子どもの心の健康を守れ、 デンマークの公立学校で進む データ駆動型生活指導
コネクティビティ

Teachers in Denmark are using apps to audit their students' moods 子どもの心の健康を守れ、
デンマークの公立学校で進む
データ駆動型生活指導

子どものうつ病、自傷行為、自殺などが増える中、デンマークの公立学校では子どもの幸福度を把握・向上するアプリの導入が進んでいる。教育現場からは歓迎する声もある一方で、専門家は逆効果になる可能性やデータ・プライバシーの問題を懸念している。 by Arian Khameneh2023.05.29

コペンハーゲン郊外のある公立学校。小学校の5年生の教室では、毎週恒例のケーキを食べる会が開かれていた。デンマークの公立学校では一般的な習慣だ。子どもたちがチョコレートケーキを食べている間、教師はホワイトボードにインフォグラフィックを映し出した。子どもたちの心の動きを収集する、デジタル・プラットフォームから生成した棒グラフだ。今週のクラスの「気分状況」をまとめたデータによると、このクラスの気分の平均は5点満点で4.4点らしい。子どもたちはそれぞれの家庭における生活を高く評価していた。「すばらしい!」 教師は両手の親指を立てて、大声で言った。

続いて、睡眠衛生についてのインフォグラフィックに移った。結果はあまりよくない。教師は睡眠習慣の改善策を考えてみようと生徒たちに促した。生徒同士が簡単に話し合い、「夜にテレビやスマホを見る時間を減らす」「寝る前に瞑想をする」「熱いお風呂に入る」といった意見が出て、実行を全員で約束した。実際に実行できたかどうかは、来週のケーキ・タイムで確認する予定だ。

デンマークの教室では、こうしたデータ駆動型の幸福度(well-being)チェックがますます一般的になっている。デンマークは以前からオンライン・サービスとインフラの最先端の国であり、国連の電子政府調査ではデジタル化が進んでいる国としてランクインしている。近年は学校もこの種のテクノロジーへの多額の投資を受けている。デンマーク政府は2018年、高校の補助教材予算の4分の1に相当する400万〜800 万ドルを(学校で使う)デジタル・プラットフォームの調達に割り当てたと推定されている。2021年には、さらに700万ドルが投じられた。

これらの投資は、子どもの経験を中心に据えた、対話型学習を奨励する北欧の伝統的な教育方針に根ざしている。北欧の教育研究者の中には、テクノロジーは子どもたちが楽しく積極的に学習に参加するのに役立つとの考えを持つ人も少なくない。「テクノロジーは機能を拡張した鉛筆とスケッチブックです。子どもが自己表現をする機会につながるツールです」。ノルウェーの教育科学者マリ・アン・レテスは2018年のインタビューでこう語っている。デンマーク高等教育科学省は、学校でのテクノロジー使用に関する2019年の現状報告の中で、「デジタル・テクノロジーを通じた創造と自己表現は、生徒のモチベーションと多様な能力成長を形作る一部である」と述べている。そして現在、一部の教師や学校管理者は、メンタルヘルスへの取り組みにおいてもテクノロジーの活用に期待するようになった。

デンマークの子どもたちは今、メンタルヘルス危機の真っ只中にある。国内最大の政党が「インフレ、環境危機、国家安全保障に匹敵する」課題だと指摘するほどだ。原因は明らかではないが、デンマークではわずか数十年のうちにうつ病を患う若者の数が6倍以上に増加した。9年生(日本の中学3年生に相当)の4分の1が、自傷行為を試みたことがあるとの報告もある(この問題はデンマークに限った話ではない。2007年から2017年の間に、うつ病を患う米国の10代の若者の数は約60%増加し、自殺率は同じ期間で約60%も急増した)。1000人以上のデンマークのスクールカウンセラーが名を連ねた最近の公開書簡は、学校で接している子どもたちの精神状態に対する「深刻な懸念」を示し、速やかに対応しなければ「負の傾向が好転する見込みはないと考えられます」と警告した。

こうした問題に取り組むためデンマークの一部の学校では、冒頭で取り上げた5年生の教室で使われている「ウーフ(Woof)」のようなプラットフォームを通じて、子どもたちの幸福度向上を目指す動きがある。デンマークのスタートアップが開発したウーフは、さまざまな幸福度指標に基づいて頻繁に生徒を調査し、アルゴリズムを使って学校が力を入れるべき特定の問題を明らかにする。

