マイクロソフトが購入契約、
夢の「商用核融合炉」
5年後に稼働するか
オープンAIのサム・アルトマンCEOらが出資する核融合発電のスタートアップ「ヘリオン・エナジー」は、発電所の2028年の稼働開始を見込んでおり、第1号顧客としてマイクロソフトへの電力供給契約をすでに取り付けた。 by James Temple2023.05.19
オープンAI(OpenAI)のサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)が支援するスタートアップ企業が、5年後に世界初の核融合発電所を稼働開始できる見込みだという。見込みが正しければ、核融合という完全脱炭素のエネルギー源への移行のタイムラインを劇的に短縮できることになる。核融合発電は、3四半世紀にわたって科学者が研究を進めてきたが、実現には至っていない。
太陽と同じエネルギー源である核融合反応の商用化が目前であるとのヘリオン・エナジー(Helion Energy)の発表は、驚くべきものだ。しかし、複数の原子力の専門家によると、額面通り受け取るべき発表ではないという。その主な理由は、ヘリオン・エナジーが、ある点について発表しておらず、コメントも拒否しているからだ。ある点とは、核融合を起こすのに必要なエネルギーを上回るエネルギーを核融合から得るという、核融合の実現に向けての最初の大きな関門を突破できたのかどうかという点である。
それでも、ワシントン州エバレットに拠点を置く創業10年のヘリオン・エナジーは、すでに計画中の商用核融合発電施設からの電力供給契約第1号を取り付けた。相手は、ソフトウェア大手のマイクロソフトだ。ヘリオンは、核融合発電所はワシントン州のいずれかの場所に建設され、2028年に稼働開始し、それから1年以内に少なくとも50メガワットの最大発電容量に達すると見込んでいる。
この50メガワットという最大発電容量は、発電所の中では小さい。米国の典型的な天然ガス火力発電所の発電容量は、現在では500メガワットを優に超えている。しかし、ヘリオンが成功すれば、大きな成果となる。経済性のある商用の核融合発電所が実現すれば、太陽光発電や風力発電のように気候や時間帯によって供給が途切れる問題がなく、同じ原子力技術でも核分裂につきまとう論争や懸念のない安定したクリーン電力を生み出せるからだ。実現すれば、より安価かつ簡単に、発電分野による温室効果ガスの排出による気候変動の悪化を食い止められる可能性がある。また、世界が競って、運輸、各家庭、オフィスビル、および産業からの汚染を軽減するために電化を進める中で、うなぎ上りの電力需要に応えるのにも役立つことになる。
他の核融合関連スタートアップは、2030年代前半に核融合発電所を稼働開始することを目標としている。多くの専門家は、この2030年代前半というタイムラインでさえ、楽観的すぎると考えている。
グッド・エナジー・コレクティブ(Good Energy Collective)のジェシカ・ラヴァリング上級部長は、ヘリオンが何らかの大きなブレークスルーを実現したとしても、まだ克服すべき困難な技術的課題が残るとし、本当にブレークスルーを実現できていたのなら、それを大々的に発表するのが普通だろうとの見方を示す。グッド・エナジー・コレクティブは、核エネルギーの利用推進に取り組む政策研究団体だ。
今後ヘリオンが克服しなければならない課題には、核融合に必要なエネルギーを上回るエネルギーを生み出すこと、そして生み出したエネルギーを送電網にも送り込めるような、安定かつ安価な電力に変換することなどがある。
ラヴァリング部長は、「つまり、まだ実証できていない大きな課題が2つ残っているわけです」と言い、「技術の準備が整っているかどうかについては懐疑的です」と付け加える。
ブレークスルー研究所(Breakthrough Institute)の核エネルギー・イノベーション・プログラムを率いるアダム・スタイン博士も、ヘリオンはまだいくつかの大きな技術的障壁に直面しているようだと考えている。
スタイン博士は、「不可能というわけではありません。でも、実現に向かって着々と準備が進んでいるようにしばしば言われていますが、そういうわけではないのです」と言う。「実現すればブレークスルーと呼べるような、大きな課題が控えているのですから」。
正味発電量をプラスに
現在のところ、「科学上の正味のエネルギー利得」と呼ばれる状態を達成できている研究グループは、ローレンス・リバモア国立研究所の国立点火施設(National Ignition Facility)のみだ。同施設は、192本のレーザーで核融合を起こすことで、レーザーから投入された量を上回るエネルギーを核融合で生産できた。このマイルストーンは、つい昨年末に達成されたばかりだ。
しかし、この実験では、「工学上の利得」と呼ばれる状態までは達成されなかった。レーザーを稼働させたり、その他核融合を起こさせるために使われたエネルギーまですべて合計しても、正味でプラスのエネルギーが得られる状態のことだ。専門家は、「工学上の利得」の達成は、実用可能な商用核融合システムの開発にあたって欠かせないという(国立点火施設では、現在のところ「科学上の利得」の再現すらできていない)。
2015年にヘリオンのデイヴィッド・カートリーCEOは、ヘリオンは今後3年で「科学上の利得」を実現できると考えていると語っていた。そこで私はヘリオンに対して改めて、科学上、または工学上の正味のエネルギー利得を達成できたのかどうか、もしくはいつ達成できる見込みなのかを問い合わせた。しかし、競合上の問題からコメントできないとのことだった。ヘリオンによると、「当初のタイムラインの予測」の前 …
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