ディープマインドが材料革命、700以上の新素材をAIで探索
知性を宿す機械

Google DeepMind’s new AI tool helped create more than 700 new materials ディープマインドが材料革命、700以上の新素材をAIで探索

ディープマインドが新材料を探索するAIシステムを発表した。太陽電池、バッテリー、半導体など、性能向上に新しい材料を求めている分野は数え切れないほどある。従来、新材料の探索は完全に人手に頼っていたため、効率が悪く、長い時間がかかっていた。 by June Kim2023.12.06

EV用の電池(バッテリー)から太陽電池、半導体に至るまで、新材料は技術的ブレークスルーを大きく加速させる。だが、その発見のためには通常数カ月、ことによると数年間もの間、試行錯誤を繰り返さなければならない。

グーグル・ディープマインド(DeepMind)は、深層学習を使った新たなツールで新材料発見の工程を劇的に加速させることで、その状況を変えようとしている。「材料探索のためのグラフィカル・ネットワーク(GNoMe:Graphical Networks for Material Exploration)」と呼ばれるこのテクノロジーは、すでに220万種の新材料の構造予測に活用されており、うち700種類以上が研究所で生成され、現在テストされている。この成果をまとめた論文が2023年11月29日、ネイチャー誌に掲載された。

GNoMEと併せて、米国のローレンス・バークレー国立研究所は新たな自律型ラボを発表した。ディープマインドと提携している同研究所は、GNoMEが発見した情報をもとに、機械学習とロボットアームを使って人手を使うことなく新材料を生成する。ディープマインドによれば、これらの新しいテクノロジーの組み合わせは、新材料発見と開発のスケールアップにAIを活用できる可能性を示すものだという。

GNoMEはいわば、アルファフォールド(AlphaFold)を新材料の発見に応用したものだ。そう語るのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のジュ・リー教授(材料科学・工学)である。アルファフォールドは2020年にディープマインドが発表した、高い正確度でタンパク質の構造を予測できるAIシステムで、登場以来、生物学研究や創薬を進歩させてきた。GNoMEのおかげで、安定した材料の発見数は42万1000種類にまで増えた。これまでの10倍近い数だ。

「材料はほぼすべてのテクノロジーで非常に重要な役割を担っているのに、安定して存在できる物質の数を人類はわずか数万種類しか知らないのです」。ディープマインドで新材料発見を主導するドグス・キューブク研究員は記者会見でこう述べた。

新材料を見つけ出そうとするとき、科学者は元素周期表にあるさまざまな元素を組み合わせる。しかし組み合わせの数が膨大なため、やみくもに進めては効率が悪い。そこで研究者は既存の構造をもとにして、見込みのありそうな新しい組み合わせが見つかることを願いながら、少し手を加えていく。それでもなおこの作業は骨が折れるもので、かなりの時間がかかる。また、既存の構造を基にしていることから、予期せぬ発見の可能性が制限されてしまう。

こうした制約を乗り越えるべく、ディープマインドは2種類の異なる深層学習モデルを組み合わせた。一方のモデルは、既存の材料の要素に変更を加え、10億種類以上の構造を生成する。そしてもう一方は、既存の構造を無視し、化学式だけを基準にして新材料の安定性を予測する。この2つのモデルの組み合わせによって、可能性は大きく広がった。

候補となる構造が生成されると、ディープマインドのGNoMEモデルでフィルタリングされる。モデルは構造の入力を受けて、その分解エネルギーを予測する。分解エネルギーは材料の安定性を推測する上で重要な手がかりとなる。「安定した」材料は分解しにくいものであり、工学的な目的としては重要なものだ。その後、GNoMEは最も見込みのある構造を選び出し、既知の理論的枠組みに基づいてさらに評価する。

この手順は複数回繰り返され、新しい発見があればその都度次回の訓練に組み込まれる。

初めてGNoMEに新材料を予測させたとき、異なる材料の安定性をおよそ5%の精度で予測した。しかし学習を繰り返すと、精度は急速に上がっていった。GNoMEによる構造の安定性予測の正確さは最終的に、第一のモデルが80%、第二のモデルが33%を超える結果になった。

AIモデルを使って新材料を発見するというアイデアは目新しいものではない。ローレンス・バークレー国立研究所の分子ファウンドリー(Molecular Foundry)で所長を務めるクリスティン・パーソンが主導したマテリアルズ・プロジェクト(Materials Project)は、同様の手法で、4万8000種類の材料の安定性を発見し、改善してきた。

しかし、GNoMEの規模と精度は過去の研究例とは一線を画す。ミネソタ大学で化学工学・材料科学の助教授を務めるクリス・バーテルによれば、GNoMEの訓練に使われたデータの量は過去のモデルより少なくとも1桁多いという。

メリーランド大学で材料科学と工学の准教授を務めるイフェイ・モによると、これまではこのような計算には費用がかかり、かつ規模も限られていたという。GNoMEがあれば、正確さを上げつつ計算コストを大幅に抑えた上で大規模な計算ができる。モ准教授いわく「大きな影響を与えることになるかもしれません」。

新材料が特定されたら、それを合成することと有用さを検証することも等しく重要になる。A-Labと名付けられたローレンス・バークレー国立研究所の新しい自律型ラボは、GNoMEによる発見を活用し、ロボット工学と機械学習を統合して新材料開発を最適化する。

この新型ラボは、提案された材料をどう作り出すか自分で決定する能力を持ち、製法の初期案を最大5通りまで生成できる。製法を生成するのは、既存の科学文献で訓練された機械学習モデルだ。実験を一回終えるごとに、その結果を活用してラボ自身が製法を調整する。

ローレンス・バークレー国立研究所の研究者によると、A-Labは17日間で355回の実験を実行し、提案された化合物58種類のうち41種類の合成に成功したという。1日に2種類の材料合成に成功した計算だ。

人間が指揮を執る一般的なラボであれば、新材料生成にかかる時間はもっと長い。「運が悪ければ数カ月、数年かかることもあります」とパーソン所長は会見で述べた。また、大部分の学生が数週間で諦めるとも彼女は語った。「しかしA-Labは失敗をものともしません。ひたすら試行錯誤を続けていきます」。

ディープマインドとローレンス・バークレー国立研究所の研究者は、こうした新しいAIツールは、エネルギーやコンピューティングなど多くの分野でハードウェアのイノベーションを加速する可能性を持つという。

「気候危機を解決するにはハードウェアのイノベーションが必要です。特にクリーン・エネルギー関連は重要です」とパーソン所長はいう。「イノベーションを加速させる方法の1つがこれです」。

今回の研究に携わっていないミネソタ大学のバーテル助教授によれば、こうした材料はバッテリー、コンピューター・チップ、セラミック、そしてエレクトロニクス分野で有望な候補になるという。

リチウムイオン・バッテリー用の伝導体は最も有望視される用途だ。多様な部品の間で電流の流れを促す伝導体は、バッテリーにおいて重要な役割を果たす。グーグル・ディープマインドによると、GNoMEの発見の中には有望なリチウムイオン伝導体が528種類含まれるという。そのうち一部は、バッテリーの効率を上げるのに役立つかもしれない。

しかし新材料が発見された後でも、その商品化には産業界による数十年にも渡る取り組みが必要になる。「それをもし5年にまで短縮できれば、大幅な改善になります」とグーグル・ディープマインドのキューブク研究員は語る。