この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
ジャーナリストと科学者に共通するのは、スクープされるのを嫌うということだ。ニュースが「フェイク」である場合は、特に腹立たしい。
6月14日から17日にかけてボストンで開催された国際幹細胞学会(ISSCR:International Society for Stem Cell Research)の会議「ISSCR 2023」に絡んで、英ガーディアン紙が大きく取り上げたセンセーショナルな「ブレークスルー」のニュースがそれだ。
同紙は、ケンブリッジ大学とカリフォルニア工科大学を拠点とするマグダレナ・ゼルニツカ=ゲッツ教授が、幹細胞から「人工ヒト胚」を作り上げたと主張したのだ。
ガーディアン紙の記事に私は苛立った。そのアイデアは、それほど新しいものではないからだ。幹細胞が本物の胚と同じような特徴を持つ構造に自己組織化するという驚くべき事実は、数年前に知られ、研究されてきている。MITテクノロジーレビューが初めて報じたのは2017年だった。
以来、いくつかの研究室は、これらの「胚モデル」をより完全に、より現実的にして、胎盤組織も備えさせて、ますます本物の胚に近づけようと競い合っている。
科学者たちを苛立たせたのは、ゼルニツカ=ゲッツ教授がメディアに対し、科学的証拠を提供することなく、その競争を終わらせたと主張しているように見えたことである。
スペインの科学者、アルフォンソ・マルティネス・アリアス教授はすぐさまツイッターでキャンペーンを開始し、「フェイクニュース」と「#posttruth(ポスト真実)」科学を激しく非難した。アリアス教授によれば、実際にゼルニツカ=ゲッツ教授が生成したのは、本物の胚と限定的な類似性を持つ塊であるという。アリアス教授はこれを、「弱く組織化された細胞塊」と呼んでいる。
この話に絡む意外な展開として、ブレイクスルーは実際に起こっていた。しかし、それは別の研究室でのことだ。ガーディアン紙の記事が公開された直後、イスラエルを拠点とする科学者のジェイコブ・ハンナ教授は、約14日の段階にまで成長した極めて本物に近い人工胚モデルについての査読前論文(プレプリント)を投稿した。
ゼルニツカ=ゲッツ教授が「しかし未実施である」と主張したことを、ハンナ教授は「完全に論証した」とアリアス教授は述べている。
ゼルニツカ=ゲッツ教授は、自身の研究室で作られたのは「本物の胚ではない」と後にツイッターで述べている。「グループの研究に関する最近の報道に対して、私たちの目標はトップニュースに取り上げられることではなく、コミュニティとの研究の共有だったということを明確にしておきたいと思います。私たちは、発見がニュースでどのように報じられるのかをコントロールできません。ですが、関心や建設的なコメントに感謝しています」とも述べた。
科学者がお互いを出し抜こうとするのは、あり得ない話ではない。それでも、この騒動(スペインのエル・パイス=El Pais紙がうまく取り上げている)は厄介である。話題になった実験室の創造物は、最終的に本物のヒト胚と見なされる可能性があるからだ。
「明白な枠組みが必要なのに、代わりに起こっているのは研究室間の無謀な競い合いです」と、ISSCR 2023の会議中に一人の雑誌編集者が私に語った。「重要なのは、胚モデルがどこまで進むのか、そして法的、道徳的な領域のどこにそれを置くのか、という問いです。これらのモデルが2年前よりはるかに進んでいるならば、それに関する研究を支持できるでしょうか」。
この競争は、果たしてどこへ向かうのか。胚を再現することの意義は、子宮壁に着床するだろう期間中に胚を研究できることにあると大半の科学者は言う。ヒトでは、着床の瞬間はめったに観察されない。しかし幹細胞胚を利用すれば、科学者はその瞬間を詳しく分析できる。
だが、このような実験室の胚が本物であると判明する可能性もある。誰かの子宮に移植すれば、赤ん坊へと育つかもしれないほど本物に近い胚というわけだ。
これまでのところ、ISSCRのような科学団体は、人工ヒト胚の移植を禁じるべきであると述べている。しかし、技術的な進歩は、子宮の外での胚の培養が完全に可能であることを示している。科学者は、研究室でより長く胚を育てることができるだけでなく、逆側の進歩により、未熟児をより早い段階から生かすこともできる。
ゼルニツカ=ゲッツ教授のチームメンバーであるカルロス・ガントナー博士は、「真ん中で合流するためにトンネルを掘っているようなものです。それを止める理由は思い当たりません」と、会議で会った私に語った。「この方法で生殖できない理由は何もありません」。
しかし、人々はそれを望むだろうか。奇妙なことに、人工胚から発生した人物は、クローンということになる。胚を作るにあたって最初に使われた細胞の持ち主のクローンである。
『スターウォーズ』に出てくるようなクローン軍を求めているなら、これは検討すべきテクノロジーだろう。
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