マイケル・ブレナン(フォード財団シニアプログラム・オフィサー)

さかのぼること2006年、現代のオープンソース・プロジェクトにおける「フリー」という言葉に有益な定義をもたらしたのが、「子犬のようにフリー」というフレーズだ。これはクリエイターとユーザーの権利に加えて、彼ら同士、そしてソフトウェアに対する責任を言い表している。子犬が生きていくには食事や世話が必要だ。オープンソースのコードには予算と「保守担当者」が必要だ。保守担当者とは、コミュニティからの要求やフィードバックに絶えず対応し、バグを修正し、プロジェクトの成長と規模を管理する者を指す。オープンソース・プロジェクトの多くは、1人もしくは良心的な人々による小さなグループが管理するには規模や複雑さ、あるいは重要性が大きくなりすぎてしまった。そしてオープンソースの貢献者たちにも、自身のニーズや懸案事項がある。ビルドが得意な人は、保守が苦手かもしれない。プロジェクトを生み出した者が、それをいつまでも運営し続けることを望まない、あるいはできないかもしれない。例えば、2018年、プログラミング言語であるPython(パイソン)の生みの親、グイド・ヴァンロッサムが、約30年に渡って続けてきた責任者の座を退いた。責任者としての役割にはほとんど対価が支払われないなかで、求められるものの大きさに疲れ果ててしまったというのがその理由だった。「私は疲れました」とコミュニティに対する引退メッセージで、ヴァンロッサムは述べた。「とても長い休息が必要です」。

フリーのオープンソース・ソフトウェアを作る者・維持する者・使う者をサポートするには、新たな役割と視点が必要だ。初期の運動に関わっていたのは、ほぼ全員が掲示板やコードを通じてコミュニケーションを取るエンジニアたちだった。だが、今のオープンソース・プロジェクトは成長やアドボカシーといった事業計画を扱う新たな分野から人材を招くと共に、より幅広い包摂と帰属性の向上に向けた取り組みをしている。「私たちは、オープンソースを単なる技術的な話から、効果的なオープンソース・プロジェクトの構築に必要な、より幅広い専門性や視点へと広げました」。フォード財団のテクノロジー・社会プログラム部門で上級プログラム責任者を務めるマイケル・ブレナンはこう話す。フォード財団はオープン・インターネットの課題に関する研究に資金を提供している。「私たちには、デザイナー、民族誌学者、社会や文化の専門家が必要です。オープンソースを効果的かつ世界中の人々のニーズに合うものにするには、その役割をすべての人に担ってもらう必要があります」。

2008年、GitHubの公開と共に強力なサポート・ソースが登場した。バージョン管理ツールとして始まったGitHubだが、サービス、スタンダード、システムのスイートへと成長し、アスパルホヴァが『Working in Public』で書いているように、今では大半のオープンソース開発にとっての「幹線道路網」になっている。GitHubは参入障壁を下げ、より広範囲からの貢献を引き出し、コミュニティの行動規範といったベストプラクティスを広めた。だがGitHubの成功は、非中央集権型の共同作業に専念してきた各コミュニティに対し、1つのプラットフォームが大きな影響力を持つことにもつながった。

最近までギットハブの多様性・包摂戦略部門で上級ディレクターを務めていたデメトリス・チーサムは、その責任を非常に真剣に受け止めていた。現状を知るため、ギットハブはリナックス財団(Linux Foundation)と2021年に連携し、オープンソースにおける多様性と包摂に関する調査をして、結果を報告書にまとめた。このデータから、共同作業とオープンの精神が広く普及しているにもかかわらず(80%以上の回答者が、受け入れられていると感じると答えている)、コミュニティの大半を占めるのはグローバル・ノースの異性愛者、白人、男性が貢献者であることが明らかになった。この結果を受けて、現在はギットハブの最高人材責任者であるチーサムは、アクセスを拡大し、帰属性を高めるための方法に注力するようになった。ギットハブは「All in for Students(学生のために全力で取り組む)」と呼ばれるメンターシップ・教育プログラムを立ち上げ、歴史的黒人大学(1830年代の南部の州の奴隷制下で黒人の教育水準向上を狙いに設立された大学)を中心に学生30人を集めた。このプログラムは2年目になると、400人以上の学生を対象とするまでに拡大した。

