米国で培養肉にゴーサイン、食卓に届くまでの道のりは?
米国の培養肉企業2社が、当局から国内での製品製造・販売の許可を得た。代替肉業界にとって大きな節目となる出来事だが、商業生産に到達するまでにはまだ課題も多い。 by Casey Crownhart2023.07.05
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
13歳の頃に私は、一時的にベジタリアンになった。私の世代ではよくある話だと思うが、屠殺場の映像を見て大泣きし、二度と肉を食べないと誓ったのだ。
私のベジタリアン生活は数週間続いたが、その間はピーナッツバターサンドをたくさん食べた。しかし結局、私はあきらめた。肉は家族の食生活の中心であり、私は自分の好きな食べ物、特にチックフィレイ(Chick-fil-A、日本版注:米国のチキン専門ファストフード・チェーン店)のサンドイッチが恋しくなったのだ(高校時代にそこで1年間働いたという楽しい事実がある)。
若い頃の自分なら、世界が急速に変化しているのを知って興奮するだろうと思う。最近では、植物性の肉などの代替品が一般的になってきており、肉を避けようと思えば簡単に避けられるようになっている(今ではバーガーキングでも「インポッシブル・バーガー」が食べられるようになった)。そして近いうちに、研究室で培養された動物細胞で作られた製品のような、新たな選択肢が生まれるかもしれない。
米国農務省(USDA)は6月21日に、2つの企業に対し、米国内で培養鶏肉製品を製造・販売する許可を与えた。この先に多くの節目が残されているにせよ、この分野にとって重要な瞬間である。幸運なことに私は、6月27、28日にニューヨークで開催された「フューチャー・フード・テック・オルタナティブ(Future Food-Tech Alternative)」と呼ばれる会議に出席した。その会議では、あらゆる種類の代替タンパク質の最大のニュースや課題について人々が話し合った。この記事では、研究室育ちの培養肉の世界をチェックしようと思う。
成功を培養中
イート・ジャスト(Eat Just)とアップサイド(Upside)は、米国食品医薬品局(FDA)の承認と米国農務省の複数の認可を含む複雑な規制プロセスを通過した。
これは代替肉業界にとって大きな節目であり、フューチャー・フード・テック・オルタナティブでの話題となった。「もちろん、たくさんの祝福がありました」と、培養肉企業のオービリオン・バイオ(Orbillion Bio)の共同設立者兼最高経営責任者(CEO)であるパトリシア・バブナーはパネルディスカッションで語った。この種の製品が合法化されるかどうかという漠然とした疑問はあったが、今では少なくとも米国、つまり「最も重要な市場」で合法化されたのだと、ステークホルダー・フーズ(Steakholder Foods)の共同設立者兼CEOであるアリック・カウフマンは語った。
培養肉の販売は、以前はシンガポールでしか認められておらず、ここ数年、シンガポールのレストラン1店舗でのみ提供されていた。現在、2社の製品提供は米国でも合法となり、今後数カ月のうちにレストランで提供される予定だ。
しかし、アップサイドの最高執行責任者(COO)、エイミー・チェンがフューチャー・フード・テック・オルタナティブでの講演で述べたように、「多くの意味で、私たちはまだ始まったばかりです」。
私が注目する主な点の1つは、これらの企業が「どのようにして」大規模な製品生産を開始するかだ。アップサイドのパイロット施設では現在、毎年約2万2600キログラムの最終製品を生産している。フル稼働させれば、いずれは年間約18万キログラムまで培養できるようになるだろう。
大きな数字に聞こえるが、壮大な食品産業の全体から見れば、ごく小さな数字だ。大規模な商業用食肉施設では、毎年何百万キログラムもの食肉が生産される。アップサイドが最初の商業用施設として目指しているのは、そのような規模なのだと、アップサイド・フーズのエリック・シュルツ副社長(グローバル科学・規制担当)は電子メールで述べた。
イート・ジャストの培養食肉子会社であるグッド・ミート(Good Meat)は、米国とシンガポールで1つずつ実証施設を運営している。これらの施設では、それぞれ容量3500リットルと6000リットルの大型リアクターを使用していると、イート・ジャストのアンドリュー・ノイス副社長(広報担当)は語った。これまた巨大なリアクターのように聞こえるが、最初の商業運転に向けた同社の計画には、25万リットルのリアクターが10基あり、合計で年間約1360万キログラムの生産能力になる予定である。
