ルミン・フィットネス(Lumin Fitness)は他の優良スポーツ・ジムと同様に、トレーナーの質に誇りを持っている。エネルギッシュな若手コーチのクロエは、あなたにフィットネス目標を達成させることを約束する。規律を重んじ、まるで鬼軍曹のような風格のレックスは、クライアントに優れた結果を求めて努力するよう励ます一方で、すぐに「近道はない」と警告する。もっとゆったりとしたアプローチがお望みなら、エマとイーサンがいい。温厚で、静かな自信に満ちているトレーナーだ。
だが、ルミン・フィットネスは普通のジムではない。トレーナーが、少なくとも物理的にはいないジムなのだ。ジムに通う会員を指導するのは、バーチャルな人工知能(AI)のコーチ。米国テキサス州ラスコリナスに9月にオープンしたルミン・フィットネス初のスタジオの壁には、大きなLEDスクリーンが並び、会員はAIコーチの指導を受けながら、スクリーンに映し出されるワークアウトを精力的にこなす。AIはフィットネス分野で広く普及しつつあるが、スマートミラーやトレーニングアプリ、スマートカメラといった製品を使うのが一般的だ。ルミン・フィットネスの創業者らは、「ここまで全面的にAIをスタジオへ統合したジムは初」だと主張している。
ルミン・フィットネスは、AIトレーナーのシステムが、これまでジム通いを敬遠していた人がワークアウトを始めるきっかけになると確信しているという。人間の専門トレーナーとのやり取りを排除し、よりパーソナライズされたフィットネスへのアップローチを提供するアイデアだ。人間のトレーナーは、ときに人々を怖気づかせたり、やる気をなくさせたりしてしまうことがある。
同社がオープンした薄暗いスタジオ空間には、一度に最大14人を収容できる。会員はここで、1人でワークアウト・プログラムをこなしたり、高強度の機能トレーニング・クラスに参加してグループでスクワット、ダンベルプレス、腹筋などの運動をしたりする。
それぞれの会員は指定されたステーション内で、壁一面のLEDスクリーンと向き合ってワークアウトに取り組む。スクリーンにはセンサーが隠されており、運動する人とジム特別仕様の器具(ダンベル、メディシンボール、縄跳びの縄など)の両方の動きを、専用のアルゴリズムと機械学習モデルの組み合わせによって追跡する。
ワークアウトにやって来た会員は、ジムのスマホアプリを通してAIコーチを選べる。モチベーションが上がるのは男性の声か女性の声か、態度は厳しい方がよいか、それとも朗らかさやおおらかさを重視するかによってコーチを選択する。変更はいつでも可能だ。トレーナーのアドバイスの声はヘッドフォンから流れてくる。ロックやカントリーなど、選んだ音楽も流せる。
ラスコリナス・スタジオの各クラスには現在、監視のためフィットネスの専門家が1人つく。ただし、ルミン・フィットネスの共同創設者であるブランドン・ビーンによると、この監視人はトレーナーである必要はないという。「実際のコーチというよりも、航空会社の客室乗務員のようなものだと考えてください。フォームについてフィードバックしたり、モチベーションを上げたり、運動の方法を説明したりするのは、AIトレーナーがやりますが、何か不具合が起こった時のためにその場に誰かが必要です」。
ワークアウト前後のウォーミングアップとクールダウンの間、LEDスクリーンには顔のない人型ロボットのような姿が映し出される。このアバターが次の動きを見せ、会員が真似できるように視覚的にサポートする。ワークアウトが始まると、スクリーンにはやる気を引き出すための簡単なゲームが表示される。たとえば、腹筋運動を完了することでバーチャルなバスケットをボールで満タンにしたり、バーピー運動を終えるたびにバーチャルなブロックのタワーを積み上げたりするように参加者を促す。
このゲーム化されたフィットネスへのアプローチによって、一部の人はモチベーションが上がることが証明される可能性があると、英国ウォルバーハンプトン大学でスポーツ心理学を教えるアンディ・レーン教授は話す。「ドーパミン受容体を活性化させるのに十分な強化課題と、またやりたくなるようなくだらない遊びを与えているのです。進捗に応じて成果に満足感を味わえるようなゲームにすれば、効果があります」。
ルミン・フィットネスのシステムはセンサーを使って、会員が完了したレップ数を追跡しながら、正しいフォームを維持しているか確認することもできる。たとえば、背骨をまっすぐ伸ばすはずなのに背中が丸くなっている場合、システムはその動作を完了した回数に入れず、正しいフォームになるまでカウントしない。このような仕組みのおかげで、会員はそれぞれの運動から十分な成果を得られ、運動中の怪我も避けられる。
システムはジムに通う会員のアプリ使用状況を通じて、会員の成長を経時的に追跡する。ルミン・フィットネスは将来的に、会員が運動を簡単すぎると感じている場合にそれを認識し、より重い重量や異なる種類の動きを推奨できるようにシステムを訓練する計画だ。
野球チーム「テキサス・レンジャーズ」のアシスタントであるオリビア・ロードは、数カ月前に開かれたプレビュークラスでAIコーチの性能を初めて試した人々の1人だ。ロードはそれ以来、定期的にこのジムを訪れている。以前はジムに居心地の悪さを感じていたが、ここでは最も必要なときに耳元でやる気を起こさせる声が聞けることを楽しんでいる。
「私にとってジムは安全な空間ではありません。本当に怖いし、居心地が悪いのです」とロードは言う。「でも、ここはとても没入感があり、インタラクティブです。ゲーミフィケーションのおかげで、自分が注いでいる努力を見ることができます。普通は見られません」。
ジムに通う人のうち、人間のトレーナーとのやり取りを好む人は常にいるだろう。ただ、フィンランドのユヴァスキュラ大学で運動生物学の教授を務めるニール・クローニンは、AIシステムからコーチを受けることに抵抗感がない人も多いはずだという。クローニン教授はAI技術によって人間の運動解析をどのように改善できるか研究している。
クローニン教授は、最近のAIを利用したセラピーやコンパニオン・ロボットの台頭は、人間同士よりも機械との交流の方がより心地よく感じる人が存在することを示していると指摘する。
「私も個人的に、このようなものにぜひ参加したいと思います。特に、筋力や持久力など、トレーニングによって得られる成果を確認したいです」と話すクローニン教授。「AIを使ったトレーニングがこの点において劣るとは思いません。それどころか、本当に長期にわたって私のデータを追跡し、私のためにプログラムをパーソナライズしてくれるのであれば、このアプローチを利用する方が実際にもっと良いかもしれません」。