融合と共創から生まれるヘルスケア・イノベーション:CHUGAI INNOVATION DAY 2023

CHUGAI INNOVATION DAY 2023 融合と共創から生まれるヘルスケア・イノベーション:CHUGAI INNOVATION DAY 2023

2023年11月16日・17日の2日間にわたって、ヘルスケア・デジタルトランスフォーメーション(DX)、ライフサイエンスR&Dをテーマにしたイベント「CHUGAI INNOVATION DAY 2023」が開催された。イノベーション創出に向けた現在の課題と最新のトレンド、そして共創の方向性について語られたイベントの概要をレポートする。 by MIT Technology Review Brand Studio2023.12.21

4回目の開催となる「CHUGAI INNOVATION DAY」。昨年までのオンライン開催から、今年は中外製薬の新しい中核研究拠点となる「中外ライフサイエンスパーク横浜」に会場を移し、ハイブリッド形式で開催された。2日間の延べ参加者数は、オンライン2747名、現地156名。ヘルスケア領域のイノベーション創出に向けて、各界のリーダー16名から課題解決につながるさまざまな知見やアイデアが示された。

セッションの合間には、講演者と参加者によるミニワークショップも開催。グループワークで、アイデアや課題解決の方法を話し合った。さらに、会場となった中外ライフサイエンスパーク横浜の見学ツアーも実施された。
11月16日に開催されたDay 1のテーマは「Digital Innovation」。生成AI、Web3.0、デジタルツインなどのデジタル技術がヘルスケア産業に与える影響を俯瞰するとともに、これらの技術のトレンドや活用の方向性について語られた、4つのセッションをダイジェストでお届けする。

1. 「生成AI技術を活用した医療・ヘルスケアの最前線」

生成AIの仕組みから、医療・ヘルスケアへの応用や新しい医療言語処理まで、生成AI技術を活用した医療・ヘルスケアの最前線が語られた最初のセッション。

登壇したのは、岡野原大輔氏(Preferred Networks 代表取締役最高研究責任者)と荒牧英治氏(奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科教授)の2名。モデレーターは、中外製薬 デジタルトランスフォーメーションユニット デジタル戦略推進部 企画グループマネジャーの関沢太郎氏が務めた。

岡野原氏はまず、AIがどのように身近になっているのかを紹介。生成AI、特に大規模言語モデルが実現される仕組みについて、自己教師あり学習、言語モデルのべき乗則、大規模化による創発といったテーマで解説し、生成モデルの医療・ヘルスケアにおける応用について述べた。

「生成AIの大規模言語モデルは、すでにテキストデータの管理業務や知識増強、医療研究などで活用できるようになっています。また、今後さらに大規模言語モデルの技術が発展していった場合は、医療の現場や研究のやり方が大きく変わる可能性があるでしょう」(岡野原氏)

荒巻氏は、生成AIによるイノベーションのさらに一歩先の課題について述べた。

「今から30年後の2050年には、AIが当たり前になってから生まれる人間が成人します。AIが当たり前の世の中で、人はどのように変わるのか。おそらく、我々人間の生活や社会も大きく進化しているでしょう。カンブリア紀のような知識・文化の大爆発が起こっている可能性もあります。そんな期待に満ちた未来の展望を描いています」(荒巻氏)

2. 中外DXの挑戦

2番目のセッションは、志済聡子氏(中外製薬 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長)が登壇し、中外製薬が全社を挙げて推進するDX(デジタルトランスフォーメーション)について、基本戦略の進捗と2030年ビジョン実現に向けた展望を語った。モデレーターは、金谷和充氏(中外製薬 デジタルトランスフォーメーションユニット デジタル戦略推進部長)が担当した。

「AI創薬・ロボティクスなどの活用、デジタルバイオマーカー開発、リアルワールドデータ(RWD)の利活用を加速させるとともに、生成AIやWeb3.0といった最新のテクノロジーの導入も進めていて、新たな基盤技術を活用したさまざまなユースケースを創出しています。デジタル技術を活用し、革新的なヘルスケア・ソリューションの提供を目指す私たちの挑戦にご期待ください」(志済氏)

