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極限環境で宇宙生活を学ぶ、
模擬宇宙飛行士のミッション
NASA
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These scientists live like astronauts without leaving Earth

極限環境で宇宙生活を学ぶ、
模擬宇宙飛行士のミッション

他の惑星に居住したり、長期間にわたって宇宙を航行したりすると、人間の心身はどのような状態になるのだろうか。それを調べるための実験が、地球上の模擬宇宙居住施設に長期間にわたって隔離される「模擬宇宙飛行士」のミッションだ。 by Sarah Scoles2023.10.03

2023年1月、 タラ・スウィーニーの乗った飛行機は西南極のスウェイツ氷河(19.1万平方キロメートルの凍った水の塊)に着陸した。氷河の地質や氷の構造を調べ、氷の融解が海面上昇にどう影響するかを研究するために国際研究チームと共にやってきたのだ。しかし、この地球のほぼ最南端でスウィーニーが考え続けていたのは、月のことだった。

元空軍士官であり、現在はテキサス大学のエルパソ校で月地質学の博士号を取得中であるスウィーニーは、「何から何まで、宇宙探検家になったような気分でした」と語った。「こうしたリソースがすべて揃う中、外に出て探検し、科学の研究をするのです。本当にすばらしかったです」。

宇宙科学者が南極や、その他の遠隔地に住む人々の生理学や心理学を研究する理由は、そうした環境の宇宙との類似性にある。約25年間、人々は別世界、または別世界に向かう途中にいるということがどのようなものかを試し続けている。極地探検家はある意味、異なる惑星に着陸した宇宙飛行士のようなものだ。厳密には、スウィーニーは「模擬宇宙飛行士(日本版注:地球上で宇宙探査ミッションをシミュレートする人。アナログ宇宙飛行士)」のミッションに就いていたわけではない。主な目的は地球の地質学調査だったからだ。しかし、まるで宇宙探検家のような日々が展開された。

スウィーニーと同僚たちは16日間、氷上にテントを張って生活した。吹雪がテントに吹き付けるため、日数の半分はテントに閉じ込められて過ごした。天候が許せば、地震計の設置場所までスノーモービルで往復した。しかし、一度はホワイトアウトに巻き込まれた。「まるでピンポン球の中を走り回っているようでした」とスウィーニーは言う。

氷河の上はいつも寒く、スウィーニーは時には退屈し、しょっちゅう苛立っていた。しかし同時に「生きている」という喜びも感じた。さらに、故郷の北米大陸では得られなかった集中力を感じた。「私には目標が3つありました。良いクルーでいること、良い科学研究をすること、そして生き続けることです」とスウィーニーは言う。「しなければならなかったのは、それだけです」。

もちろん、そのどれもが容易なことではなかった。しかし、エルパソという地球上の場所に戻るよりは容易だったかもしれない。「ミッションは終わりました。そう、終わったんです」と、スウィーニーは言う。「それ以来、自分の感情すべてをどう処理すればいいのかが分からなくなりました」。

その後、5月にスウィーニーは、「2023年模擬宇宙飛行士会議(2023 Analog Astronaut Conference)」に参加した。この会議に集まったのは、比較的安全で快適な地球上の施設で長期宇宙旅行をシミュレートする人々だ。スウィーニーがこのイベントについて知ったのは、ヨルダンの模擬宇宙施設を訪れた時だった。そこで会議の発起人の一人であるジャス・ピュアワルに会い、集会に招待されたのだ。

会議はアリゾナ州の砂漠にある「バイオスフィア(Biosphere)2」というガラス張りの自己完結型居住施設で開催された。その外観は、1980年代のSFに出てくる宇宙入植地のようだ。バイオスフィア2は、人類が住むには適さない惑星で居住可能環境を作れるかどうかを知ることを目的として建設された最初期の施設のひとつだ。

会議の講演者の一人は、ロシアのモスクワにある模擬宇宙居住施設に8カ月間閉じ込められて過ごした経験があり、ミッション後の期間がいかに辛いものだったかについて語った。この「社会復帰時の心理的負担」は、会議全体を通じて話題となった。結局のところ、そのように感じたのはスウィーニーだけではなかったのだ。

