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「再野生化」の意味するもの
——新たな環境運動に問う
Thomas Cole/The Met Museum
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What “rewilding” means—and what’s missing from this new movement

「再野生化」の意味するもの
——新たな環境運動に問う

自然を「野生に戻す」再野生化運動が世界で広がっている。英国貴族から米国の保護団体まで、さまざまな主体が独自の手法で取り組むが、先住民の知恵や歴史的背景は置き去りにされがちだ。 by Matthew Ponsford2024.12.09

麻薬王パブロ・エスコバルの残した野生の「コカイン・カバ」をめぐって、コロンビアで国民的な議論が沸き起こっている。コロンビアにいる160頭のカバは、エスコバルがアフリカから違法に輸入した4頭のカバの子孫だ。エスコバルが1993年に死去すると、4頭のカバは彼が所有していた私設動物園から逃げ出し、野生化した。多くの人たちにとって、カバは大きな被害をもたらす存在だと考えられている。毎晩500キログラムもの植物を食い荒らし、日中に人間が攻撃される被害も徐々に増加している。

政府関係者はカバの排除を求めているが、カバの存在が生態系に驚くような恩恵を与えていると考える人たちもいる。2020年の研究によれば、コロンビアのカバは、ラクダ科のヘミアウケニア(ラマやアルパカの仲間である大型の哺乳類)や、半水生でありながらも蹄を持った奇妙な生物であるトリゴノドプスと共通点があるという。ヘミアウケニアもトリゴノドプスもかつてはコロンビアに生息していたが、1万年前に絶滅している。ヘミアウケニアやトリゴノドプスと同様に、カバも湿地帯の浅瀬を転げ回ることで、それらの場所を在来種のための生息地へと変えている。カバの旺盛な食欲は、大地の肥料となる排泄物を周囲に運び、堆積させる。カバを駆除する代わりにできることがあるのではないか? と駆除に反対する人々は問いかける。野生のままでありながらも、慎重に管理しながら生息させることを認めたら、どうなるのだろうか。

『The Book of Wilding: A Practical Guide to Rewilding, Big and Small(野生化の書:さまざまな大小動物の再野生化に向けた実践的ガイド)』(2023年刊、未邦訳)  で、著者の作家兼旅行作家であるイザベラ・ツリーと自然保護活動家の第10代準男爵チャールズ・レイモンド・バレルは、「滅亡した大型動物の亡霊を、心の中で思い描いてほしい」と読者に問いかけている。「リワイルディング(再野生化)」は、人間による管理は最小限に抑えた上で、自然作用を起こりやすくし、他の生物種が自身の住む環境を自ら形作れるようにしよう、という考え方だ。そしてツリーとバレルは、再野生化の鍵となるのが大型動物を復活させることだと考えている。大型動物を用いた再野生化の成功例としては、米国のイエローストーン国立公園でのオオカミの再導入の事例がある。オオカミが戻ったことにより、ワピチ(アメリカアカシカ)による植生被害が緩和されたり、ビーバーの生息数が増えたりといった良い波及効果があった。

進化の時間の中では、大型動物たちがほぼすべての大陸を闊歩していた時代はほんの少しだけ昔のことに過ぎない、とツリーとバレルは考えている。カバ、ゾウ、サイのような大型で大量の排泄をする動物は、森林の地形や構造を作り変え、栄養分を循環させ、種子をばら撒きながら、行く先々のどんな場所にも痕跡を残し、その場所を変化させていく。たとえ死んでも、大型動物の腐っていく亡骸は、さまざまな動植物が生息する草原や、樹冠の開けた森林、木々の生い茂る沼地から成る複雑な生態系に栄養を供給する。世界の大部分から大型動物がいなくなってしまったことは、植物相の構成から、土壌や海の化学的性質に至るまで、ありとあらゆることに影響を与えてきたのだ。

だが、現在では、絶滅またはその場所には生息していない種の役割を引き継いでいる、いわゆる「代理種」が見受けられる。代理種の中には、無計画に野生に放たれたものもいる。例えば、オーストラリア内陸部のカンガルーが生息する砂漠地帯にいる、アラビアラクダの群れがそうだ。一方で、計画的に自然へと放たれた代理種もいる。アルダブラゾウガメは、モーリシャス沖の2つの小さな島で絶滅したゾウカメの代わりを果たすために放たれた。

