幹細胞の行く末を決める、転写因子のアトラスを作った研究者
幹細胞がどの細胞になるか、どの転写因子によって決まるのだろうか。かつてプロの囲碁棋士を目指していた気鋭の生物学者は、個々の転写因子が幹細胞にどのような影響を与えるかを示す「アトラス」を作成した。 by Antonio Regalado2023.09.20
2017年に人工知能(AI)が世界最高の囲碁棋士の一人に勝利すると、ジュリア・ジョンはホッとした気持ちになった。幼少期を台湾で過ごした彼女は、この古来のゲームを極め、母国を代表するプロ棋士になることをかつて夢見ていたのだ。
「囲碁の不思議な魅力は、答えのない問題というところにあると感じていました。どんどん上手くなることができますが、終わりはありませんでした」。32歳のジョンは言う。
しかし、グーグルの「アルファ碁(AlphaGo)」が囲碁を解明する頃には、ジョンはすでにより困難な問題へと自身の進む道を見つけていた。スタンフォード大学の神経科学研究室で学部生として研究していた彼女は、アストロサイトという脳細胞の独特な動きを観察していた。「それが何か分かりませんでした」。
生物学は囲碁より難しいと悟ったジョンは、新たに生物学に魅力を感じるようになった。
ジョンが次に進んだのは、マサチューセッツ州ケンブリッジにあるブロード研究所(Broad Institute)の遺伝子編集の権威、フェン・チャン教授の研究室であった。当時は、遺伝子編集ツール「CRISPR(クリスパー)」が話題となっていた初期の頃である。ジョンはそこで、「ゲノムスケールのスクリーニング」、つまりクリスパーなどのツールを使用して、ヒトゲノム内の2万個の遺伝子をそれぞれ変更し、何が起こるかを観察するという研究に没頭した。
幹細胞に対して実施されることが多いこのような遺伝子スクリーニングは、生物学の論理を広い角度から探求しようとするデータ主導の研究室にとって最優先事項となっている。
ジョンは、アストロサイトなどの実際の脳細胞でのスクリーニングを試みたいと考えていた。理論的には、幹細胞はあらゆる種類の細胞に成長するよう誘導でき …
- 人気の記事ランキング
-
- This company is planning a lithium empire from the shores of the Great Salt Lake 来るか米リチウムラッシュ、 水使用10分の1の新技術で 「つるはし」売る企業
- Meet the man building a starter kit for civilization 家もトラクターも自分で作る 元物理学者の農家が始めた 「文明のDIYキット」
- The first new subsea habitat in 40 years is about to launch キッチンもある「海底の家」 40年ぶりの居住施設で 科学者4人が1週間生活へ
- How do our bodies remember? 解説:運動をやめても筋肉は覚えている——復帰が速い科学的理由とは