この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
MITテクノロジーレビューは先日、米国における顔認識の制限に向けた取り組みについて詳細をまとめた記事を掲載した。この記事の発端は、数カ月前のチーム・ミーティング中に、編集者の1人が、かつて有望視されていた顔認識テクノロジー禁止キャンペーンはいったいどうなったのか? と何気なく尋ねたことだった。ほんの数年前、米国では警察による顔認識テクノロジーの使用が国家レベルで制限される可能性があったのだ。
私は2021年5月に「米国で高まる「顔認識」規制の気運、自主規制から近く法制化へ」という記事を書いた。結論を言うと、私は間違っていた。あれから数年、米国で顔認識テクノロジーを規制しようとする動きは止まってしまったようだ。
その編集者は、自分のアイフォーンを持ち上げて見せた。「私は一日中、常に顔認識テクノロジーを使っています」と、アップルのスマートフォンが搭載している顔認証システムについて言及した。
記事では、警察による顔認識の使用をめぐる議論の中心地の1つであるマサチューセッツ州に注目することで、何が起こったのかを理解しようと試みた。同州の議員たちは、この問題の打開策となり得る法案を検討していた。そしてこの法案は、米国のほかの地域に新たな妥協の方向を示す可能性のあるものだった。
法案は、ライブ映像認識や過去にさかのぼった画像照合など、さまざまなタイプのテクノロジーを区別し、司法当局には厳格な規制をかける。例えば、この法案では顔認識を使えるのは州警察だけである。
取材中に、顔認識規制は独特な形の政治的停滞の中で棚上げ状態にあると知った。これは、アメリカン大学ワシントン法科大学のアンドリュー・ガスリー・ファーガソン教授(法学)による表現だ。
顔認識テクノロジーへの規制は党派を超えて支持を集めている。しかし詳細に見ていくと、その様相は曖昧になる。近年、司法当局が使うツールとして、顔認識は議論を呼んでおり、米共和党は犯罪に対する懸念の高まりから、警察組織と歩調を合わせる傾向にある。警察組織は、顔認識のような新しいツールは人員不足のときの対応能力向上に役立つと主張することが多い。
従って、警察組織が規制に無関心なのは当然だろう。警察ロビイスト、そして司法当局にテクノロジーを提供する企業は、特に人員不足で、警察組織により少ない労力でより多くのことをこなすようにプレッシャーがかかっているため、規制がほとんどない状態で顔認識テクノロジーを使い続けることを歓迎している。何の制限もないことは、彼らにとって好都合なのだ。
一方、人権擁護活動家も一般に規制には反対している。彼らは、禁止以外の措置で妥協することは、禁止法案が今後可決される可能性を下げてしまうと考えている。そして、警察は顔認識テクノロジーを悪用する可能性が高く、警察に顔認識テクノロジーを利用させることは一般市民、特にすでに警察による過剰な取り締まりと監視を受けている黒人や褐色人種のコミュニティにリスクをもたらすと主張している。
「『廃止』と『一切規制するな』という主張の戦いが、規制の不在を招きました。廃止支持者の責任ではありません」とファーガソン教授は言う。「しかし、議会で見られるような水面下での政治的妥協が起こらなかったのは、一般的な政治家がいかなる規制にも譲歩しようとしなかったからです」。
ニューヨークのS.T.O.P.など、廃止を訴える一部団体は、警察による使用禁止から、たとえばマディソン・スクエア・ガーデンのような顔認識の民間利用の規制に向けて活動の方向を変えつつある。
S.T.O.P.のアルバート・フォックス・カーン事務局長は、「民間による顔認識利用の禁止を可決する機運が高まっています」と言う。しかし、いずれは警察による顔認識テクノロジーの使用も禁止しようという動きが再燃するだろう、とカーン事務局長は考えている。
その一方で、顔認識テクノロジーの普及が続き、私たちの生活の中で常態化している中で、特に規制が必要だという超党派の合意があるにもかかわらず、規制に向けた動きが行き詰まっていることは非常に残念だ。
顔認識テクノロジーに新たな規制を設けるが、全面的な禁止には至らないという妥協案が、今後最も有望な道となるかもしれない。
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