ツリーとバレルは、バレルが先祖から引き継いだ2つの城(1つは廃墟)がある、14平方キロメートルもの広大な土地を、英国南部の田園地帯に所有しているという特権的な視点に立って、代理種を自然に放つことを唱えている。20年間にわたって、2人はこのような原生自然を復活させる運動の先導役であり続けてきた。『The Book of Wilding』は、2人にとって原生自然復活のための青写真なのだ。

再野生化とは、家庭、校庭、墓地、都市などに関係する「連続体(スペクトラム)」であるとツリーとバレルは表現している。しかし、『The Book of Wilding』は間違いなく、田舎に土地を所有する者にとっての実践的なバイブルだ。10平方キロメートル規模の土地を所有している読者にとって、とても有益な情報をこの本は提供してくれるだろう。1万平方メートルあたりの適正な家畜の頭数を示す詳細な図表や、シカを駆除する猟師をどこに配置するべきかといったアドバイスが掲載されているのだ。また、2人が身をもって学んだ、毒性のあるイチイの木に牛が近づけないように柵を立てる方法についても記されている。

『The Book of Wilding』に限らず、自然環境を修復し、人間と自然との関係を修復するための実践的なプロジェクトを提案する書籍は、近年では数多く出版されている。再生農業を実施するためのマニュアルや、政策変更のためのマニフェスト、そして簡単には分類できない長大な学術書など、実にさまざまだ。先住民にルーツを持つ環境科学者のジェシカ・ヘルナンデス博士が書いた『Fresh Banana Leaves: Healing Indigenous Landscapes Through Indigenous Science(フレッシュ・バナナ・リーブス:先住民の科学を通じて癒やされる先住民の風景)』(2022年刊、未邦訳)は、現在実行されている自然復元の取り組みの根幹に大きな疑問を投げかけている。ウィリアムズ大学のローラ・J・マーティン准教授(環境学)著の『Wild by Design: The Rise of Ecological Restoration(ワイルド・バイ・デザイン:生態学的回復の勃興)』(2022年刊、未邦訳)は、自然の復元という事業がいかに成立したかを理解できるように、その背景を分かりやすく解説している。

環境破壊や生物多様性の喪失への人々の意識の高まりと連動するように、国連も生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において、2030年までに地球上の30%以上の面積を保護・保全地域とするという画期的な計画を採択している。そうした背景をもとに、これらの書籍は人類の取り得る代替的な道筋を示している。それは、生態学的な不安から人類を解き放ち、より原生的な自然らしい世界を実現できるという希望を抱かせるものだ。自然のニーズに合わせて人間の環境を設計するための実践的なガイド本への需要がこれほどまでに高まるのは、人々がエコユートピア的な共同体を求めた1960〜70年代以来のことだろう。作家・編集者のスチュワート・ブランドが1968年に出版した『全地球カタログ(Whole Earth Catalogue)』や、それに続いて提供された数多くのマニュアル本が、「活動家的エコロジカル・デザイン(activist ecological design)」という新しい取り組みを定義した、とデザイン歴史家であるリディア・カリポリティ博士は2018年の論文で述べている。この取り組みは、新しく持続可能な社会的および精神的秩序を実現するための、持続可能な基本概念の青写真を提示したものだった。

ツリーとバレルも、同じような使命を遂行しようとしていると考えている。『The Book of Wilding』は、「より野性的で、より回復力のある世界」を実現するための実践的なハンドブックとして書かれ、2人は自分たちの主張を自分たちの手で実践している。バレル家が所有する土地の柵を2人が取り払った結果、イングリッシュ・ロングホーンという古い畜牛の一種(絶滅したオーロックスの代理種)や、タムワースという古い豚の種(野生のイノシシの代理種)、そしてエクスムーア・ポニーという、英国の野生生物の中でも一際巨大な群れを形成することで知られる希少な小型馬が群れをなすようになった。

こうした取り組みは、時に近隣の農家との対立を生み出すこともあ …

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