人の脳内に電極を埋め込むと、病気の治療を超える効果も期待できる。リタ・レゲットというオーストラリア人女性の場合、臨床試験で埋め込んだ脳インプラントが、本人の主体感と自己意識を変えた。レゲットは研究者に、装置と「1つになった」と語っている。
2年後、インプラントの製造会社が倒産したためインプラントを取り外さなければならないと告げられたとき、レゲットは大きなショックを受けた。
5月初めに発表された論文で倫理学者たちは、このインプラントやそれに類するものの除去は、基本的人権の侵害に当たる可能性があると述べている。今後数年で脳インプラント市場が拡大し、レゲットのような装置の埋め込み手術を受ける人が増えれば増えるほど、これはより切実な問題になっていくだろう。論文の共著者であり、ミュンヘン工科大学の倫理学者でもあるマルセロ・イエンカ教授は、「私たちがまだ理解していない人権侵害の形が存在するかもしれません」という。
イエンカ教授と共同研究者たちは論文で、「(インプラントの)取り外しを強いられることで(中略)彼女はテクノロジーの力で生まれ変わった新しい自分を奪われることになりました」と主張する。「インプラント製造会社には新しい人間を生み出した責任がありました(中略)インプラントが除去されると同時に、その人間は抹殺されたのです」。
レゲットは、てんかん患者向けに設計された脳インプラントの臨床試験中にインプラントの埋め込み手術を受けた。レゲットはまだ3歳の頃に重度のてんかんと診断され、日常的に激しい発作を繰り返していた。
論文の共著者であり、タスマニア大学の倫理学者であるフレデリック・ギルバート准教授は、定期的にレゲットと面談している。ギルバートによると、てんかん発作が予測不可能であるため、レゲットは普通の生活を送るのに苦労したという。「彼女は1人でスーパーに行くこともできず、家からほとんど出ることもできませんでした」とギルバート准教授は説明する。「あまりにひどい状態でした」。
ギルバート准教授によると、レゲットは49歳の時に臨床試験の対象となったという。オーストラリアのある研究チームが、てんかん発作を予測して患者に警告する装置の有効性を検証していたのだ。臨床試験の参加者は、脳活動を監視する4つの電極を脳に埋め込む手術を受けた。脳活動の記録は、発作に先立つパターンを認識するアルゴリズムを訓練する装置に送信された。
携帯用機器が、数分〜数時間の間に発作が起こる可能性を通知する。例えば赤いライトは、発作が差し迫っていることを示し、青いライトは発作の可能性が非常に低いことを示すといった具合だ。この臨床試験に申し込んだレゲットは、2010年に電極を脳に埋め込む手術を受けた。
人間と機械の共生
臨床試験の成功の度合いは、参加者によってさまざまだったが、この装置はレゲットに素晴らしい効果をもたらした。レゲットは生まれて初めて、自分の発作をコントロールできるようになり、そして自分の人生をコントロールできるようになった。装置からの事前警告により、発作を防ぐ薬を服用できるようになったのだ。
ギルバート准教授は臨床試験後、数年かけてレゲットをインタビューしている。一連のインタビューでレゲットは「何でもできるような気がしました」と語っている。「車を運転することもできたし、人と会えるようにもなったし、適切な判断を下すことができるようになりました」。現在62歳のレゲットは最近脳卒中を起こし、回復途上にあるという理由で、MITテクノロジーレビューの取材要請を辞退した。
レゲットはまた、装置が自身と融合することで、新しい人間になったとも感じたという。「私たちは手術で引き合わされ、すぐに絆を結びました」とレゲットは語っている。「科学と技術者の力を借りて、私たちはひとつになったのです」。
ギルバート准教授とイエンカ教授は、この関係を2つの主体が互いに利益を得る共生的なものだと表現している。この事例では、レゲットはてんかん発作の予測を助けてくれるアルゴリズムから恩恵を受けた。対するアルゴリズムは、 …