フレッド・ハッチンソンがん研究センター(シアトル)で遺伝子治療の研究室を任されているワシントン大学のジェニファー・アデア助教授が初めて試験的な遺伝子治療を実施したのは数年前のことだ。その時はがん治療が目的で、まず患者から血液を採取し、血液細胞に強力な化学療法から保護する役割を果たす新しいDNAストランド(遺伝子)を付加し、その後改変された細胞を血管に再注入した。
研究には11人の患者が参加し、かなりの成功を収めた。しかし、ひとりの細胞を処理するだけで数百万ドルのクリーンルームで3人の科学者が96時間寝ずに作業した。アデア研究員は「『うわー、簡便な方法を真剣に考えなくては』といったのです」と思い返す。
遺伝子治療は、実験段階から急速に現実の医療に近づいている。しかしがんや希少疾患を治療できる可能性が高まる一方で、非常に複雑なテクノロジーであり、訓練を受けた技術者や対応できる施設が不足し、患者をあるべき速度で治療できないのではないかと心配されている。体外で血液細胞を改変する手法は遺伝子治療として最も成功をしているが、改変できるのは現在世界で10カ所程度(すべてニューヨークやシアトル、ミラノ、パリ等の大都市にある)の研究施設に限られる。
飛行機のチケットを買い、海を越えて治療を受けるだけの費用をまかなえる患者がいる一方、大多数の人は遺伝子治療を受けられない。需要と供給がかみ合わず、倫理的なジレンマまで生じているのだ。
先週、米国のバイオテック企業ブルーバード・バイオと協力関係にあるフランス人研究者が、パリの病院で鎌状赤血球を持つ少年の遺伝子を治療した例について発表した。技術的には成功だが、治療を必要とする患者にどうやって提供するかは誰も質問しなかった。鎌状赤血球症の大部分(年間30万人の患者の約57%)はナイジェリアやコンゴ民主共和国、インドで発生しているのだ。
10月にアデア助教授が実演した新たなテクノロジーは、遺伝子治療を多くの人に提供する方法になる、と考えられている。ドイツの医療機器メーカー、ミルテニーが販売する細胞処理装置を改造し、HIVの遺伝子治療用の血液細胞の準備をほぼ自動化したのだ(フレッド・ …