ウーフのようなプラットフォームは急速に普及している。例えば、ウーフはデンマーク国内の600校以上に導入されており、導入校はさらに増える予定だ。ウーフの創業者たちは、重要かつニッチな需要をウーフで満たすことができると確信している。彼らによると、教師は既存のツール、特に政府が実施する幸福度調査に対してさまざまな不満を訴えているという。政府の調査は年に1回、学校に対して監査を実施し、かなり時間がたってから結果を発表するものだ。政策立案者にとっては参考になるかもしれないが、授業の進め方を調整していくために定期的なフィードバックが欠かせない教師にとっては、ほとんど役に立たない。

ウーフのマシアス・プロブスト共同創業者は「積極的な介入の必要がない状況で、子どもたちの様子をチェックできるツールにニーズがあるのです」と言う。「授業を始める前にクラスの24人全員と話す必要はありません。それだけで授業時間を15分も使ってしまいますから」。同創業者は、「子どもの状態すべてにデータ構造を持ち込めるもの」は教師の役に立つはずだと提案する。

子どもの気分を数値化しようとしているのはウーフだけではない。その他の複数のプラットフォームがデンマークの学校で採用されており、フィンランドや英国の学校でも生徒の気分を監視するソフトウェアが使用されている。米国では生徒の自己申告だけでなく、生徒のメールやチャットでのメッセージ、学校支給デバイスでの検索履歴の監視などによって、問題行動の兆候を探ろうとするところまで発展している。

気分をモニタリングするテクノロジーには、大きな可能性があるという人は多い。「デジタル・ツールを使えば24時間体制で、睡眠はとれているか、運動をしているか、他人と交流はあるか、(中略)体を動かす時間に比べて画面を見ている時間はどうか、といった幸福度を評価できます。実のところ、これらが幸福とは何かを理解する上で欠かせないのです」。学生調査ツール「ムーズ(Moods)」の開発リーダーだった、デンマークのオーフス大学の故カーステン・オベル教授(公衆衛生学)は、2019年に収録されたビデオでこう語っている。

だが、このアプローチに非常に懐疑的な専門家もいる。この種の数値化が社会問題の解決に使えるという科学的なエビデンスはほとんどないという。そして、幼い頃から自己監視の習慣を身につけると、子どもの自分自身や他者との関わり方が根本から変わり、気分が向上するどころか悪化する可能性があると主張している。「レストランや映画館へ行くと、しょっちゅう感想を聞かれたり、アンケートに答えさせられたりします」。家族と幼少期の発達について研究しているコペンハーゲン大学のカレン・ヴァルガルダ准教授は話す。「生じた感情と経験を数値化することが、子どもの福祉において適切なアプローチなのかを問うことが重要です」。

収集したデータとその使い方について、子どもと保護者がどれだけ把握しているのかを疑問視する人もいる。個人を特定できるデータは最小限か、まったく収集していないと説明するプラットフォームもあれば、子ども1人ひとりの精神状態や運動、さらに友人グループまで深く掘り下げるプラットフォームもある。

「やり方が実にシリコンバレー的です。データの透明性が重要だと説きながら、自らは実践しないのです」。コペンハーゲン・スクール・オブ・デザイン・アンド・テクノロジー(Copenhagen School of Design and Technology)のイェスパー・バルスレフ研究員は、こうしたプラットフォームの現状を指摘する。バルスレフ研究員は、ウーフなどのプラットフォームが、適切な規制や検査、もしくはデータの透明性を確認する方策もなく、すばやく簡単に広がっていることを懸念している。利用したくない子どもが断れる学校文化がないのことも心配だという。「これに対処する規制はひどいものです。今後状況が変わる可能性はあるものの、今は全部のコンロが同時に点火している状態です」。

コペンハーゲン郊外の地下にオフィスを構えるウーフは、常勤スタッフ3人の小さな企業だ。共同創業者のプロブストとアマリー・ダンカートは、ティーチ・ファースト・デンマーク(Teach First Denmark)を通して公立学校の教師として働いた後、この事業のアイデアを思いついた。ティーチ・ファースト・デンマークは、教員免許を持たない優秀な大学卒業生を教育困難地域に講師として派遣する米国の教育NPOティーチ・フォー・アメリカ(Teach for America)のような組織だ。

共同創業者のプロブストとダンカートは公立学校で働き始めてすぐに、低所得者層が住む地域の学校が悪循環に陥っていることに気づいたと言う。こうした学校の生徒指導は、厳しい家庭環 …

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