アンモニア、メタノール——海運の脱炭素化はどう達成するか?
海運業界の温室効果ガス排出をめぐって、2050年までに実質ゼロを目指す目標が設定された。短期的なマイルストーンを達成する方法と、最終的な目標達成に必要なテクノロジーについて紹介しよう。 by Casey Crownhart2023.07.24
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
私は最近、船のことばかり考えている。ニューヨークの連日の暑さで、今はどんな場所の水でも飛び込むことができればどんなに爽快だろうと思ってしまうことだけが、その理由ではない。
実際に船のことが頭から離れない理由は、国際海事機関(IMO:International Maritime Organization)から世界の海運に関する大きなニュースが飛び込んできたからだ。IMOは、あらゆるものを世界中に運ぶ船舶の規制を担う、国連の専門機関である。そのIMOが7月7日、新たな気候目標に合意し、この業界の活動を改善して温室効果ガス排出量実質ゼロを達成する目標期限を、「2050年頃まで」に設定した。
これは、今日まで世間に広く受け入れられる目標を設定していなかった海運業界にとって、大きな一歩である。しかし、言うまでもなく、目標は着地点ではなく、出発点だ。そこで今回は、「実質ゼロ」の海運を追求する企業が目を向けると思われるテクノロジーについて、考えてみよう。
小さく始める
実質ゼロ目標はさておき、IMOの合意のうち重要な点は、合意が2050年までに通過する一連のチェックポイントをまとめたものだということだ。それぞれのチェックポイントに拘束力はないが、IMOは2030年までに排出量を20%、2040年までに70%削減するとの目標を設定した。
このようなチェックポイントは、業界に行動を促す上で非常に重要であると、IMOの議事に出席した環境保護団体パシフィック・エンバイロメント(Pacific Environment)のマデリン・ローズ気候担当上級理事は話す。
私は特に、最初のチェックポイントに興味を惹かれた。2030年はもう間近に迫っているからだ。そして、脱炭素化は困難と言われることが多い業界にとって、20%の排出量削減は大きなことのように聞こえる。しかし詳しく調べてみると、驚くべきことに、海運業界にはこの目標を達成するための、いくつかの簡単な方法があるという。そのための時間的な余裕もありそうだ。
実際、温室効果ガス排出量を20%削減するには、船舶の運航速度を落とすだけで十分である可能性がある。同じ距離を航行する船でも、速い船は遅い船よりも多くの燃料を必要とする。さらに、ほかのテクノロジーの選択肢も俎上に載っている。新しい燃料や、風力を利用して船を加速させる帆や特殊なローターなどの装置だ。オランダの環境コンサルタント企業、CEデルフト(CE Delft)の調査結果は、この3つの方法を組み合わせることで、10年後までに排出量を最大50%近く削減できる可能性があるとしている。
これらの短期的手段の詳細は別の記事に書いたので、詳しくはそちらをご覧いただきたい。それでは次に、視線をさらに遠くの地平線に向け、2050年の海運の姿について考えてみよう。
外洋航行
船の速度を落としたり、風力補助装置を取り付けたり、あるいは水中での摩擦を少なくするコーティングを船に施したりすることで、燃料消費量は削減できる。しかし、温室効果ガスの排出量をゼロにすることはできない。効率が上がるとしても、温室効果ガスを生み出す化石燃料を消費することに変わりはないからだ。
そのため長期的には、新しい動力源の探索など、海運活動を浄化するためのもっと根本的な方法を見つ出す必要がある。
一部の船にはバッテリーが搭載されるだろうが、おそらく短距離の航海に限られる。 長期の航海で求められる十分なエネルギーを運ぼうとすると、現在のほとんどのバッテリーでは、容積や重量が大きくなりすぎると思われるためだ。
昨年、ネイチャー・エネルギー(Nature Energy)誌に掲載されたある研究は、現在手に入るバッテリー駆動の船舶で経済的に航行できる距離を、最大1000キロメートル(620マイル)程度と推定している。バッテリーの価格低下とエネルギー密度の増加がこれからも続けば、航行可能距離は3000キロメートル(1860マイル)くらいまで伸びる可能性がある(環境コストを考慮してより多くの重量を積める船を設計できれば、距離をさらに延長できる)。
しかし、最も長い航路では、まだ燃料に頼る必要がありそうだ。
選択肢の1つは、アンモニアだ。これについては以前、記事にしたことがある。今は肥料の原料として使われているこの化学物質は、2つの異なるやり方で船の動力源となる可能性がある。アンモニアは燃焼時に二酸化炭素が発生しない非炭素系燃料だ。まずは燃焼機関で燃焼させるやり方が考えられる。そしてアンモニアは、水素を貯蔵・輸送する手段としても利用できる。その水素を燃料電池で使えば、電動船舶の動力源になりうる。詳しくは、昨年の記事をご覧いただきたい。
また、可能性のあるグリーン燃料として、メタノールに注目している企業もある。メタノールは炭素を含有しているため、燃やすと二酸化炭素が発生する。しかし、この燃料は再生可能エネルギーからの電力を使って、大気中から取り出した二酸化炭素、あるいは生物由来の二酸化炭素から生産できるため、排出バランスは低く、ゼロになる可能性さえある。
海運大手のマースク(Maersk)は、韓国からデンマークまでの処女航海に必要な量のバイオメタノールを確保したと最近発表した。バイオメタノールやその他の低排出量燃料はまだ入手が難しく、業界ではまだその点がボトルネックになっているが、マースクはこれまでに、メタノールを動力源とする船舶を10隻以上発注している。
今後も、これらの代替動力源の研究を追っていくつもりだ。さらなる記事を楽しみに待っていてほしい。
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海運業界が今すぐ着手可能な排出量削減方法に関するこちらの記事を読んでほしい。
アンモニアは、世界の海運業界で人気のある燃料候補だが、乗り越えなければならない潜在的な障害がいくつかある。昨年、アンモニアの表裏一体な性格について記事を書いた。
メタノールで動くのは、船だけではない。中国の一部企業は、自動車の動力源にメタノールを使いたいと考えている。本誌のヤン・ズェイ記者が、昨年秋にその動向を報告している。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。