3. Google特別講演

この日3つ目のセッションには、特別講演としてShweta Maniar氏(Google Cloud  ヘルスケア・ライフサイエンス担当グローバルディレクター)が登壇。生成AIがヘルスケア・ライフサイエンス産業にどのようなインパクトをもたらすのか、Google Cloudの視点から語った。モデレーターは引き続き金谷和充氏が担当した。

「ライフサイエンス企業は、どのように自社の能力を向上させ、デジタル戦略をより包括的に把握できるのでしょうか。これまで多くの企業がデジタルによる新たな機会を模索してきましたが、そのほとんどはまだ実現のための一貫した継続的で大胆な行動を取れていません。ライフサイエンス企業のうち、デジタル活用が成熟しているのはわずか約20%です。しかし、今後は生成AIが新しい製品やサービスを効率的かつ効果的に取り組み、革新する機会を提供します」(Maniar氏)

4. Web3.0とデジタルツインが拓く「ヘルスケア×デジタル」の新時代

Day1最後のセッションでは、上村和紀氏(国立循環器病研究センター バイオデジタルツイン研究部 研究室長)、村上善則氏(東京大学医科学研究所 人癌病因遺伝子分野/ゲノム予防医学社会連携研究部門 教授)、濱田太陽氏(アラヤ)の3名が登壇。中外製薬 デジタルトランス フォーメーションユニット デジタル戦略推進部 企画グループマネジャーの関沢太郎氏がモデレーターを務めた。

次世代インターネット技術であるWeb3.0と、サイバー空間内に現実空間の環境を再現するデジタルツイン技術が拓く「ヘルスケア×デジタル」の新時代について、それぞれの立場から語られた中から、注目の発言をピックアップする。

「高齢化で急増している心不全の患者さんに対して、最適な診療を経済効率も改善しながら提供していくことが望まれています。この難題を解決する手段の一つとして、心臓血管系のバイオデジタルツインを利用した、心不全自動治療システムの基礎的な開発を行ってきました。このシステムによって、急性期心不全治療の自律化・全自動化が可能になるかもしれません。治療システムの社会実装・臨床応用にはまだ克服すべき課題が山積みですが、応用された際には心不全の患者さんの幸せに大きく貢献できることが期待されます」(上村氏)

「人生100年を謳歌するには健康寿命の延伸が必須で、その最も効果的な方策は疾患予防です。健診情報とゲノムタイピング情報を合わせれば、新しい疾患リスク予測が可能になります。個人情報を保護した上で今後も多層的生体情報を追加・解析すれば、予測精度はより高まるはずです。さらに、自らの生体情報からデジタルツインを構築し、将来の健康状態をシミュレーションできるプログラムも検討中です。命は一つですが、デジタルツインを活用することでリスクを予知・予防し、健康長寿を楽しみましょう」(村上氏)

「2000年代後半以降に登場した、ブロックチェーンを含む新しい分散型技術を、科学分野に活用する目的で誕生したのが分散型科学(DeSci)です。DeSciの枠組みでは、世界中で分散的に生まれたアイデア、技術、データ、及びAIモデルなどが共有され、新しい技術や治療法などが生み出されることが期待されています。すでにコミュニティが形成されていて、日本でのDeSciの拠点『DeSci.Tokyo』では、新しい研究エコシステムの構築を提案しています。私たちは、研究DXの推進とDeSciを含む新しい研究開発の技術的基盤の構築に努めています」(濱田氏)

「融合」を切り口に、R&D Innovationを議論した2日目

翌17日に開催されたDay 2のテーマは「R&D Innovation」。「融合」をテーマに、新しい技術やモダリティの「融合」、今まで協働の機会がなかったプレイヤーとの「融合」、新しいコンセプトの「融合」など、掛け合わせによって患者や医療関係者に真の利益をもたらす創薬活動のヒントが議論された。当日の3つのセッションを、ダイジェストでお届けする。

1. 創薬モダリティの「融合」によるイノベーション

Focus Areaアプローチを軸とした創薬モダリティ、ゲノム編集技術など3つの画期的な基盤技術を融合した新しい治療コンセプト、化学とバイオの組み合わせによって可能になりつつある難標的へのアクセス。同セッションでは、創薬モダリティの「融合」から生み出される各々のイノベーションについて議論が展開された。その中から、注目の発言をピックアップする。