より公正なオープンソースのエコシステム実現に向けた障害は、参加者の多様性だけにとどまらない。リナックス財団の報告書によると、調査対象となったオープンソース貢献者のうち、作業に対して報酬が発生しているのはわずか14%だと明らかになった。このボランティア精神は、商業を介さないアイデアの交換としてのフリーソフトウェアという本来のビジョンと合致するものだが、無償労働は深刻なアクセスの問題を生んでいる。さらに、調査回答者の30%は行動規範が実践されることを信じていない、つまり自分たちが尊重される労働環境を当てにはできないと感じていることを示唆する結果が明らかになっている。「行動規範は素晴らしいものだが、それはツールにすぎないという変曲点に今の私たちは立っています」と慈善団体、科学と社会の規範(Code for Science and Society)のダニエル・ロビンソン常任理事兼会長は話す。「長きにわたってオープンソースの一部であり続けてきた本質的な手順を考え直す方向に向けて、より大きな文化的シフトが見え始めています」。保守担当者に報酬を支払い、貢献者とサポートをつなぐことは、今やオープンソースをより多様な参加者たちのグループに開放していく鍵となっている。

それを念頭に、2023年ギットハブはワークショップDEIツールのハブを含め、特に保守担当者を対象としたリソースを確立した。5月には、大規模でリソースも豊富なオープンソースのコミュニティと、支援が必要な小規模コミュニティをつなぐ新プロジェクトを立ち上げた。これらのプログラムを成功させるには、より広いコミュニティと無償で共有することが重要だとチーサム責任者は言う。「私たちは新しいものを発明しようとしているわけではありません。私たちはただ、オープンソースの原則を多様性、公正性、包摂性に当てはめているだけです」(同責任者)。

オープンソースに対するギットハブの影響は大きいかもしれないが、保守担当者に報酬を支払い、オープンソースへの参加を広げようと取り組んでいるグループは他にもある。ソフトウェア・フリーダム・コンサーバンシーのアウトリーチ多様性イニシアティブは、有給のインターンシップを実施している。2019年の時点で、これまでのアウトリーチ・インターン参加者のうち92%の性自認が女性、64%が有色人種となっている。オープン・コレクティブ(Open Collective)タイドリフト(Tidelift)をはじめとするオープンソースの資金調達プラットフォームも、保守担当者のリソース活用を支援する目的で登場している。

慈善活動の世界も力を入れ始めている。フォード財団、スローン財団、非営利団体に醸成金を提供するオミダイア・ネットワーク(Omidyar Network)、チャン・ザッカーバーグ・イニシアティブなどのほか、コード・フォー・サイエンス・アンド・ソサエティ(Code for Science and Society)のような小規模な組織も、最近になってオープンソースの包摂性や多様性を促進するための特定の取り組みを含め、研究、貢献者、プロジェクトを支援するための取り組みを開始または拡大させている。オミダイア・ネットワークのゴヴィンド・シヴクマールテクノロジー担当部長はMITテクノロジーレビューに対し、慈善事業はオープンソース・プロジェクトの可能性の証明に有効な資金調達の仕組みを構築するのに良い立場にあり、将来的な政府による資金援助の対象から外れるリスクを減らせると語った。実際のところ、フォード財団のデジタルインフラ・ファンドは、ドイツが最近設立したオープン・デジタルインフラ向けの国家ファンドにも寄与している。米国でも勢いは高まっている。2016年には、ホワイトハウスが少なくとも政府開発のソフトウェアの20%をオープンソースにすることを義務付けた。2022年、超党派の支援を受けてオープンソース・ソフトウェア保護法案が成立したことで、オープンソースのソフトウェアをより強力かつ安全なものにしていくにあたり、連邦政府レベルでの注目と投資を引き出すための枠組みが確立された。

