10年若返らせたら賞金1億ドル、Xプライズ財団が新コンペ
生命の再定義

The X Prize is taking aim at aging with a new $101 million award 10年若返らせたら賞金1億ドル、Xプライズ財団が新コンペ

月面探査コンテストなどで知られるXプライズ財団が、高齢者の認知、免疫、筋肉を少なくとも10年分若返らせる治療介入に対して、総額1億ドル超を提供するコンペを発表した。多くの研究者が興味を示しており、老化分野の研究を加速する可能性がある。 by Cassandra Willyard2023.12.05

お金で幸福は買えないが、Xプライズ財団(X Prize Foundation)の共同創設者であるピーター・ディアマンディスは、お金で健康を買えるかもしれないと期待している。画期的なテクノロジーの開発を後押しするため、世界的なコンテストに資金を提供しているXプライズ財団は、加齢に伴う精神的および肉体的な衰えに対処することを目的として、過去最高となる賞金総額1億1000万ドルの新たなコンテストを開催すると11月29日に発表した。優勝者は2030年までに、認知、免疫、筋肉機能という3つの重要な領域において、自らの治療介入によって、高齢者の時計の針を少なくとも10年は巻き戻せると証明しなければならない。

ディアマンディスによれば、その目的は老化そのものを逆転させることではなく、むしろ加齢とともに失われる機能の一部を回復させることだという。過去1世紀の間にヒトの寿命は2倍以上に伸びたが、多くの人は、晩年をさまざまな慢性疾患やその他加齢に伴う病気と付き合いながら過ごしている。「人生の終わりに、人が心から望むのは何でしょうか? 元気はつらつで活力を感じることです」とディアマンディスは言う。

この賞は、老化をターゲットとする治療法を開発している研究者にとって歓迎すべきニュースだ。複数の著名な億万長者が長寿の実現に取り組む企業に投資しているが、「この分野の投資家の資金のほとんどは、老化にともなう慢性疾患など、特定の疾患の治療法に使われています」と、カンブリアン・バイオ(Cambrian Bio)のジェームズ・パイアー最高経営責任者(CEO)はメールで述べた。単一の疾患に焦点を当てていれば、規制当局の承認に至る道筋ははっきりする。

しかし、多くの研究者は、心臓発作、がん、アルツハイマー病などの加齢に伴う疾患は、老化プロセスそのものによって引き起こされると考えている。そのプロセスを標的とした治療法があれば、理論的にはそれら疾患の発症を予防したり、遅らせたりできる。Xプライズ財団の賞金は、その治療法を実証するための治験に必要な資金の助けとなる可能性があり、パイアーCEOは「その研究成果に関する治験は、米国食品医薬品局(FDA)やその他規制当局が承認するうえで、最終的に求めるものです」と話す。

コンテストに勝つために、各チームは、65〜80歳の健康な人が、10〜20歳の若返りに相当する、筋肉、認知、免疫機能の改善効果がある「先回りした利用しやすい治療法」を開発しなければならない。それは、マウスを使った実験で大いに有望だと示されている免疫抑制剤ラパマイシンのような、すでに承認されている薬であるかもしれない。あるいは、増殖を停止しても死なない「ゾンビ」細胞を標的とする化合物かもしれない。もしくは、細胞の若返りを促すための細胞の再プログラミングといった、より過激な方法かもしれない。はたまた、まったく新しい方法かもしれない。「私たちは破壊的な変化を促進しようとしているのです」(ディアマンディス)。そして、高額な賞金によって、数百、あるいは数千のチームが参加する気になると期待している。

シアトルにあるワシントン大学医療センターで老化を研究するマット・ケーバーライン客員教授は、Xプライズ財団が設定したハードルは確かに高いが、高過ぎるとは言えないという。「私たちは健康状態を改善できると分かっています。そして、それがこの賞の目指すところです」。同教授は、食事、栄養、睡眠を大幅に変えるだけでも、筋肉の機能を10年若返らせるのに十分ではないかと考えている。