登壇したのは、吉田卓氏(アステラス製薬 ユニバーサルセルズ プレジデント)、犬飼直人氏(武田薬品工業 R&Dリサーチ グローバル アドバンスト プラットフォーム リサーチマネジャー)、太田淳氏(中外製薬 研究本部 モダリティ基盤研究部長)の3名。モデレーターは、中外製薬プロジェクト・ライフサイクルマネジメントユニット 科学技術情報部 インテリジェンスグループ マネジャーの松田穣氏が務めた。

創薬モダリティ開発の競争は激しく、単一モダリティで優位性を出すことは簡単ではない。吉田氏は、アステラス製薬が進めるFA(Focus Area)アプローチに基づくモダリティ戦略について紹介した。

「モダリティが複雑化すると、コストや規制の面から検討すべき項目は増加します。しかしながら、モダリティの多様性を自社に確保しつつ、それらのシナジーも追求しながら、強みを持つバイオロジーと疾患領域を組み合わせることで、アステラスだからできる患者さんへの価値提供が可能になると信じています」(吉田氏)

京都大学iPS細胞研究所とタケダが、2016年度から開始した共同研究プログラムがT-CiRAである。犬飼氏は、このユニークで革新的な産学連携アプローチを土台に、いずれもノーベル賞を受賞したゲノム編集技術と核酸(mRNA)技術、さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン開発に貢献した脂質(lipid nanoparticle)技術という、3つの画期的な基盤技術を融合した新しい治療コンセプトを紹介した。「いまだに満足できる治療法のない疾患領域で、革新的な治療法を一日でも早く患者さんに届けるために、私たちは挑戦し続けます」(犬飼氏)

「抗体が狙える細胞外の標的も、低分子が狙えるポケットのある標的も、それぞれ全タンパク質のおよそ20%に過ぎないと言われています。つまり、多くの標的分子がこれらのモダリティでは克服できないということで、中外製薬が目指す中分子創薬はまさにこの問題意識に端を発しています。中外製薬の『化学』と『バイオ』をうまく組み合わせることができた結果、現在これら難標的へのアクセスが徐々に可能になってきています。私たちの『融合体験』やディスカッションが、皆様が抱えているさまざまな問題の解決に役立てば幸いです」(太田氏)

2. プレイヤーの「融合」によるイノベーション

次のセッションでは、希少疾患の患者団体×製薬ベンチャー、新興国の医療機関×精密化学企業、製薬企業×デジタル企業というさまざまなプレイヤー同士の「融合」がもたらすイノベーションに着目した。

登壇したのは、加藤珠蘭氏(ジェクスヴァル 代表取締役)、守田正治氏(富士フイルム メディカルシステム事業部 新規事業統括)、西本綾子氏(中外製薬 トランスレーショナルリサーチ本部 プロジェクト推進部 グローバルプロジェクトリーダー)の3名。モデレーターは、中外製薬 プロジェクト・ライフサイクルマネジメントユニット 科学技術情報部長の石井暢也氏が務めた。

「私たちは、希少疾患の患者団体との出会いをきっかけに、希少疾患治療薬の臨床開発に取り組む製薬企業のスピンオフベンチャーを設立しました。患者団体は、患者さんやその家族が経験と情報を共有する場の提供だけでなく、治療薬の研究開発の支援もしています。そうした支援によって病態モデルを構築し、患者さんが必要としている薬への理解を深めて開発をしています。また現在は、類似の非希少疾患についても開発に取り組んでいます。今後も患者団体の協力を得ながら、一日も早く薬を届けられるようベストを尽くします」(加藤氏)

「新興国には健診がなく、日本では早期発見・早期治療可能ながんや心筋梗塞などの慢性疾患で、亡くなる方が急増しているのが課題です。そんなアンフェアな世界を変えたいという思いで、富士フイルムはAI健診センター『NURA』をインドに設立しました。AIを積極的に活用し、世界のどこにでも高品質でリーズナブルな健診サービスを届けるよう取り組んでいます。さらに、個人が自らの意思で活用できるデータドリブン社会の実現も目指しています。先進的な技術を用いて社会課題の解決と経済性の両立を実現する、それが富士フイルムの目指すValue from Innovationです」(守田氏)

