デジタル格差と移民問題、
新たな「国境の壁」となった
米政府のスマホアプリ
米国政府は2023年1月、「CBPワン(CBP One)」アプリの運用を始めた。南部国境での入国管理をより秩序あるものにすることを目的としているが、最も保護を必要とする人々にとって新たな障害になっている。 by Lorena Rios2024.12.10
- この記事の3つのポイント
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- 米国政府が導入した「CBPワン」により移民の入国が困難に
- 最も脆弱な立場の移民が不利な状況に置かれている
- アプリの技術的問題が移民の精神的負担を増大させている
3月下旬のある日、午前9時数分前。メキシコ北部チワワ州の都市シウダー・フアレスのフアレス通りとガーデニアス通りの交差点で、39歳のケイシー・プラザは壁にもたれかかっていた。ここはメキシコが米国テキサス州エルパソに変わる前の最後の交差点で、通勤やその他普段の生活でこの国境の2つの都市を行き来する人たちの車が行き交っている。
私が初めてプラザに会ったのは、この国境の壁の目と鼻の先にある小さな混雑したシェルターだった。彼女はベネズエラ出身で、7カ月前にコロンビアの自宅を出た。2人の幼い子どもたちとともに、ダリエン地峡という鬱蒼とした山岳熱帯雨林と湿地帯が続く約100キロメートルの道のりを歩き、いくつかの国を徒歩や列車で横断して、この交差点にたどり着いた。彼女の目的地はすぐそこにある。しかし、プラザは公式の国境検問所となっている橋まで歩いて米国での保護を求める代わりに、20歳の娘と一緒にただその場に立っている。そして、携帯電話に釘付けになっている2人の傍らで、7歳の娘と3歳の孫は空腹と構って欲しさから泣き叫んでいる。プラザは、家族5人が米国に入国する許可を申請できるよう、何週間にもわたって毎日、税関・国境警備局(CBP)との面会予約を確保しようとしてきた。これまでのところ運に恵まれず、毎回ソフトウェアのエラーやフリーズに見舞われてきた。予約枠が空いても、それは数分以内に埋まってしまう。
米国で避難先を見つける際、この新たな障害に直面したのはプラザだけではない。バイデン大統領は2023年の初め、南部国境に滞在している米国への亡命希望者は、最初にモバイル・アプリを通じて入国管理官との面会の予約を申請しなければならないと発表した。「CBPワン(CBP One)」と呼ばれるこのアプリは、旅行者が事前に情報を送信し、入国地での処理を迅速化できるようにするため、2020年から米国国土安全保障省が運用してきた。しかし、2023年1月、同省は暴力、貧困、迫害からの保護を求める、入国書類のない人たちにもこのアプリの利用を拡大した。当時、アレハンドロ・N・マヨルカス国土安全保障省長官はこのアプリについて、「個人が安全で秩序ある、人道的な方法で保護を求められるようにすると供に、国境の安全をさらに強化する目的で、バイデン政権が提供している多くのツールとプロセスの1つ」となる準備ができたと述べた。
それから数カ月が経ち、CBPワンの定着がますます図られるようになっている。5月11日、米国政府は「タイトル42(Title 42)」と呼ばれるパンデミック時の公衆衛生政策を撤廃した。このタイトル42が有効であった数年間、当局は米国から移民を迅速に追放できた。人道的な理由によってこの政策の適用から除外される手続きのために、2023年1月から使われてきたCBPワンはそのまま残った。これは、保護を求める人々が米国に入国するための数少ない合法的な方法の1つとなっている(他国で亡命を拒否された場合でも、入国が許可される可能性があり、申請が認められたキューバ、ハイチ、ニカラグア、ベネズエラにおける申請者は、直接飛行機で米国に入国できるプログラムがある)。また、国土安全保障省は、この方法を使わない人々に対して、より厳しい対処を実施している。新たな規制のもとでは、非合法的に米国に入国した者には亡命資格が与えられず、例外的な措置もほとんどない。この政策では、合法的な入国の道がとても厳しく制限されているため、米国の多くの移民権利団体はこれを「亡命禁止」政策と呼んでいる。
