エネルギー純増達成から1年、核融合研究の次の展開は?
ローレンス・リバモア国立研究所は昨年12月、核融合研究のマイルストーンであるエネルギー純増の達成を発表した。同研究所所長に核融合研究の現状、研究所の位置づけ、今後の見通しについて聞いた。 by Casey Crownhart2023.11.24
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
以前の記事で、核融合の夢について取り上げた。核融合は放射性廃棄物を出すことなく、広く入手可能な燃料から安定したエネルギーを供給できる。
しかし、核融合発電所の実現にはまだ膨大な科学技術の進歩が必要となる。いくつかのマイルストーンは達成されたが、多くはまだまだこれからなのだ。11月中旬にMITテクノロジーレビューが開催したイベント「EmTech(エムテック)」のステージで、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の キンバリー・ブディル所長に話を聞くことができた。
昨年、ローレンス・リバモア国立研究所の研究グループは「エネルギー純増」と呼ばれる現象を達成し、ブディル所長は科学ニュースの世界の中心にいた。核融合反応が、反応の開始に使用されるよりも多くのエネルギーを生成できることをついに実証したのだ。
私はブディル所長に、核融合研究の現状や、ローレンス・リバモア国立研究所の位置づけ、そして今後の見通しについて尋ねてみた。
その瞬間
2022年12月、ローレンス・リバモア国立研究所の研究チームは、宇宙ミッションのような制御室に座っていた。彼らがエンドウ豆ほどの大きさのターゲットに、200万ジュール(J)のレーザーエネルギーを集中させると、ターゲット内の水素燃料は圧縮を開始し、内部の原子が融合してエネルギーを放出した。
この瞬間、投入したエネルギーよりも多くのエネルギーが生まれた。これまでに起こったことのない現象だ。
「何十年にもわたって核融合の研究に心と魂を注いで来た何千人もの人たちにとって、本当に大きな喜びと、正当性が証明された瞬間でした」とブディル所長は、EmTechのステージ上で語った。
多くの人はこの実験ががうまくいかないと思っていたとブディル所長は説明した。研究チームがレーザーを使って必要な精度のレベルに到達することも、反応を収めるのに十分完璧なターゲットを作ることもできないだろうというのだ。「レーザーは奇跡、まさに現代工学の奇跡です」と同所長は語り、「ターゲットは信じられないほどの、精密な芸術作品のように見えました」と付け加えた。
ブディル所長は、「核融合を成功させるのは非常に難しいのです」と語った。今回研究者たちがエネルギー純増を達成した瞬間は決してゴールラインではない。これからもたくさんあるマイルストーンのうちの1つにすぎない。
その後
エネルギー純増の実証実験に初めて成功した後、「最優先事項は、この現象を再現することでした」とブディル所長は話す。「しかし、次の5回は失敗でした。まったくうまくいかなかったのです」。
これは主にターゲット、つまりレーザーが照射される小さな燃料ペレットに問題があると考えられた。ターゲットは欠陥がなく、ほぼ完璧である必要があるのだ。1つのターゲットを作り始めてから完成するまでは、約7カ月かかる。
最初の成功をもう一度再現するのに約 6カ月かかったが、夏には、研究チームはこれまでで最高のエネルギー純増を達成できた。そして10月には、さらに2倍のエネルギー純増を達成した。
核融合については研究すべきことがまだたくさんあり、研究者たちはこうした試みを繰り返すことで学ぼうとしている。ブディル所長はステージ上で、まだ抱いている疑問をいくつか挙げてくれた。例えば、ターゲットは変更できるのか? レーザーパルスの形状を変更してはどうか? エネルギーを上げてみたらどうなるのか?といったことだ。
ブディル所長は、核融合エネルギーの背後にある科学と工学は何十年にもわたり着実に進歩してきたが、進歩が進むにつれ、常に新たな問題が生じてくると話す。
ブディル所長に、いつこのエネルギー源がゴールデンタイムに向けて準備が整うと思うかを聞いたところ、「私の最良の推測では、20年以内にデモ用の発電所ができるようになるかと思います」と答えた。一部のスタートアップ企業は、それよりも大胆な主張をし、10年以内という数字を出している。「しかし、この課題は人々が最初に認識していたよりも、はるかに大きな壁だと思います。プラズマは本当に複雑なのです」とブディル所長は語る。
最終的には、国立研究所の研究者が発電所を建設するわけではない。あくまで民間部門の役割になるとブディル所長は言う。しかし同研究所の研究者らは、成長する核融合エコシステムの一部として今後も研究を続けるつもりだ。
ブディル所長は、世界中の研究者が核融合の次の大きなマイルストーンに到達するために取り組んでいる中、次のように少しの忍耐を勧めている。「核融合コミュニティは、非合理的に熱狂することでよく知られています。昨年の私の仕事は、半分が人々をビッグサイエンスと公共科学に興奮させることであり、もう半分は核融合エネルギーへの期待に対処することでした。なぜなら、これらの期待は非常に困難なものになるからです」。
MITテクノロジーレビューの関連記事
核融合のこの瞬間に至るまでの道のりは、非常に長いものだった。1972年当時の、このテーマに関する古い雑誌の表紙をいくつか見てみよう。
この秋の初めに記事にしたように、核融合発電の夢は消えてはいない。
核融合炉における初めてのエネルギー純増は大きな意義のある瞬間だったが、エネルギーの究極の応用には、まだ多くのブレークスルーが必要だ。
スタートアップ企業であるヘリオン(Helion)は、最初の核融合プラントが早ければ2028年に稼働予定だと述べている。だが、本誌のジェームス・テンプル編集者が記事にしたように、専門家はこのヘリオンの発表やその他の野心的なタイムラインの発表には、やや懐疑的だ。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。