「子宮内膜症は、20~40歳代の女性の10人に1人が悩んでいる身近な疾患で、つらい痛みと不妊の原因になります。中外製薬では、Biofourmis社との共同開発でウェアラブルデバイスとAIベースのアルゴリズムを用いて、正確に伝えることが難しい痛みを客観的かつ持続的に評価する可能性を検証しています。また、Preferred Networks社との共同開発では、専門性の必要なMRI読影をサポートするモデル開発に取り組んでいます。患者さんや医師、疾患への中外製薬の深い理解という強みと、デジタル企業による強みを掛け合わせることで、新たなサービスを創造し、女性の健康と幸せへの貢献を目指しています」(西本氏)

3. コンセプトの「融合」によるイノベーション

2日間のカンファレンスを締めくくるセッションでは、イノベーションの進展に欠かせない異なるコンセプトの「融合」がテーマとなった。

登壇したのは、齊藤博英氏(京都大学iPS細胞研究所 教授)、山田泰広氏(東京大学大学院医学系研究科 分子病理学分野 教授)、堀場直氏(中外製薬 研究本部 創薬薬理第一研究部 スペシャリティ2グループ グループマネジャー)の3名。

次世代RNAテクノロジーによる創薬展望、リプログラミング技術を駆使した医科学研究、深層学習・ロボティクス技術を活用したマウス尾静脈注射システムの開発。一見、縁遠いコンセプト同士の融合から生み出された研究の成果と、今後の可能性が語られた。モデレーターは、中外製薬 プロジェクト・ライフサイクルマネジメントユニット 科学技術情報部 インテリジェンスグループ マネジャーの松田穣氏が務めた。

「新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの開発は、RNAの創薬応用への道を大きく拡げました。私たちは、生命システムの進化に重要な役割を果たしたRNAやRNA-タンパク質複合体 (RNP)の知見に基づき、機能性人工RNAやRNPの創出を目指しています。最近は、独自のAI技術を開発し、天然RNAに優る人工の機能性RNAを生成することが実現に近づきつつあります。今後は、AIと合成生物学を融合することで、次世代のRNA/RNP創薬や細胞の運命を自由に変換できる『細胞プログラミング技術』を生み出せる可能性があるでしょう」(齊藤氏)

「人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立成功で、一方向性である細胞の分化状態がリセットされ、細胞の運命を制御(リプログラミング)できることが示されました。私たちは、iPS細胞技術に代表されるリプログラミング技術をマウス個体に応用し、生体内で細胞の運命を積極的に転換させる技術を開発しています。この生体内リプログラミング技術を応用することで、組織再生や老化に関連する形質の解除が可能であると示されつつあります。また今後は、生体内での細胞運命の制御によって、さまざまな疾患に対する革新的な治療法が開発される可能性もあります」(山田氏)

「医薬品の開発における実験動物の使用にあたっては、動物保護の観点が必須です。実験の自動化を進め、人の手を介さないことで動物のストレスを大幅に軽減することが期待されています。Preferred Networks 社の深層学習/ロボティック技術と、中外製薬が動物実験で培ってきた経験を融合させることで、マウス尾静脈注射システムの作製に成功しました。今後も、これまで適用を考えてこなかったような技術を動物実験に応用し、動物保護に配慮した適切な動物実験を行えるように進めていきたいと思います。将来的には、より動物にとってストレスフリーな環境が提供されることを期待します」(堀場氏)

企業や医療機関、アカデミアなどそれぞれの立場にあるリーダーから、現在直面している課題と、イノベーションによる課題解決への取り組み、将来の可能性と期待が示されたCHUGAI INNOVATION DAY 2023。また、最新のデジタル技術や異分野融合によるヘルスケア・イノベーションの創出と共に、課題解決を図るための共創についても語られ、充実した2日間となった。生成AIなど先端テクノロジーの登場によって社会が劇的な変化を遂げようとしている今、さまざまなテクノロジーやプレイヤーとの「融合」「共創」によって、ヘルスケア分野におけるイノベーションはますます加速していくだろう。

(提供:中外製薬株式会社