最大の謎「生命の起源」は
機械学習で解明できるか
生命の起源は科学史上、長らく大きな謎に包まれてきた。複雑な相互作用で何が起きているのかを理解するため、科学者たちは機械学習の力を借りて研究のスピードアップを図っている。 by Michael Marshall2024.05.31
生命の起源は、科学史上最大の謎の一つであり、解明は極めて困難だ。分かっているのは、35億年以上前に地球で何かが起きたということだけだ。その何かは、宇宙の他の多くの惑星でも起きていたかもしれない。
そして、何がきっかけでそれが起こったのかも分かっていない。水やメタンなど多種多様な無生物が混在する液体の中で、それらが結合し、自己組織化し、さらに複雑な物質へと変化し、最終的に生命を構成する細胞になった。
解明が難しい最大の理由は、問題の複雑さにある。現時点で分かっている最も単純なバクテリアでさえ、100をはるかに超える遺伝子を持ち、数百種類もの分子があり、ミクロの世界でそのすべてが激しく相互作用を起こしている。原始地球の環境もまた複雑だったに違いない。金属や鉱物から水やガスなど膨大な種類の化学物質が、風や噴火によってあちこちに吹き飛ばされていたはずだ。
「実験パラメーターはほぼ無限に存在します」。オランダのナイメーヘンにあるラドバウド大学の化学者、ウィルヘルム・ハック教授は語る。
一部の研究者たちは現在、人工知能(AI)を利用して見込みのある条件を絞り込むという新たな手法を試している。具体的には、一部の研究グループが、人間の脳では把握できないほど大規模で複雑なデータセットに潜むパターンを識別できる、機械学習ツールを使い始めている。
このようなAIツールを利用することで、数十年かかっていたことを、数年で達成できるようになるかもしれない。AIツールが、複雑なものを生み出す最速で確実なプロセスへの道を指し示すことで、生命の起源に迫る普遍的な理論を打ち立てるのを助けてくれるかもしれない。そして、その理論は地球だけでなく、地球外にも当てはまるものになるかもしれない。
これはまだ始まったばかりの新しい取り組みだが、すでに大きな成果をいくつか挙げている。
ゼロから生命を生み出す
生命の起源の問題に関しては、化学が少なくともその一端を担っている。つまり、生命が誕生するには、どのような化学物質をどのような条件で組み合わせるのかが問題になる。「人類が抱える最も深遠な問いかけのひとつであるこの疑問を解明するのは、化学ということになるでしょう」と語るのは、英国グラスゴー大学の化学者、リロイ・"リー"・クローニン教授だ。
生命の起源に関する研究に弾みをつけたのは、1953年に発表された実験だった。化学者ハロルド・ユーリー博士の指導を受けていた大学院生のスタンリー・ミラーが、ガラス製のフラスコに水と3種類のガスを混入し、加熱し、雷を模倣した電気ショックを加えた。ミラーは、太古の地球では定期的に落雷が発生していたと推測していたのだ。数日後、この実験装置では最も単純なアミノ酸であり、タンパク質の構成要素のひとつであるグリシンが生成されていた。
ミラーの実験では、生命体やそれに近いものは誕生しなかったが、この実験は比較的無制御の状態で実行されたことからよく知られるようになった。すなわち、ミラーは実験装置を設置し、運転させただけだった。これは、化学反応を「正しい」結果に導く合成化学者が存在しなかった太古の地球の環境を模倣しようとしたものだった。しかし、実際の状況と思えるものを正確に再現しようとしたこの試みは問題も引き起こした。実験ではあまりにも多くの化学物質が生成されてしまい、そのすべてを特定し、どのように生成されたかを理解することはほぼ不可能だったのだ。
その後の多くの「プレバイオティック(prebiotic)」化学の実験は、注意深く制御された。その結果、より多くのアミノ酸や糖類などの化学物質を作り出すことに成功した。しかし、このような綿密に設定・制御された化学反応は、人間の介入なしに起こるかどうかは明らかではない。したがって、原始地球については何の説明にもなっていないかもしれない。研究者が求めているのは、ミラーの実験に立ち戻り、無制御状態で複雑に組み合わさった化学物質に何が起こるかを探ることができるより良い方法を見つけることである。
そこで機械学習が役に立つ。このテクノロジーはすでに生物学の問題解決に使われている。とりわけ注目すべきは、何千ものタンパク質の折りたたみ構造を予測してみせたグーグル・ディープマインドの「アルファフォールド(AlphaFold)」だ。この予測を可能にするために開発者はまず、すでに判明している多くのタンパク質の構造でアルファフォールドを訓練した。そのパターンを学習したアルファフォールドは、まだ解析されていないほかのタンパク質の構造を高い精度で予測できるようになった。
ウィスコンシン大学マディソン校のベトゥル・カチャー准教授の研究チームは、2022年に発表した研究で機械学習を利用して似たようなことをしていた。研究チームは、バクテリアが光からエネルギーを吸収するために使用するロドプシンと呼ばれるタンパク質の進化の歴史を再現しようとした。特に、初期のロドプシンがどのような種類の光を吸収していたかを知りたいと考えていた。ロドプシンが進化した環境を知る手がかりになるからだ。
遠縁の微生物でロドプシンをコードする遺伝子を比較することで、もはや現在は存在しない、最古のロドプシン遺伝子の配列を推定できた。さらに、その初期のロドプシンは特定の波長の光に敏感に反応していたと結論付けた。この研究では、ほかの研究グループが開発した、現在のロドプシンの光感受性を予測できる機械学習手法を利用した。カチャー准教授の研究チームは機械学習を利用して、原始的なロドプシンが緑色の光に最も敏感であることを示した。このことから、原始的なロドプシンを持っ …
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