長年にわたり、保護を求めて南部国境に到着する移民・亡命希望者は、米国政府が入国地で処理できる人数を超えている。移民・亡命希望者は、国境都市のシウダー・フアレス、ティファナ、レイノサ、マタモロスなど、危険な場所で待機することが多く、往々にして現地のシェルターは満員で、移民は誘拐や恐喝などの危険に曝されている。多くの人がホームレスで、水道や電気はなく、学校や子ども向けの教育プログラムも利用できず、温かい食事の保証もない。「メキシコはこれを人道危機とは認めていませんが、リソース、サービス、人道的対応計画を必要とする移民危機であると私は考えています」と世界中の危機に見舞われた人々に手を差しのべる支援団体「国際救援委員会(IRC)」のメキシコ理事、ラファエル・ベラスケスは話す。
基本的にCBPワンによって、人々の米国への移住ルートにもう1つの関門(この場合はデジタルのもの)が加わる。数少ない例外を除いて、移民は南部国境で米国入国管理官に近づいたり、国境を越えた後に出頭したりして、保護を求めることはできなくなった。現在、移民が米国への亡命を求める国際的に認められた自身の権利の維持を望むならば、ネットで面会の予約をしたうえで、国境に出頭することになっている。しかし、多くの人にとって、その予約を取ることは、ネット・チケット販売のチケットマスター(Ticketmaster)で、グラミー賞を何度も受賞している大人気のシンガーソングライター、テイラー・スウィフトのコンサートチケットを購入するのと同じくらい難しい。
CBPワンを使う人で、待機期間がどれくらいになるかを分かっている人はいない。5月下旬、メキシコ国境のタマウリパス州にあるシェルターや移民キャンプを訪れるイエズス会のブライアン・ストラスバーガー司祭に話を聞いた。同司祭は、3月第一週からCBPワンを使っていて、まだ面会の予約が取れていない人たちを知っていた。そして、「彼らは毎日アプリを使っています」と話した。「つまり、『今日こそこの宝くじに当たるだろうか?』と毎日考えることによるストレスが、3カ月間続いているということです。『もしかしたら、今日がその日かもしれない』と毎日考えることが、どれほど精神的に負担になるか想像できますか?」。
CBPはCBPワンでできる毎日の予約件数を拡大し、多くの技術的問題に対処してきたが、移民の権利を擁護する活動家らは、たとえどれほど効率的でエラーがなくなったとしても、ソフトウェア自体が容認できない障壁だと主張している。アプリを使うには、対応するモバイルデバイスが必要になる。また、強力なインターネット接続、データ料金を支払うための資金、デバイスを充電するための電気、テクノロジーに関する知識を必要とし、最も脆弱な移民を不利な立場にするその他条件も絡んでくる。
「テクノロジーは政策ではありません。また、アプリにどれだけ修正を加えたとしても(中略)生き残りをかけて逃げてきた人々にとって、まだ十分なシステムではありません」とビラル・アスカリヤルは話す。彼は、団体、活動家、亡命希望者の連合で、移民と難民の権利を擁護する「 #WelcomeWithDignity(尊厳の歓迎)」 で暫定代表を務めている。「問題は不具合やバグではありません。アプリ自体です。保護を求めるにはアプリが必要だというのは、人々が置かれている悲惨な状況をきちんと理解していないということです」。
国土安全保障省は、国境の状況は厳しく困難ではあるものの、人々が許可なく国境を越えようとするのを阻止する戦略を堅持していると主張する。同時に、同省はCBPワンの予約件数もどんどん増やしており、6月初旬には1日あたりの予約件数を同プログラム開始時の約750件から1250件に拡大した。「私たちには計画があり、その計画に沿ってを実行しています」とマヨルカス長官は5月5日に語った。「しかし基本的に、私たちが取り組んでいるのは、何十年もの間改革が切実に必要とされてきた壊れた移民制度なのです」。
移民権利団体は、直近の政策変更に対して法的異議を申し立てている。しかし、新しい規則が立ちはだかる限り、南部の国境を越えようと考えている人たちには選択を迫られる。運に任せて正式に入国できる日を待つか、定住を望まない国で亡命を申請するか(許可されると米国への移民申請資格はなくなる)、命を危険に曝して非合法 …
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