世界各地の約20カ所の模擬宇宙施設は、被験者になることを志願した人々が滞在する場所だ。被験者たちは極地基地、砂漠の前哨基地、さらには米国航空宇宙局(NASA)センター内の密閉居住施設などで、数週間から数カ月にわたり隔離される。模擬宇宙施設は、火星や月、あるいは長期軌道ステーションで、人々がどのようにやっていくか模倣するのを目的としている。科学者によれば、このような研究は医療ツールやソフトウェアツールの検証、屋内農業の推進などに役立つ。さらに、スウィーニーが体験したように、模擬宇宙飛行士が「ミッション」終了時に直面する困難への対処にも役立つ可能性があるという。

研究者のコミュニティは最近、この分野の研究をより形式化するために動き始めた。結果が比較できるよう基準を設け、研究論文を単一データベースに収集することで、研究者が過去の研究を参考にしながら作業を進められるようにしている。さらに、科学者、参加者、施設責任者を集めて、結果と洞察を共有している。

関係者らが結束したことで、以前はひっそりと実施されていたこの研究分野の評判は高まりつつあり、宇宙機関からさらなる信頼も得られようとしている。この形式化運動の先頭に立っているのは退役空軍士官のジェニ・ヘスターマンだ。「模擬宇宙飛行士は過小評価されていると思います」とヘスターマンは言う。「多くの人は、模擬宇宙施設をただのスペースキャンプだと考えているのです」。

模擬宇宙飛行士の施設は、実際に宇宙へ行く費用をかけずに宇宙探査ミッションを検証する方法として登場した。たとえば科学者が「ツールが適切に機能することを確認したい」という場合は、模擬宇宙飛行士が宇宙服から極限環境下の医療機器に至るまで、幅広い機器の検証をする。

研究者はまた、孤立環境における宇宙飛行士の状態変化にも興味を持っている。そのため、唾液、皮膚、血液、尿、糞便などのサンプルを採取し、細菌叢の変化、ストレスレベル、免疫反応などの特徴を追跡することもある。イタリアの聖心カトリック大学の心理学教授であるフランチェスコ・パニーニは、「模擬宇宙飛行ミッションにより、人々が困難にどう反応するか、またはどんなチーム(どのような人々の組み合わせ)が反応できるかについて洞察が得られます」と言う。パニーニ教授は、欧州やイタリアの宇宙機関と協力し、人間の行動とパフォーマンスを研究している。

宇宙機関が運営している施設もある。その一つに、ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センター内にある「NASA有人探査模擬研究(HERA:Human Exploration Research Analog、ヘラ)」がある。同センターには「クルーの健康およびパフォーマンス模擬探求(CHAPEA:Crew Health and Performance Exploration Analog、チャペア)」という3Dプリントで作られた居住施設もある。クルーはここで1年間にわたり、火星ミッションをシミュレートするのだ。チャペアは、「人工知能(AI)がイケア製品で宇宙居住空間を作ったらこうなる」というような外観をしている。

しかし、ほとんどの模擬宇宙施設は民間団体が運営している。こういった施設は宇宙機関や大学の研究者、時には一般人から研究提案を受け付け、応募プロセスを介してプロジェクトを選択している。

このような研究は何十年も続いている。NASAの初の公式模擬宇宙飛行ミッションは、1997年にカリフォルニア州のデスバレーで実施された。この時は4人の被験者が火星の地質学者になったつもりで1週間を過ごしている。2000年には、宇宙探査を提唱・研究する非営利団体である火星協会(Mars Society)が、カナダのヌナブトに「フラッシュライン火星北極研究基地(FMARS: Flashline Mars Arctic Research Station)」を、その後すぐに米国のユタに「火星砂漠研究基地(MDRS:Mars Desert Research Station)」を建設した(いずれも、NASAの研究者も利用する施設だ)。しかし、このようなプロジェクトが登場するずっと以前から、たとえ用語や恒久的施設が存在しなくとも、訓練は実施されていた。たとえばアポロ …

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