デザイナー染色体で人工酵母菌、ヒトへの応用も検討中
生命の再定義

Designer Chromosomes Point to New Synthetic Life-Forms デザイナー染色体で人工酵母菌、ヒトへの応用も検討中

ニューヨーク大学を中心とする国際研究チームが、染色体の3分の1以上を人工的に置き換えた人工酵母菌の作成に成功した。ヒトの遺伝子を染色体単位で交換するテクノロジーにつながる第一歩を踏み出した。 by Emily Mullin2017.03.10
Geneticist Jef Boeke, of New York University’s Langone Medical Center, is leading an effort to design and create a synthetic yeast genome.
人工酵母菌のゲノムを設計し作成する活動を率いるニューヨーク大学のランゴーン・メディカル・センターのジェフ・ブーケ教授(遺伝学)

国際的な科学者チームが、酵母菌細胞のすべての遺伝物質を研究所で組み込んだデザイナーDNAで置き換える目標に近づいている。パン酵母菌に人工染色体を「焼き付ける」研究は、生物学者が進める、改良された、あるいは全く新しい生命体を研究所内で作り出すテクノロジーへの第一歩だ。

酵母菌作成プロジェクト「Sc2.0」には、10大学から約200人の科学者が参加している。サイエンス誌の3月9日の記事によれば、研究チームは苦心の末、酵母菌にある16の染色体のうち5つを、医薬品やバイオ燃料の生産に適した性質になるよう改変された人工の複製物と置き換えたという。

進行中のプロジェクトを率いるニューヨーク大学ランゴーン医療センターのジェフ・ブーケ教授は「私たちの研究は、本質的に進化を加速させます」という。

研究チームによって以前作れられた最初の人工酵母菌染色体と組み合わせることで、酵母菌ゲノムを構成する染色体の3分の1以上が人工物になる。

この研究は、ランゴーン医療センターのDNA鎖の製造技術に基づいている。ブーケ教授によれば、研究チームはDNAを商業的供給元から、DNA1文字ごとに約10セントで購入しているという。単価から計算すると、酵母菌ゲノム全体をカバーするには約125万ドルかかるが、人件費まで含めると研究全体にはもっと高額の費用がかかっている。

人工酵母菌プロジェクトは、ブーケ教授も参加しているさらに野心的な活動「ゲノム・プロジェクト・ライト(Genome Project-Write)」の土台になる。完全な人工植物ゲノムや動物ゲノム、まだ必要な資金を調達できていないが、場合によってはヒトゲノムを作ることも目指す。計画は昨年、非現実的な取り組みであり「デザイナー」人間をめぐる倫理上の問題を招きかねず、十分に検討されていなかった、と他の科学者から猛烈な批判を浴びた

人工生命体を作る研究は、J・クレイグ・ベンター研究所(メリーランド州ロックビル)所属の研究者によって、2010年に初めて証明されたアイデアに基づく。研究者は、研究所で作ったDNAでバクテリア「マイコプラズマ・ミコイデス」のゲノムを置き換えた

しかし、単細胞生物である酵母菌はバクテリアよりもはるかに多くのDNA(それぞれの染色体に数百から数千の遺伝子がある)があり、研究の難易度が高い。ブーケ教授やジョンズ・ホプキンズ大学のジョエル・ベーダー教授等、この研究の指導者は、2年以内に酵母菌の16ある染色体を人工の複製物ですべて置き換え、さらに17番目の染色体を追加できると推定している。

人工染色体を作るため、Sc2.0に参加する科学者は、機械で合成したDNA鎖で遺伝物質のチャンクを徐々に置き換え、酵母菌が健全な状態か確認しながら、段階的に研究を進めた。再構築された染色体を「デバッグ」する作業など、研究チームの活動は9日に発表された7本の論文で説明されている。

ブーケ教授の研究チームは、酵母菌内にすでにあるDNA配列の大部分を複製しつつ、明らかに機能していない「ジャンク」遺伝子を削除したり、染色体のDNA配列中の大部分を他の染色体へ移し変えたりするなど、いくつかの方法で染色体を変更した。驚くべきことに、研究チームが変更した後でも、酵母菌は普通に成長した。研究チームはまた、酵母菌を作るため、将来もっと簡単に手を加えられるように、遺伝的な「バックドア」まで追加した。

シンセティック・ゲノミクス(本社カリフォルニア州ラホヤ)の科学者で、J・クレイグ・ベンター研究所のダニエル・ギブソン准教授は、Sc2.0の研究チームの手法は、人工ヒトゲノムを作れるほどには進歩していないと考えている。まず、ある試算によれば、人工ヒトゲノムの開発には約3億ドルの費用がかかる見込みだ。さらにギブソン准教授は、人工有機物が環境に影響を与える可能性の懸念について、Sc2.0は過小評価している、という。今のところ「Sc2.0にとって、それらの有機体の目的は研究室環境内で成長させることです」とギブソン准教授はいう。

ただし、一部の研究者によれば、いつの日かデザイナー・ヒト染色体が先進遺伝子治療に使われる可能性がある。現在の遺伝子治療は通常、人体内のひとつの遺伝子を置き換えている。しかし科学者は、小さな人工染色体が欠陥遺伝子のネットワーク全体を置き換えるのに使えるかもしれない、と考えているのだ。ハーバード大学のパメラ・シルバー教授(生物工学)は、自身の研究室で人工ヒト染色体を開発しようとしており、研究室所属の科学者がいつの日か、大規模な研究チームでなくても、簡単に染色体を設計して作成できるようにすると考えている。

ただし、そんな将来が訪れるのははるか先のことだとだとシルバー教授はいう。「何を合成するかに関わらず、現在よりも早く、効率よく人工染色体を作るには、技術的飛躍が必要です」