今後の展望
ラボやパイロット施設で実証済みのプロセスをスケールアップすることは、今後の産業の大きな発展につながるだろう。一方で、今後数年の間に、どのような新しい種類の製品が市場に出てくるのかも楽しみだ。培養肉産業には150社を超える企業があり、牛肉からマグロ、さらには現在市場に出回っているものとはまったく異なる製品まで製造している。
新製品を市場に出そうとしている企業が直面するいくつかの潜在的なボトルネックには、細胞系の開発、バイオリアクターの設計と構築、肉の構造の作成などがある。培養肉企業のオハヨー・バレー(Ohayo Valley)の創業者兼CEOであるジェス・クリーガーはパネルディスカッションでそう語った。
私は最後の部分に特に興味がある。肉の構造が、私たちが肉を食体験の多くを決めるからだ。クリーガーCEOを含む何人かの人々は、植物を使用したいと考えている。製造技術の利用を計画している企業もある。アップサイド・フーズは、チキンの繊維質な組織を発生させるような方法で細胞を培養するつもりだ。ステークホルダー・フーズなどの企業は、3Dプリンターで肉を造形し、薄片に分かれる魚肉や適切に調理されたステーキの柔らかさを再現しようとしている。
食は私たちの生活の中心であり、食卓に新たな選択肢をもたらすための技術は急速に進歩している。肉食をやめたいティーンエイジャーが、チキンサンドイッチを諦めなくてもすむ日も近いかもしれない。
MITテクノロジーレビューの関連記事
最近の米国における培養鶏肉の規制認可 についてもっと読みたい人はこちら。ラボ培養肉のハンバーガーを独占試食した記者の感想はこちらから読める。培養肉に植物が貢献できることについては、編集部のニール・ファース記者の記事を参照してほしい。
その他の話題
ヒートポンプとビール、これ以上の組み合わせはきっとないだろう。
醸造所などの産業施設は、熱源を化石燃料に頼ることが多い。アトモスゼロ(AtmosZero)というスタートアップ企業は、二酸化炭素排出量の多い熱源を産業用ヒートポンプに置き換えようとしている。同社はニュー・ベルジャン・ブルーイング(New Belgium Brewing)と提携し、2024年に電気ボイラーを試験的に導入する予定だ。
本誌のジェームス・テンプル編集者のスクープ記事はこちらをご覧いただきたい。
気候関連の最新の話題
世界は電池界の巨人を偲んでいる。リチウムイオン電池を支える重要なテクノロジーのいくつかを発明したノーベル賞受賞者のジョン・B・グッドイナフが、6月24日に100歳で亡くなった。(ニューヨーク・タイムズ紙)
→ グッドイナフと彼の仕事についての2015年のプロフィールは一読の価値がある。(クオーツ(Quartz))
意外に思えるかもしれないが、米航空宇宙曲(NASA)はネバダ州でのリチウム採掘に反対している。NASAは問題の湖底を人工衛星の高感度機器の較正に使用しているからである。(AP通信)
米国政府はフォード(Ford)に92億ドルを融資し、3つのバッテリー工場を建設する。自動車メーカーへの融資としては過去10年以上で最大のものだ。(ブルームバーグ)
おそらく誰も驚かないであろうが、カナダの山火事は同国の森林オフセット・プロジェクトを脅かしている。(ブルームバーグ)
→ 森林オフセットの問題点については、2021年の記事をご覧いただきたい。(MITテクノロジーレビュー)
カリフォルニア州では異常気象が常態化しており、州のダムが危ない状況になっている。もし決壊したらどうなるだろう。(ニューヨーク・タイムズ・マガジン)
熱電池メーカーのロンド・エナジー(Rondo Energy)が、エネルギー貯蔵システムの大規模工場を開設する。(カナリー・メディア(Canary Media))
→ 同社と「ホットブリック」について知りたいことがあれば、今年初めの私の記事をご覧いただきたい。(MITテクノロジーレビュー)
「再生可能エネルギー・クレジット」と呼ばれるものについて、聞いたことや購入したことがあるかもしれない。問題は、このようなクレジットがあなたの家やビジネスを再生可能エネルギーで動かしていると示しているように見えるかもしれないが、必ずしも、いやまったくそうではない、ということだ。(ワシントンポスト紙)
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。