米国のビールメーカーであるニュー・ベルジャン・ブルーイング(New Belgium Brewing)は2024年、コロラド州フォートコリンズにある主要な醸造施設である4基の天然ガス焚きボイラーのうち1基を、温室効果ガス排出量を削減するため設計された電気ボイラーに交換する。
新たな650キロワットのモジュール式パイロット・ボイラーシステムは、同じくフォートコリンズを拠点とするスタートアップ企業のアトモスゼロ(AtmosZero)が開発したもので、6月27日に初めて公開された。
「産業を脱炭素化するためには、熱を脱炭素化しなければなりません」と、アトモスゼロの共同創業者兼最高経営責任者(CEO)であるアディソン・スタークは言う。
実際、産業界からの熱生産は、世界の二酸化炭素汚染のうち約10%を占めている。熱の移動、機器や商品の殺菌、化学薬品の分離に蒸気を多用している醸造業は、スタークCEOとその同僚による以前の分析によれば、世界全体で年間20億トン以上の二酸化炭素汚染を引き起こしている可能性があるという。
「ファットタイヤ(Fat Tire)」という商品名のエールビールの製造で知られるニュー・ベルジャンは、大量の蒸気を使用してボイルケトル(煮沸釜)内の温度を微調整し、ビール製造工程の要点でホップと穀物から風味を引き出している。
太陽光や風力などの再生可能エネルギーから電力を得ることができる電気ボイラーは存在し、すでに製造業で使用されている。しかし、一般的に使われているのは、導電性材料やボイラー内の水に電流を流すことで熱を発生させる抵抗発熱方式のボイラーだ。こうした電気ボイラーは多くの電力を消費してコストを押し上げるので、これまで市場シェアを大きく伸ばすことはなかったとスタークCEOは語る。同CEOは以前、米国エネルギー省の先端研究部門である米国エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)でフェロー兼所長代理を務めていた。
アトモスゼロが新たに開発した電気ボイラーはヒートポンプのテクノロジーにより、電気を使って閉ループ内で低沸点の冷媒を循環させる。周囲の空気から熱を取り込み、コンプレッサーを使って冷媒の温度を上昇させて水の沸点以上にした後、熱交換器を通してその熱エネルギーを蒸気発生器に送る仕組みである。
ヒートポンプは、MITテクノロジーレビューのケーシー・クラウンハートが以前の記事で説明したように、熱を直接発生させるのではなく、熱を集めて移動させるために電力の大半を使用するので、抵抗発熱に頼る製品よりもはるかに高い効率が得られる。
アトモスゼロのスタークCEOによれば、同社の装置の商用バージョンは、抵抗発熱式の電気ボイラーの最大2倍の効率になる可能性があるという。
同社は現在、コロラド州立大学で最初のプロトタイプの開発・評価の最終段階にある。同大学で機械工学を研究しているトッド・バンドハウアー准教授は、アトモスゼロの共同創業者だ。
アトモスゼロのアイデアは、スタークCEOが2021年初頭に共著した論文に端を発している。同CEOはこの論文で、産業で使われる熱を浄化するさまざまな手段の研究開発を加速させることの重要性を強調している。
「私がパンデミック中に取り組んだのは、産業界は脱炭素化が難しいという考えを覆すことです。蒸気ボイラーはこの問題を解決する絶好の機会でした」とスタークCEOは言う。
2021年12月に創業したアトモスゼロの現在の従業員数は13人で、エナジー・インパクト・パートナーズ(Energy Impact Partners)、スターライト・ベンチャーズ(Starlight Ventures)、AENUから750万ドルのベンチャー資金を調達している。ARPA-Eから50万ドルの助成金も獲得した。
アトモスゼロはまだ多くの課題に直面している。ヒートポンプが抵抗発熱の電気ボイラーよりも低コストであることは確かだが、天然ガスを燃料とする非常に安価なボイラーを相手に苦戦する市場もあるだろう。一方で、欧州連合(EU)の「排出量取引制度(Emissions Trading System)」など、産業界の排出量削減にインセンティブを与える気候政策は、アトモスゼロのシステムのようなテクノロジーをより魅力的なものにするのに役立つかもしれない。
ただし、ヒートポンプ方式の電気ボイラーはまだ商業的環境では使用されておらず、実証もされていない。そこで、アトモズゼロのとった作戦が、ニュー・ベルジャン・ブルーイングとパートナーシップ締結というわけだ。パイロット・プロジェクトの期間は6カ月を予定しており、最終的な商業契約につながるかどうかは成績次第だ。
しかしニュー・ベルジャンは、2030年までにカーボンニュートラルも目指す同社の気候目標の達成に、アトモスゼロのテクノロジーが役立つと「確信している」と言う。