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遺伝子編集済みマイクロバイオーム、人間の健康にどう役立つか
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How gene-edited microbiomes could improve our health

遺伝子編集済みマイクロバイオーム、人間の健康にどう役立つか

CRISPR技術を使って微生物を改変する研究が進んでいる。改変した微生物をヒトの腸内に住みつかせて健康維持に役立つ物質を分泌させたり、ウシが吐き出す温室効果ガスであるメタンの量を減らしたりすることが狙いだ。 by Jessica Hamzelou2023.07.31

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

微生物のことが頭から離れない。この小さな生物はどこにでも存在し、私たちの体内に常在するものは健康を維持する上で信じられないほど重要なようだ。

微生物は古代の生き物で、人類が誕生する何百万年も前から地球上で進化を続けてきた。だから、彼らがほかの生命システムと複雑な関係を築いてきたのも不思議なことではない。環境中の化学物質を餌にして別種の化学物質を生産し、その中には近隣の生物にとってかなり有益な役目を果たしているものもある。

問題は、これらの微生物のゲノムを改変して、微生物がどの種類の化学物質を分解、あるいは生産するのかを正確にコントロールできるかということだ。その可能性を想像してみてほしい。もし、微生物に汚染を減らす手助けをしてもらえるとしたらどうだろう? もし、薬を作る微生物や、腸に優しい生成物を腸内で大量生産する微生物を作ることができたらどうだろう?

今年初めに記事にしたように、改良された微生物がマウスのがん治療に役立つと考えられており、現在はヒトでの臨床試験が進行中だ(遺伝子編集に関するより一般的な最新情報については、編集ツールのCRISPR(クリスパー)が人々の生活をどのように変えているのか、そして最終的には大多数の人々の治療にこの技術が使われるようになるだろうと考える人がいるのはなぜかについてまとめた過去記事をご覧いただきたい)。

微生物を私たちのために働かせることは、何十年もの間、科学者にとって興味をそそられる話題であり続けている。新しいテクノロジーによって、その実現はますます近づいている。そこで今回は、私たちの健康と環境に貢献するために微生物工学を駆使している人々のうち、特に興味深い方法を利用している例をいくつか紹介しよう。

カリフォルニア大学バークレー校とカリフォルニア大学サンフランシスコ校が共同で設立した「イノベーティブ・ゲノミクス研究所(Innovative Genomics Institute)」のブラッド・リンガイセン所長のチームが取り組んでいる研究を見てみよう。このチームは最近、人々と地球の幸福のため、特に低・中所得国に住む人々のため、微生物を工学的に操作する新しい方法を探求する目的で巨額の資金を獲得した。

「精密マイクロバイオーム編集ツールの開発に向けて7000万ドルを獲得しました」とリンガイセン所長は言う。研究チームは、微生物の振る舞いを変えるためにCRISPRを使うことを検討しており、細菌に限らず、あまり研究されていない共生微生物である菌類や古細菌なども対象としている。CRISPRで編集した微生物を人や動物に与えることで、腸内微生物叢をより健康的な状態にできるという考えだ。

このような治療を最初に受けるのは、ウシになるだろう。私たちによるウシの飼育法は、いくつかの理由から環境に多大な影響を与えている。しかし、重要な要素のひとつとしてウシが排出するメタンが挙がっているのは、それが気候変動の原因となる強力な温室効果ガスだからだ。

技術的には、メタンはウシ自身が作っているわけではない。ウシの腸内に住む細菌が作っているのだ。リンガイセン所長たちは、ウシが持つ最大の胃である第一胃に生息する微生物を変化させる方法を研究している。

リンガイセン所長は、まったく新しい微生物を導入するよりも既存の微生物を改良したほうが混乱は少ないはずだと考えている。彼はこのやり方を、オーケストラの音を微調整する指揮者に例える。「バイオリンの音量を上げ、ベースドラムの音量を下げるように、マイクロバイオームを調整する」のだとリンガイセン所長は言う。

