乾燥した塩が溜まった試験管。マイクロソフトは7日、『戦争と平和』など99点の文学作品を約200MBのデータをDNAに書き込んだと発表した。データ保存の未来を担う発明だ。
デジタルデータをDNAに保存できることは従来の研究でも知られているが、マイクロソフトによれば、一度にこれほどの量のデータをDNAに書き込んだのは、今回が初めてだという。
マイクロソフトでプロジェクトを担当するカリン・ストラウス研究員は、DNA分子へのデータの書き込みは従来のデータ保存テクノロジーによる書き込みよりも高密度であり、DNAは優れた保存媒体だという。このテクノロジーは高価で、慎重に扱う必要もあるが、マイクロソフトは、DNAの合成・読み出しツールのコストは、バイオテクノロジー業界の発展に伴って大幅に下落しており、DNAはやがて、現在長期のデータ保存に使われている磁気テープを取って代わると考えている。
「マイクロソフトは、エンタープライズストレージとして使える自動化されたエンドツーエンドのシステムを、DNAベースで作れるかかを見極めたいのです」(ストラウス研究員)
電子記憶装置の発達がデータ量の増加についていけないことが、このプロジェクトが発足した動機だとストラウス研究員は述べた。
「現在の見積もりでは、電子記憶装置にかかる費用がそのままであれば、保存したいすべての情報が保存できなくなる」
IDCによる予測では、来年世界中で保存されるデジタルデータの合計は16兆GBにのぼる。データはほとんどが巨大なデータセンターに保存されるが、ストラウス研究員の資産では、靴箱1個分のDNAがあれば、巨大データセンター約100カ所分のデータを記録できる。
また、DNAは驚くほど長持ちする。保冷され、乾燥した環境は好条件だ。考古学の研究者は3月、スペインの洞窟で40万年以上眠っていた古代人の骨からゲノムの一部を再生したと発表した。一方で、現在最も優れた保存媒体といわれる磁気テープは、ほんの数十年で劣化する。
DNAにデータを保存するには「1」と「0」から成るバイナリのデジタルファイルを4種類のヌクレオチド、または塩基から成る長いDNA鎖に翻訳して遺伝暗号を書き出す。2012年に、ハーバード大学の分子生物学者ジョージ・チャーチ教授が、合計で1MB以下のデータ量である5万語の本をDNAに書き込み、花粉よりも小さなガラスのチップに印刷した。今年チャーチ教授は22MBのデジタルデータをエンコードしたと報告している。マイクロソフトは、それぞれが150個の塩基から成る何百万ものDNAに約10倍ものデジタルデータを書き込んだことになる。
DNAへのデータ保存を研究してきたカリフォルニア大学バークレイ校のレインハード・ヘッケル博士研究員は、「素晴らしいこと」だという。ヘッケル研究員によれば、DNAへのデータ保存を実用化する上で、最大の障害は費用だう。DNA分子のカスタム合成は高額で「一般の人が気軽に利用できるようになるには、磁気テープよりも安価なものでなければならないが、そこが難しいところだ」という。
マイクロソフトは200MBのデータをDNAへ保存したコストを明らかにしていない。単純計算では15億個の塩基が必要で、DNAを合成あいたツイスト・バイオサイエンスの塩基1つの価格は10セントだが、塩基1つあたり0.04セントのサービスもある。一方、100万個の塩基を読み出すのにかかるコストは約1ペニーである。
ストラウス研究員は、今後数年でDNAの読み出しと書き込みにかかる費用は大幅に下落すると自信を持つ。トランジスタの製造費用が過去50年間で下落した以上の速度で下落している兆候がすでに見られるという。トランジスタの製造費用の下落は、コンピューティングの分野で様々な革新が生まれた原動力として知られる。ちなみに、2007年にヒトゲノムの配列を決定するのに約1000万ドルかかったが、2015年にはほんの1000ドルしかかからない。