エクサスケール時代突入で
スパコンは何をもたらすか
2022年5月に公開された世界最速スパコン「フロンティア」は、1秒間に100京回以上の演算を実行するエクサスケール・コンピューティングの時代の幕開けとなった。今後も続々登場するこうしたスパコンは、私たちに何をもたらすのだろうか。 by Sophia Chen2023.09.26
世界最速のスーパーコンピューターの計算能力について一般の人が把握するのは、難しいかもしれない。しかし、テネシー大学のコンピューター科学者、ジャック・ドンガラ教授はこんなふうに表現する。「地球上のすべての人が1秒に1回、計算するとしたら、そのコンピューターが1秒でできるのと同じことをするのに4年かかります」。
現時点で世界最速のスーパーコンピューターである「フロンティア(Frontier)」は、2022年5月に公開された。テネシー州東部丘陵地帯にあるオークリッジ国立研究所に設置されており、テニスコート2面分のスペースを占める。
スペックをもう少し詳しく紹介しよう。フロンティアは約5万個のプロセッサーを使用している。最もパワフルなノートPCでも、プロセッサーは16個か24個だ。消費電力はノートパソコンの65ワット程度に対し、フロンティアは2000万ワットである。構築にかかった費用は6億ドルだ。
フロンティアの稼働開始は、いわゆるエクサスケール・コンピューティングの幕開けとなった。エクサスケール・コンピューターとは、エクサフロップ(1秒間に100京、つまり1018の回数の浮動小数点演算)を実行できるマシンのことである。以降、科学者たちは、そのような驚異的な速さのコンピューターをもっと作るための準備を整えてきた。2024年には、米国と欧州で数台のエクサスケール・マシンが稼働を開始する予定だ。
しかし、スピードそのものが最終目的ではない。研究者たちがエクサスケール・コンピューターを構築しているのは、生物学、気候学、天文学などの分野において、これまで解けなかった科学や工学の問題を探求するためである。今後数年のうちに、科学者たちはフロンティアを使って、人類がこれまで考案した中で最も複雑なコンピューター・シミュレーションを実行することになるだろう。まだ答えの出ていない自然に関する疑問を追究し、運輸から医学まで幅広い分野で新たなテクノロジーを設計したいと考えているのだ。
たとえば、ピッツバーグ大学のエヴァン・シュナイダー助教授は、銀河系が時間とともにどのように進化してきたかシミュレーションするのにフロンティアを使っている。中でも特に関心を持っているのは、天の川銀河を出入りするガスの流れである。銀河はある意味、呼吸をしている。ガスが銀河に流れ込むと、重力によって星に合体する。しかし、たとえば星が爆発して物質が放出される際には、ガスも流れ出す。シュナイダーは、銀河が息を吐くメカニズムを研究している。「シミュレーションを実際に観測された宇宙と比較することで、そこで起こっている物理現象を正しく理解しているかどうか知ることができます」と、シュナイダー助教授は言う。
シュナイダー助教授はフロンティアを使って、爆発する個々の星にズームインできるほど解像度の高い天の川銀河のコンピューターモデルを構築している。そのためには、10万光年に及ぶ天の川銀河の大規模特性と、10光年程度の超新星の特性を、両方とらえなければならない。「実際、これまでになされたことのないことです」と、シュナイダー助教授は言う。この解像度が何を意味するのか理解するために言えば、ビールが入った缶と、その中の個々の酵母細胞、およびその2つの間で起こるそれぞれのスケール(規模)での相互作用を、物理的に正確に再現するモデルを作るのに似ている。
ゼネラル・エレクトリック(GE)のシニア・エンジニアである、ステファン・プリーベは、フロンティアを使って次世代航空機設計の空気力学をシミュレーションしている。GEは、燃料効率を高めるため、「オープン・ファン・アーキ …
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