とはいえ、成功を測るのは難しくなりそうだ。「個人的には、生物学的年齢パラメーターの改善をどのように評価するのか、もう少し具体的に知りたいと思っています」とケーバーライン客員教授は話す。筋肉機能の改善の測定に、握力テストなどの簡単な評価が含まれる可能性があると同教授は考えている。そして、ワクチン反応の測定は、免疫機能検査の標準的な方法である。「認知機能に関しては、分からないことがはるかに多くなります」。ゆえに、ちょっと見通せないのだ。

評価の方法は、関係者にとってもまだ不透明だ。ニューヨークのアルベルト・アインシュタイン医学校の老化研究所で所長を務め、Xプライズ財団の「若返り」コンテストで科学諮問委員会のメンバーでもあるニール・バルジライは、主催チームはまだ具体的な評価基準を決めていないと言う。 「どのような臨床成果で評価すべきか、これは本当に難しい問題です。おそらくバイオマーカーはその一部になるでしょう。しかし、それがどのバイオマーカーなのかは、まだ分かりません」。

そうはいっても、これらの決定を下すチームは賢明で信頼できるとケーバーライン客員教授は話す。「私が尊敬する方々が参加していることをとても嬉しく思っています。そして、そのことが『きっと正しく判断してくれるだろう』という確信を与えてくれていると思います」。

賞金に注目

Xプライズ財団のモデルの背後にある考えはシンプルだ。多額の賞金が競争を刺激し、「抜本的なイノベーション」につながるということである。これが上手くいくこともある。1996年の最初のXプライズは、初の民間宇宙飛行の実現につながった。一方で、失敗に終わるケースもある。2013年、Xプライズ財団は「イノベーションに先を越された」という理由で、ゲノミクス・コンテストを中止した。ルナXプライズ(Lunar X PRIZE)は2018年に受賞者なしで終了したものの、財団は翌年、月面に不時着した企業に100万ドルを授与した。

「若返り」をターゲットにしたXプライズ財団のコンテストは、ディアマンディス、長寿ビジネス関連の投資家であるセルゲイ・ヤング、風変わりな未来学者で研究者のオーブリー・デ・グレイ、そしてフェイスブック傘下でVR事業を展開するオキュラスの共同創業者で長寿に熱意を燃やすマイケル・アントノフらの議論に触発されて、何年にもわたって企画が進められてきた。ヤングとアントノフは、コンテストの実現可能性の調査のためにシード資金を提供した。

ディアマンディスは11月29日、サウジアラビアのリヤドで開催されたグローバル・ヘルススパン・サミット(Global Healthspan Summit in Riyadh)で、1億100万ドルの賞金について発表した。このイベントは、2021年にサウジ王室が立ち上げた非営利のヘボリューション財団が主催するもので、ヘボリューション財団は、老化の研究に年間10億ドルを費やす計画だ。ヘボリューション財団は、今回のコンテストの賞金のうち、最高額となる4000万ドルを拠出している。もう一方の大口資金提供者はルルレモン(Lululemon)の創業者であるチップ・ウィルソンで、賞金のために2600万ドルを寄付した。ウィルソンはまた、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー患者の筋機能を10年前に戻すことができる治療法を開発したチームに出す賞金として、さらに1000万ドルを拠出した。顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは、ウィルソンをはじめ世界で約3万人が罹患している筋疾患である。

賞金は3回に分けて授与される。2年後、最大40チームが25万ドルを受け取り、「トップチームの1つとして選抜される」ことになるとディアマンディスは話した。これらのチームがどのように選ばれるかはまだ明らかではない。とはいえ、「客観的というよりも主観的になるだろう」と彼は付け加えた。3~4年後には、上位10チームがそれぞれ100万ドルを受け取る。つまり、優勝者の賞金として8100万ドルが残り、それは2030年に発表される予定となっている。

20年分の若返り効果を実証したチームには賞金全額が贈られる。15年分の若返りには7100万ドルを、10年分の若返りには6100万ドルが贈られる。

サンフランシスコ近郊に位置するバック研究所で老化の生物学を研究するゴードン・リスゴー副所長は、この発表を「素晴らしい」と評する。リスゴー副所長は、このコンテストによって、新たな治療介入の開発と試験、老化の測定、人間を対象とした研究など、この分野の最悪のボトルネックのいくつかが解消されることを期待している。「この分野には膨大なリソースの流入が必要です」とリスゴー副所長は話す。リスゴー副所長もまたコンテストに参加するかもしれない。