リンガイセン所長の研究チームはまた、CRISPRマイクロバイオーム療法がヒトの乳児にどのような利益をもたらすのかについても調べている。赤ちゃんの最初のマイクロバイオームは、出生時に取り込まれると考えられているが、生後2年間は特に変化しやすい。そこで微生物学者たちは、乳児のマイクロバイオームを早い段階でできるだけ健康な状態にすることが重要だと考えている。

それが何を意味するのか、健康なマイクロバイオームがどのようなものであるべきなのか、まだ正確には分かっていない。しかし理想を言うなら、例えば有害な炎症を引き起こしたり、腸壁を傷つけたりする化学物質を作るような菌は避けたい。そして、腸の健康の助けとなる化学物質を作る微生物の繁殖を促したいと思うかもしれない。その化学物質とは例えば、微生物が食物繊維を発酵させるときに作られ、腸のバリア機構を強化すると考えられる酪酸のようなものだ。

研究はまだ初期段階にある。しかし研究者たちが構想しているのは、赤ちゃんに食べさせてマイクロバイオームを操作する経口治療法だ。具体的な年齢は決めていないようだが、生後間もなくの可能性もある。

改変された微生物が有害な物質を作らない限り、これらの治療法を承認するのは比較的簡単なはずだとリンガイセン所長は言う。「比較的簡単にできる実験です」(リンガイセン所長)。

カリフォルニア州にあるスタンフォード大学で微生物学と免疫学の教授を務めるジャスティン・ソネンバーグもまた、腸内の微生物を再設計して私たちの健康を改善する方法を研究している。重要なターゲットのひとつは炎症であり、関節炎から心血管系疾患まで、あらゆる種類の病気に関係している。

腸内に生息する微生物は炎症を感知できるとソネンバーグ教授は言う。もし、これら微生物の「遺伝子回路の配線を変える」ことができれば、炎症が起きたときに、その炎症を治療する抗炎症化合物を分泌できるようになる可能性がある。「このようなことはすべて、微生物を宿している本人の気付かないうちに、舞台裏で起こっているのです」。

それぞれ異なるマイクロバイオームを持つさまざまな人々に、同じように作用する治療法を開発することが、課題の1つとなるだろう。しかし、この問題を回避する方法はあるかもしれない。数年前の研究でソネンバーグ教授のチームは、マウスの腸内に改変した微生物を送り込んだ。この微生物は顕微鏡下で発光するものだったので、科学者たちはマウスの腸にどれだけ定着したかを簡単に知ることができた。その結果は非常に変動が大きく、あるマウスはほかのマウスより微生物が多かった。

ソネンバーグ教授のチームがマウスの腸内に送り込んだ微生物は、海藻に含まれる「ポルフィラン」という炭水化物も餌にしていた。そしてマウスに海藻を食べさせたところ、腸内の微生物のレベルに影響を与えることが分かった。例えば、海藻を多く含む食事は全てのマウスで微生物のレベルを上昇させた。「現在では、微生物の生着率やレベルをバックグラウンドの微生物叢とは無関係にコントロールできるようになりました」とソネンバーグ教授は言う。

この研究でソネンバーグ教授との共同研究に参加した科学者のうち数名は、その後ノヴォーム・バイオテクノロジーズ(Novome Biotechnologies)という会社を設立し、人間でも同様の結果が得られることを示している。同社は、腎臓結石や尿管結石の原因となるシュウ酸塩を分解するよう設計された独自の微生物株の開発を進めている。同社はまた、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患のための人工微生物の研究にも取り組んでいる。

科学者たちは何十年もの間、「デザイナー微生物」の研究に取り組んできた。そして近年の進歩により、そのような治療法は実現に近づいている。リンガイセン所長は、ヒトの治療に使えるようになるまで4~6年かかると見ており、牛の治療ならそれよりもさらに早いと考えている。非常に楽しみだ。しばらく様子を見よう。

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生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。
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