米国でヒートポンプ普及の兆し、低所得世帯にも
地球温暖化対策の一つであるヒートポンプは、富裕層でも低所得層でも同じように普及している点で一般的な気候対策技術とは異なる傾向を示している。だが、より一層の普及を進めるには政府による何らかの優遇措置が必要となるだろう。 by Casey Crownhart2023.06.20
ヒートポンプは、意外なほど公平に注目されている。
ヒートポンプは、電気を使って家庭の暖房と冷房の両方を可能にするものだ。新たな研究によると、ヒートポンプは現在、米国では裕福な世帯と同様に、低所得世帯でも普及しているという。このような傾向は珍しい。消費者向け気候対策テクノロジーというものは、一般的に富裕層のほうがはるかに採用する確率が高いからだ。
建物の暖房は、気候問題の大きな部分を占める。世界の温室効果ガス排出量のおよそ10%は、我々が屋内空間を快適に保とうとすることによって発生している。そのため政府は、化石燃料を燃やすシステムの代替として、各家庭が電気で動くヒートポンプのような新しい機器を導入してくれることを熱望しているのだ。
だが歴史的に、排出量削減の変化は平等に分配されてはこなかった。米国では、最富裕層は低所得層に比べて太陽光パネルを設置する率が5倍、電気自動車を運転する率が10倍高い。高効率の洗濯機やLED電球といった低コストの技術ですら、高所得世帯で使われる傾向が強い。
だが、米エネルギー情報局が2023年3月に発表した2020年の米国家庭のエネルギー使用に関する調査のデータによると、ヒートポンプはそうした傾向にないようだ。
「この結果を見たときには本当に衝撃を受けました」と、カリフォルニア大学バークレー校のエネルギー経済学者であるルーカス・デイビス教授は言う。同教授は、このデータを分析した6月発行の調査結果報告書の著者だ。デイビス教授の分析によると、所得水準にかかわらず、ヒートポンプを主要な暖房源として使っている世帯はおよそ15%だった。
この数字は、所得が2万ドル未満の世帯での導入が大幅に跳ね上がったことを示している。エネルギー情報局のデータによると、2015年に2万ドル未満の世帯のヒートポンプの使用率は約7%であったのに対し、2020年には14%になった。一方で、裕福な世帯での使用率はこの期間中ほぼ変わらなかった。なぜこうした傾向が出たのか完全には解明されていないが、新築が多かった地域と関係があるのかも知れないとデイビス教授は言う。
ヒートポンプを使用するかどうかは、所得よりも、電気料金やその地域の気候などの要因の方がはるかに大きく影響するようだ。ヒートポンプは温暖な気候でより効果的に機能するため、冬が穏やかな州、特に米南東部州で普及している。アラバマ州、サウスカロライナ州、ノースカロライナ州では、約40%の世帯がヒートポンプを使用している。
また、電気料金が低ければヒートポンプの運転コストが下がり、普及率は上がることになる。ヒートポンプは初期費用が高くなりがちだが、セントラル空調と暖房システムの組み合わせはさらに高額になる。そのため、一体化したシステムであるヒートポンプは初期段階でも経済的な選択肢となる。
つまりは、ある地域においては、ヒートポンプが現在は費用対効果の高い選択肢であることが、今回の分析から示唆されるとデイビス教授は言う。「イデオロギーによる選択ではないと思います。金銭面による選択なのでしょう」。
この傾向は世界のどの地域でも同じとは限らない。そう述べるのは、国際エネルギー機関のエネルギーアナリストであるヤニック・モンシャウアーだ。どのような世帯がヒートポンプを採用しているかについて、世界的な規模で入手できるデータは現在あまり多くないが、欧州のいくつかの研究では、高所得世帯でヒートポンプの採用率が高いことが報告されている。
ヒートポンプの初期費用が依然として高いことは、今後も世界の多くの地域で導入の障壁となり続けるだろうとモンシャウアーは言う。特に空気ではなく地中から熱を取り出す高価なモデルや、新テクノロジーを取り入れるために改修工事をする必要がある世帯にはなおさらだとしている。
ヒートポンプが元々最も経済的な選択肢になるという限られた条件下の狭い地域だけでなく、もっと広くこの家電の普及を後押しするには、特に低所得世帯に対して、補助金や税額控除といった優遇制度が鍵になるだろうとモンシャウアーは語る。世界30カ国以上が優遇制度を導入している。米国でも新たなプログラムにより、さらに多くの世帯がヒートポンプを使用するようになり、二酸化炭素排出量やエネルギーコストを削減できるかもしれない。
昨年米国で成立したインフレ抑制法では、ヒートポンプを導入する納税者に最大2000ドルの連邦税額控除が適用される。州によって異なるが、補助金プログラムでは、1世帯当たり最大8000ドルの補助を受けられる。
こうした優遇制度によって、ヒートポンプの全国の設置分布にどのような変化が起こるかは、まだわからない。ヒートポンプを採用している世帯の割合はまだ少ないし、さまざまな所得層が同じ割合で採用し続けるという保証もない。だが、デイビス教授をはじめとする研究者らは、富裕層だけでなくすべての人々が、ヒートポンプによるコスト削減や気候対策の前進を続けられるような優遇制度に可能性を見い出している。
「少なくとも米国では、ヒートポンプがさまざまな人々に広く普及する可能性があります」とデイビス教授は言う。「ヒートポンプにはどこか平等主義的なものがあるのです」 。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。