急速に近づいてくる未来

オープンソースは重要な実践やツールに貢献するだけでなく、プロプライエタリの取り組みに対する競争的優位ももたらす。2023年5月にグーグルから流出した文書は、オープンソースのコミュニティにより大規模言語モデルの機能は押し上げられ、テストされ、統合され、拡大されたとし、グーグル独自の社内だけの取り組みではそこまで徹底した結果は得られなかったはずだと論じている。「AI開発における新たなアイデアの多くは、一般の人々から生まれています。訓練や実験への参入障壁は、大規模な研究組織の総合的なアウトプットのレベルから、1人の人が性能の良いノートPCを使って一晩で実行できるまでに下がりました」。最近登場した「オープンソースによる代替が登場するまでの時間(TTOSA:Time till Open Source Alternative」というコンセプト(プロプライエタリ製品のリリースと、それに相当するオープンソースのソフトウェアがリリースされるまでの時間)も、この優位性を物語っている。ある研究者の試算によると、TTOSAの平均は7年間だが、GitHubのような使いやすいサービスにより時間は短縮されている、とこの研究者は指摘している。

それと同時に、今の世界の大半は予算不足かつ急速に拡大しているデジタル・インフラに依存している。オープンソースにおいて、バグは幅広いコミュニティの「多くの目」によって素早く特定・解決されるものだという思い込みが長い間存在してきた。確かにこれは、真実にもなり得る。だがオープンソースのソフトウェアが数百万人のユーザーに影響を与え、その保守を報酬の少ない一握りの個人が担っている場合、その重みはシステムにとって耐え難いものになる。2021年、人気のオープンソース、Apacheライブラリのセキュリティ脆弱性により、推定数億台の機器がハッキング攻撃の危険に曝される形となった。業界の主要プレイヤーらも軒並み影響を受け、インターネットの大部分が機能を停止した。この脆弱性の長期的な影響は、今でも数値化が困難だ。

倫理的ガードレールのサポートがないオープンソースの開発にも、別のリスクが現れ始めている。グーグルのBard(バード)やオープンAIのChatGPTをはじめとするプロプライエタリな取り組みは、AIが既存のバイアスを持続させ、をなす可能性さえあることを示した。またこれらは、大規模なコミュニティによるテクノロジーの監査、改善、過ちからの学びといったことに有効な透明性も確保できていない。だが、誰もがAIモデルやテクノロジーを利用、改変、頒布できるようにした場合、悪用を加速させる可能性もある。メタがAIモデル、LLaMA(ラマ)へのアクセスを承認し始めてから1週間後、このパッケージがデマの拡散で有名なプラットフォームの4ちゃんに流出した。7月に公開された新型モデルのラLLaMA2は一般に対して完全オープンになっているが、メタは訓練データを公開していない。これはオープンソースのプロジェクトの典型であり、一部の定義ではオープンとクローズドの間のどこかに位置付けられるかもしれないが、OSIの定義ではオープンではないのは明らかだ(オープンAIもオープンソース・モデルの開発に取り組んでいると報じられているが、正式な発表はない)。

「テクノロジーにおける決定では、必ずトレードオフが発生します」とハギング・フェイスのマーガレット・ミッチェル最高倫理科学者は話す。「ニュアンスや警告を一切抜きにして、あらゆるオープンソースを全面的に支持することはできません」。同最高倫理科学者と彼女のチームは、プロジェクトの所有者の裁量によってのみ共同作業が可能になるゲート機構や、モデルの潜在的なバイアスや社会的影響を詳述する「モデル・カード(この情報は、研究者や一般の人々が扱うモデルを選ぶ際の検討材料にできる)」など、コミュニティの取り組みの安全装置となるオープンソースのツール開発に取り組んでいる。

反抗的なルーツを持つオープンソースのソフトウェアは、長い歴史を経て現在に至っている。だがこれを未来へと押し進め、オープン性、相互関係、アクセスといったものの価値を完全に反映した運動にしていくためには、慎重な検討、資金、コミュニティへの投資、自己改善を通じた共同作業というこの運動特有のプロセスが求められるだろう。現代世界の分散と多様化が進むなか、共通の目標に向かってさまざまな人々やテクノロジーと非同期的に協力していくために必要なスキルの重要性は高まるばかりだ。それらがうまく行けば、今から40年後のテクノロジーはかつてないほどオープンなものになり、結果として世界はより良い場所になるかもしれない。

レベッカ・アッカーマンは、サンフランシスコを拠点とする作家、デザイナー、アーティスト。

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