「聞こえる世界」へ扉開く、中国で先天性難聴児の遺伝子治療に成功
中国の研究チームは、遺伝的な要因による先天的難聴の子どもの聴力を、遺伝子療法で回復させることに成功したと発表した。治療を受けた子どもは、母親の声を聞いたり、音楽に合わせて踊ったりできるようになったという。 by Zeyi Yang2023.11.07
リー・シンチェン(6歳)が自宅で母親としている簡単なゲームがある。シンチェンの母親が少数の単語を言うと、イーイー(シンチェンのあだ名)が、聞いたことを繰り返すのだ。
母親のチン・リシュエが、イーイーが唇を読めないように自分の口を塞ぎながら「雲、ひとつひとつ、山に咲いた」と言う。
すると、「雲、ひとつ、ひとつ、大きな山に咲いた」と、イーイーは返す。
イーイーが生まれつきまったく耳が聞こえなかったとは信じ難い。
広東省東莞市の高層ビル街に住むこの一家は今年、新しい遺伝子療法の研究にイーイーを被験者として登録した。治療中、医師たちはあるウイルスを使って、イーイーの内耳に存在する振動を拾う細胞に置換するDNAを追加し、それらの細胞が音を脳に伝えられるようにした。
母親によると、イーイーは最初、1カ月も経たないうちに治療した耳で聞こえるようになっていたという。イーイーはそれがどんな音か、言葉で正確に説明することはできないが、今では学校でお昼寝の時間の終わりを告げるチャイムの音を聞くことができる。以前は、他の子が教えてくれるのを待たなければならなかった。
中国の科学者たちによれば、イーイーは、遺伝子療法の可能性を新たに示す画期的な研究において、自然な聴覚経路を初めて回復させた数人の聴覚障害児のうちの1人だ。これまでどのような種類の薬も聴力を改善できなかったため、この偉業はことさら注目に値する。
「私たちは慎重で、そして少し緊張していました。世界初のことだったからです」。この実験的な治療を主導している外科医のイーライ・シュウは言う。シュウ医師は上海にある復旦大学の科学者である。シュウ医師の研究チームは昨年12月に治療を開始したが、それまでに何年もかけて必要な手法を開発し、数え切れないほどのマウスやモルモットで遺伝子の注入をテストしてきた。「どのような方法で遺伝子を内耳に届けるかが、私のプロジェクトでした」と、シュウ医師は言う。
米国や欧州で遺伝子療法は、遺伝的な原因で目が不自由な人たちの視力を回復させるなどの成功を収めてきた。これまでに10人もの子どもたちが参加したシュウ医師の研究は、今回の成功により、中国初の画期的な遺伝子療法として、そして、これまでで最も劇的な失われた感覚の回復として記憶されることになるかもしれない。
「治療前は、大音量が流れる映画館に子どもたちを連れていっても、音が聞こえませんでした」。ハーバード大学と提携するボストンのマサチューセッツ眼科耳鼻科病院の准教授で、この研究の設計と立案に協力したジェンイー・チェンは言う。「今では通常の会話に近い声を聞くことができます。ささやき声を聞き取れる子もいます」。
大きな一歩
シュウ医師は、ベルギーのブリュッセルで開催される欧州遺伝子細胞治療学会の会議で、自分が治療した最初の5人の子どもたちのデータを発表した。そのうち4人は治療した耳で聴力を獲得したが、1人は聴こえるようにならなかった。おそらく、新しいDNAを体内に運ぶために使用したウイルスの種類に反応する、既存の免疫のせいであろう。
「どのような聴力の改善であっても、私は完全な勝利と呼ぶでしょう。患者の聴力障害を中等度まで回復させるのは、注目に値することです」。コロンビア大学で聴覚治療を研究している医師のローレンス・ラスティグは言う。「最初の一歩として、非常に大きなものです」。
この新しい治療法は、すべての聴覚障害者を治療でき …
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