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ローテク、アナログ……
ニューヨーク市が見出した
行政DXへの1つの答え
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Why New York City is embracing low-tech solutions to hard problems

ローテク、アナログ……
ニューヨーク市が見出した
行政DXへの1つの答え

ニューヨーク市は、複雑な社会問題に対して新たなアプローチで取り組んでいる。ただし、人々が期待するようなやり方でではない。 by Tate Ryan-Mosley2024.02.20

毎週火曜日、ジェシカ・ラングーラムは、ニューヨーク市立図書館のニューアムステルダム分館へ向かう。そこで彼女は小さな折り畳み式のテーブルを広げて、ノートPCを出して座る。そして、チラシの山を広げる。通りすがりの客を待つ占い師のように、彼女には、伝えるべき情報がある。

図書館が開館する午前11時の直前、彼女の助けを求める人々が並び始める時間だ。ラングーラムはチームの助けを借りて、20近い言語で人々とやりとりし、アイフォーンを使ってさらにずっと多くの言語を扱う。

ラングーラムに特別な予知能力はないが、多くの人にとって彼女は未来への鍵だ。「GetCoveredNYC(ニューヨーク市で保険を手に入れよう)」と書かれた明るい黄色の看板の後ろに座って、あらゆる人の健康保険加入を支援している。

どんなプログラムに加入資格があるのかを見定め、それぞれの申請書に必要な途方にくれるような量の情報を集め、提出までもっていくのは、事務手続きに長けた人にでさえ難しい問題だ。

そう、本当にそうなのだ。ほとんどのニューヨーク市民が、自分の収入と雇用についての情報をすでに市に何度も何度も提出したことがあるし、多くの住人が市政府からWebサイトや電話やチャットボットやツイッターや電子メールやフェイスブックやインスタグラムやライブストリームやテレビやラジオ(これらはすべて、緊急時通報からゴミ回収の予定までを伝達するのに用いられているのだが)を通じて、定期的に最新情報を受け取るようになってきているにもかかわらずだ。いくつもある公的医療保障制度に特化した圧倒的な量のネット上の情報については、言うまでもない。

しかし、それらのプログラムとさまざまな税額控除をもってしても、ニューヨーク市には、まだ健康保険に加入していない人が数十万人もいる。

しばしば見逃される政治の現実だ。ひとたび法制度ができると、それはひとつのアイデアから予算と人員を伴う計画へと進化する必要があり、そこから何百万もの人々の生活へ実際に行き届く必要がある。テクノロジーがあれば難しくないと思い込むのは簡単だが、政策から実行への移行は、今も統治において常に難しい問題なのだ。

テクノロジーが、政府のプログラムとそれらのプログラムが対象とする人々とのギャップを橋渡しする前例のない機会をもたらす一方で、前例のない困難ももたらしている。人々を置き去りにすることなく、どのように現代化するか? 市民に過度の負担をかけることなく、どのように利用者を増やすか? 機微なデータを保護しながら、どうやって効率を上げ、サービスをより簡単に利用できるようにするか?

現在、テクノロジーは、政府の情報作成の手段でもあり、情報伝達の手段でもある。テクノロジーは、市民と国家がやりとりしあう方法を変えていく。そして政府が、市民と国家の結びつきと、それを増強するはずのツールによって、いかに簡単に壊れてしまうかを理解することは必要不可欠であり、緊急の課題でさえあるのだ。結局のところ、シビック・テックは、助けになる力はあるが、テクノロジーはすべてのことをシンプルにできるわけではない。すべてのことを自動化することはできない。官僚は一日中フォームを作ることができるが、人々が使い方を知らなかったり、フォームにアクセスしたり、記入したりするための資源を持っていなければ、何の役にも立たない。

ラングーラムが毎週、保険に入っていないニューヨーク市民のオンライン申請を支援をするのは、それが理由だ。医療保険への加入を約束するオンライン・フォームは、増え続け、変わり続け、常にからみあっているWeb上にあるのだ。

「私は、これまでの人生で、とても大勢の人たちが、健康保険制度について多くの困った問題を抱えているのを見てきました。誰かをうまく助けることができた。そのことを知るのは、どれほどすばらしいことか。それが私の原動力なのです」。

