「触覚で見る」世界をつくる
ニューヨーク図書館の試み
視覚障害者の情報へのアクセスは、点字や読み上げなど主にテキストに限られてきた。ニューヨーク公共図書館では、触覚グラフィックスを通じてイメージ(画像)を理解し、創造するための技術を提供するプロジェクトに取り組んでいる。 by Chancey Fleet2023.11.21
2020年、パンデミック(世界的な流行)で都市が封鎖されている中、夫と私はブルックリンに家を購入し、内装を一新してリフォームすることにした。 私たちはオープンキッチンからバスルームの備品に至るまで、それぞれの詳細をどのように整えるべきか議論し始めたが、間もなく不明確な言葉によってペースが落ち、2人とも苛立っていることに気づいた。そこで夫は、いくつかの重要な建築記号(ドアが開く方向を示す記号など)を私に教え、間取り図をプリントし始めた。それから間もなくして私は自分のコンセプトを描き、夫のコンセプトともすり合わせて、最終的に私たちが設計する家の共有ビジョンに向けて取り組むことができた。
これは、ある重要な点を除けばありふれた話である。その重要な点とは、私の目が見えないことだ。そして私は、(私を含む)目の不自由なニューヨーカーがイメージ(画像)を作成し、探求できるようにすることを自分の使命としてきた。私が間取り図の作成とその後の描画に使用した機器(ハイテクなグラフィック・エンボッサーとシンプルな触覚の「黒板」)は、ディメンションズ・ラボ(Dimensions Lab)にあるものだ。このラボは、ニューヨーク公共図書館のアンドリュー・ハイスケル点字・録音図書館(Andrew Heiskell Braille and Talking Book Library)内にあり、目の見えない人や弱視の人が触ることで知覚できる触図や3Dモデルの制作方法を、あらゆる人(目の見えない人、見える人、またはその中間の人)が学べる施設だ。私はこの図書館の支援テクノロジー・コーディネーターとして、利用者それぞれの目標を支援テクノロジーを使って達成できるように手助けしている。彼らの目標は、就職活動、コンピューター・ビジョンにより印刷された郵便物を読む、道案内アプリを使って1人で旅行するなど、さまざまだ。
多くの場合、イメージを扱うことは、私のようなアクセス・テクノロジストの仕事に含まれてはいないが、私はそうあるべきだと考えている。市街地図を調べたり、タトゥーのデザインをよく見たり、座席表を作ったりすることが、目の見えない人にとっても、目の見える人と同じように便利で当たり前になる日が来るのを、私は夢見ている。
人々がグラフィックスやイメージについて語るとき、それらは視覚的に体験されるという前提が、私たちの使う言語において暗に示されている。ここでは、視覚芸術、視覚補助、データ・ビジュアライゼーション(視覚化)を指している。私たちは、イメージの世界と知覚手段としての視覚を混同しがちだ。目の見える人々が大多数を占める文化では、理解の経路である視覚のための(視覚に依存している)空間表現を中心に据え、それを広めている。
視覚障害者によるコンテンツへのアクセスについて考えるとき、いくつかのことが思い浮かぶだろう。例えば、点字の発展と進化、画面上のコンテンツのテキスト読み上げや点字出力の利用可能性、画面読み上げソフトウェアのガイドラインに準拠した利用しやすいWebサイトやアプリの必要性などだ。これらのテクノロジーは、視覚障害者の情報リテラシーにとって重要なアクセスの基盤になるものではあるが、これらは主にテキストというただ1種類の情報に対応するものだ。
講義、ビジネス・プレゼンテーション、ニュース、エンターテインメントなどのほとんどが、リッチな(多くの場合インタラクティブな)ビジュアルで提供されるこの時代に、目の見えない人たちは通常、テキストだけの体験に追いやられている。代替テキスト(ネット上のイメージの説明)により、コンテンツ作成者は重要なビジュアルを説明できるものの、「百聞は一見にしかず」という格言は、文字しか利用できない場合には意味をなさない。株価チャートも、回路図も、地図も、意図されている通りに、つまりイメージとして体験することが重要なのだ。このようなツールのテキストによる説明は、仮に元のイメージに含まれるすべての情報をカバーするものであったとしても、耐え難いほど冗長なものとなり、イメージのような正確さで核心をついた実態を伝えられないことが多い。
しかし、空間表現によって情報を正確かつ簡潔に伝えるイメージの力は、視覚に固有なものではまったくない。目の不自由な読者、学習者、クリエイターにとって、触図(触ることで読み取れるイメージ)は空間コミュニケーションの世界を広げてくれる存在なのだ。
触図
視覚障害者向けテクノロジーの教育者である私の仕事、そして私が情熱を抱いていることは、全盲や弱視の図書館利用者に対して、自主性をもって楽に日常生活を送るためのツールを紹介することだ。視覚障害者とそうではない者で構成された、私たちのチームのスタッフやボランティアは、グループ・ワークショップや個別アポイントメントを実施している。そうすることで、既存のグラフィックスをプリントしたり、自分で作ったりする自信を誰もが持てるようになることを目指している。
2016年、ニューヨーク市に来たばかりの目の不自由な利用者から私に電話があり、ある単純なリクエストをされた。その内容とは、5つの区の形状、相対的な位置、大きさを示した地図が欲しいとのことだった。この問い合わせに対して、私は地図を作っている点字テキスト出版社をいくつか紹介することで対応したが、すぐに次のような疑問が頭に浮かんだ。目の不自由な人たちが、まだ存在しない触図が欲しいと思った場合、どうすれば良いのだろうか。子どもの頃、教科書で触図を目にした頻度が、その後のどの時期よりも多かったのはなぜだろうか。ある既存のイメージに興味を持ってから、そのイメージの触覚バージョンを手にするまでの間に、目の見えない人や弱視の人がたどり着けるような、分かりやすい道筋を作るためには何が必要なのだろうか。
触図デザインは変換の芸術だ。視覚的には魅力的なものも、指先で触れると雑然として混沌としたものになる可能性がある。触図の読み取りやすさとインパクトは、作者が触覚で情報を伝えるための作法を理解しているかどうかにかかっている。触覚で認識できる解像度は、視覚で認識できる解像度よりもはるかに低いため、触図は重要な要素を検知できる程度に拡大する必要がある。また、触図デザインには色彩が含まれないため、他の方法で区別をつけなければならない。例えば、触図の円グラフでは、4つの異なるテクスチャー(テクスチャーのない「白い」スペース、点による塗りつぶし、正方形の連なり、縞模様)を使って、4つの領域を区別できる。よく見かける推移曲線の図(例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する予防措置の有無によって、公衆衛生の結果が劇的に変わることを色付きの線で示したもの)は、点線、破線、実線を使えば、触図でも同じように効果的にメッセージを伝えることができる。
高品質な触図を作成するために必要なテクノロジーは、例えば、教科書出版社、大学の障害者支援室、学校内の事務室などの施設にあるのが一般的だ。その結果、触図は多くの場合それらの施設の優先事項を満たすために作成され、そのほとんどは目の見える人々によってデザイン、制作、配布されている。私はこの枠組みを変えるため、自由でオープンな触図ラボには、以下の3つが必要があることに気づいた。触図に関する設備に簡単にアクセスできること、視覚以外の手段でアクセスできるハードウェアとソフトウェアに注力すること、視覚障害者とその支援者が、これまでの経験の有無に関係なく、触図を扱うスキルと自信を付けるための道筋を提供すること …
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