働く女性のためのIVFを、
CEO自ら実験に挑む
バイオベンチャー
ニューヨークに拠点を置くスタートアップ企業ガメト(Gameto)は、体外受精にかかる期間を大きく短縮するテクノロジーを開発している。同社のCEOは、自社が開発している技術の実験に自ら参加した。 by Antonio Regalado2023.10.30
偉大な創業者になるには、自社製品を進んで使って見せるべきだと言われる。自社で製造したドッグフードを食べて見せるというわけだ。だが、経営しているのが、実験的な不妊治療法の開発を目指すバイオテクノロジー企業だったらどうだろうか。遠慮してしまうかもしれない。
ニューヨークのスタートアップ、ガメト(Gameto)で最高経営責任者(CEO)を務めるディーナ・ラデンコヴィッチの場合は違う。ガメトは、幹細胞を操作して簡易なIVF(体外受精)を実現すれば、時間のない働く女性にアピールできると考える企業だ。2022年12月、セルビア生まれの28歳の医師であるラデンコヴィッチCEOは、ホルモンを充填した注射器の針を自宅で見つめていた。彼女はそれを皮下に刺し、ホルモンを体内に注入した。
ラデンコヴィッチCEOは、妊娠を望んでいたわけではなく、自社の医学的研究に参加したのだ。研究の目的は、人体ではなく実験室の培養皿で人の卵子を「成熟」させることだった。通常のIVFでは、女性は2週間にわたって1日2回、強いホルモンを注射する。注射したホルモンは卵巣を強く刺激し、いつも通りの量の卵子に加えて、まとまった数の準備の整った卵子を生成する。この2週間、女性は辛い思いをする。注射は痛みを伴い、副作用や気分の変動が生じることもある。さらに、この医薬品にはおよそ6000ドルもの費用がかかる。
10月10日にヒューマン・リプロダクション(Human Reproduction)誌に掲載されたガメトの手法は、通常のIVFに比べて少ない回数のホルモン注射で済み、実験室で作られた卵巣細胞を使って成熟をシャーレで完了するというものだ。研究にはラデンコヴィッチCEOをはじめとする67人の女性が参加し、数百個の卵子の発育を追跡した。その一部は胚を作るために受精させたが、妊娠のために移植されたものはなかった。 ラデンコヴィッチCEOは研究への参加理由について、自身の仕事のスケジュールとどのように噛み合うかを確認するためだったと述べている。
「スパに行くような感覚でこのIVF手法を利用することは一切おすすめしません。医療処置であることに変わりはありません。ですが、かなりハードに働いているスタートアップ企業のCEOの視点からも、忙しい日々の暮らしを送りながら利用できると感じました」。
私は1年前、ラデンコヴィッチCEOと話したことがある。そのとき彼女は、どのように顧問たちを雇い、資金を調達したかについて語ってくれた。設立間もない会社と新しい幹部にとって、大きな一歩だ。しかし彼女の知人の中には、私のように、彼女が実験へ参加したことを知らない者もいた。彼女が医療処置室からインスタグラムに投稿した、病院の室内着で微笑んでいる自撮り写真に気づかなかったのだ。
「イーロン・マスクがスペースX(SpaceX)のロケットに乗り込むようなものです。つまり、彼女はとんでもない傑物なんですよ」。同社のエンジェル投資家であり、別のバイオテクノロジー企業レトロ・バイオサイエンシズ(Retro Biosciences)のCEOであるジョー・ベッツ-ラクロワはこう解説した。
不公平な老化
ガメトは、女性の生殖能力の衰えを、老化による問題と見なすスタートアップ企業の一社である。人々が長生きするようになり、この100年間で平均余命は徐々に伸びている。一方、女性の生殖寿命はそうではない。ほぼすべての女性が40代で卵子を使い果たし、閉経を迎える。ラデンコヴィッチCEOは、そのような「卵巣老化の加速」は不公平であり、子ども、キャリア、人間関係の間に難しい選択を迫ると考えている。男性は離婚後に新しい家族を築くことができるが、女性にはそれができないことがある、と彼女は指摘する。
「これは大きな問題で、私たちは科学で戦うつもりです」。昨年初めにCEO就任を発表した際、ラデンコヴィッチCEOはツイッターでこう宣言した。同社はこの宣言の2年前、不妊治療関係の起業家であるマーティン・バルサフスキーが設立して以来、ステルスモードで運営されていた。バルサフスキーは現在も会長を務めている。
卵巣老化と闘う戦略のひとつとして、将来使うことができるように、若いうちに卵子を凍結する方法が挙げられる。これにより、生殖可能な期間を10年間延ばすことができる。しかし、数年前にこの方法を検討したラデンコヴィッチCEOは、必要な時間を割けないという理由で断念せざるを得なかった。彼女は当時、ニューヨーク市に来たばかりで、3つの仕事をかけ持ちしていたのだ。1万ドルを用意して(処置にかかるおおよその費用)将来の計画を立てるような人は、「卵子凍結の処置を受ける時間をスケジュールに収められる余裕が最も少ない」はずだ、と彼女は確信した。
「こんなことを全部こなすのは無理だ、と思いました。そこで、もっと短期間にできて、簡単かつ安価なら、より多くの女性が挑戦するのではと考えました。そう思いませんか?」
時間の都合でIVFを諦めた経験は、ガメトがより良い治療法に取り組むことを推進し、1年後には自ら被験者として名乗り出るまでにラデンコヴィッチCEOを動機付けた。
「フォーブス30アンダー30」の受賞者でもあるラデンコヴィッチC …
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