中国の裁判に陪審員制度はない。だが、もし配達してもらったラーメンが熱すぎると思うなら、注文したアプリで他のユーザーが陪審員としてすぐに有罪判決を下してくれるだろう。
実際、陪審員制度は多くの中国のアプリが持つ機能になっている。特に、国内で最も人気のあるフード・デリバリー・サービス「メイトゥアン(Meituan:美団)」では、何百万人ものユーザーが、顧客と飲食店の間に生じた苦情をボランティアで仲裁している。悪いレビューを付けられた飲食店側が理不尽な評価だと感じた場合に、不服を申し立てることができるのだ。ボランティアのユーザーにはレビューの内容や注文明細、それに飲食店からの補足説明が示され、レビューが妥当かどうか投票する。その結果によって、レビューが飲食店の公開ページから削除されるかどうかが決まるわけだ。
苦情の大半は些細なことだ。蒸しごはんが固すぎたとか、十分な数の食器類が入っていなかったとか、量が少なすぎる、といった問題だ。料理が辛すぎる、反対に辛さが足りない、といった書き込みもよくある。
例えば、ある飲食店に対して1人の顧客が1つ星のレビューを付けたとしよう。「中辛にしたビーフン」がまったく辛くなかったという言い分だった。しかし注文明細から、この客が実際には「辛くない」ビーフンを頼んでいことがわかった。では判決は? 陪審員の91%が、客の側を「有罪」とする投票をした。これで、レビューは削除されることになる。
最近、こうした状況で誰が悪いのか判断することが、中国の若いユーザーたちのお気に入りの娯楽になっている。特に馬鹿げた事件は、ソーシャルメディアで共有されることも多い。レディット(Reddit)に投稿された「それって私が悪いんですか(Am I the Asshole?)」という馬鹿げた書き込みを笑い、くだらない自分の意見を投稿するのと大して変わらない。唯一違うのは、大手テック企業がそれをコンテンツ・モデレーションの仕組みとして制度化していることである。
同様の機能を持つ中国のアプリはほかにもいくつかあるが、現時点ではメイトゥアンのアプリが最も人気と言っていいだろう。メイトゥアンはこの機能を2020年に初めて導入し、アプリのマスコットが黄色いカンガルーであることから「カンガルー陪審団」と名付けた。しかし、侮蔑的な表現である「カンガルー裁判(吊し上げ)」という言葉とあまりに似ていたためか、その後、この機能は「リトル・メイ陪審団」に改称された。
これまでに600万人以上のユーザーが「陪審任務」に参加したと、メイトゥアンの広報担当者は本誌の取材に回答している。その大多数が大学生だという(600万人という数字は多いように聞こえるかもしれないが、このアプリの年間アクティブ・ユーザー数は6億7700万人である)。この機能が投入されて以来、細かなルール変更がいくつかあったものの、その本質は変わっていない。プラットフォームが毎日起こる何千件もの些細な喧嘩を入念に調査し、食事に関する正義を守るのを、陪審員たちが手伝うのだ。
判決を下す楽しみ
メイトゥアンの公開陪審員機能は数年前から存在していたが、つい最近になって多くの人に知られるようになった。今ではソーシャルメディアで話題になることも非常に多く、他人のことに干渉したい詮索好きな人々の楽しみの源となっている。
大連に住む大学生のユー・ミンヤオは、昨年の冬に初めてそのような事件の審理を始め、アプリで食事を注文する際に時々、陪審員として参加してきた。だが、11月中旬までは、この機能がそれほど人気になっているとは思っていなかったという。ユーは自分が審理したいくつかの馬鹿げた事件のスクリーンショットを保存しているが、その中には前述の辛いビーフン事件もあった。ユーがネットに投稿した別の事件では、あるユーザーが飲食店で交際相手と食事をした後、別れることになったという理由で、その飲食店に5つ中3つの星評価をつけた。飲食店側は、自分たちに非はないと訴えた。
ユーはそれらの事件を中国のソーシャルメディア・アプリ「小紅書(シャオホンシュー:RED)」に投稿し、数十人のフォロワーに対して「誰か、もっと面白いネタを持っていませんか?」とたずねた。
驚くことに、この投稿はユーのこれまでの経験をはるかに上回る注目を集めた。すぐに2000件以上のコメントが寄せられ、その多くが、特に困惑させ …