ニューヨーク市は、現代の国家を蝕む大きな問題に対峙する戦略を試すちょっとした試験機関だ。国が、政府の予算と官僚的な複雑さの中にあるように、ニューヨーク市も現在、そしてこれまでも、どうしたら政府が人々の役に立てるのかという重要な問題を扱っている。そしてその実験を通して、大きなことをするための解決策には時として小さなことを数多くこなすことも含まれること、時には限りなくローテクを用いることだとわかってきている。つまり、テーブルの後ろに座っている人が必要なのだ。

「なぜ…することが、できない?」

2009年にバラク・オバマが米国の大統領が就任した当時、オバマ政権は過去のどの政権よりもテクノロジーに精通していると賞賛された。Web 2.0の黎明期でテクノロジーが持つ力への大きな信頼があったこともあり、米国初の最高情報責任者(CIO)を雇い、米国デジタル・サービスを発足させ行政機関を現代化し、「21世紀の電子政府構築」のための指令を発した。テクノロジーは、オバマ政権の健康保険適用拡大という野心的な計画の鍵として構想された。

それでもなお、2013年に、3年に及ぶ労力と3億ドルの費用をかけた「Healthcare.gov」のWebサイトはオープン当日、クラッシュした。初日に加入手続きできたのは、10人にも満たない人たちだった。

それ以来Healthcare.govの大失敗は、政策実行の仕事をする者にとっての、ある種のたとえ話になっている。この取り組みは、国民が医療保障制度の費用を比較して、どれか一つに加入するのを簡単にするもののはずだったが、少なくとも当初、テクノロジーは劇的な失敗をした。

失敗は、政府のテクノロジー使用に関して、米国が、いまだに直面している非常に大きな課題を示していた。ジェニファー・パルカは、当時、ホワイトハウス(大統領府)科学技術政策局の副最高技術責任者を務めていた。彼女が著書『Recoding America: Why Government Is Failing in the Digital Age and How We Can Do Better(記録するアメリカ:なぜ政府がデジタル時代に失敗しているかと我々はどのようによりよくできるか)』(未邦訳)の中で説明するように、失敗したサイトの立ち上げは、「政策意図と現実の結果の間の目につく隔たり」がいかに大きいかを反映している。

本の中で、パルカは、この問題を提示する。彼女は、公共サービスを改善するためにエンジニア、デザイナー、製品管理者らと政府機関とを組み合わせる非営利団体、コード・フォー・アメリカの創業者でもある。「良かれ悪しかれ、デジタル革命の本質は、ビジネス、文化、ソーシャルなど、どのような種類のアイデアでも、それを実行するのが易しくなったということです。しかし、政府の中では、デジタル革命は非常に異なる展開をしてきました。サービスの即時性と正確度についての私たちの期待が急上昇したときでさえ、法律を施行するのは、決して簡単になってきてはいません」。

パルカは、いくつかの対話の中で、善意に基づく政策が議会を通過してから、最終的に官僚組織を細々と通り抜けて、普通の米国人の生活に到達するまでの間にどのように変貌を遂げるかを私に説明した。そして、現在、当然のことだが、米国人がそれらの政策とかかわる方法は、政府のWebサイト、データ管理と記録保存、もしくは、福祉手当の申請といったテクノロジーを介して行うことが多いのだ。

「最終的に、我々は、一般の米国人に対して、これをしますと話します。そして、その後、実際の結果は、望まれたとおりかもしれませんが、そうではないかもしれません」。その理由は、政策を実行するのが、とても複雑になっており、かつテクノロジーはしばしば、それをさらに複雑にしているからだ。その上、米国のシステムは、この政策実行の過程で、テクノロジーの設計者が権限を持つようになっていない。 そのかわり、立法者らが、どんなテクノロジーが政策実行を最も効果的に助けるかを必ずしも理解していなくても、選択をしている。

「私たちは民主主義がもたらすものを再発見して、それをサービスの構築、意思決定、規制の施行という文脈に適用します。そのやり方は、『みんなが、それぞれのものをスープの鍋に放り込んだら、それがスープになる』というようなものではありません」と彼女は私に語った。

ニューヨーク、サンフランシスコ、ボストンでDX(デジタル・トランスフォーメーション)と公共サービスの仕事をする役人は全員、確実な方法などないと私に話した。テクノロジーは、解決策の一部であるのと同じくらい問題の一部でもありえる。サンフランシスコ市のデジタルサービス最高責任者であるシド・ハレルが説明するように、政府のテクノロジーの話は、「なぜ、単純に…することが、できない?」という話なのだ。言い換えれば、テクノロジーがもたらす恩恵にみえるチャンスと、しばしば、テクノロジーが創り出す困難の対比が …

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